王城(1)
エンティス王国、首都にそびえる王城。
本城の前には花壇と池がある。
本城の正門を通るのは限られた人のみである。両側に警護兵がおり、不審者を見張っている。
その日は、年配の兵と若い兵が門を守っていた。
花壇の間を二人の人が歩いてきた。こちらに向かってくる。一人は旅人風の男。もう一人は、鎧を着た女剣士。どちらもまだ若そうだ。
旅人風の男は、大きなトランクケースを手に持っていた。
二人の兵士は緊張した。今は訪問者が来る時間ではない。やってくる二人の身なりは役人や貴族には見えない。
とはいえ、身なりは不自然でも重要人物ということもある。
その二人は門の前まで進み、止まった。
年配の兵士が言った。
「なにか御用ですか」
女剣士が口を開いた。
「魔法省の研究者、カルノ様に会いにきました。お通しください」
「魔法省は内部にあるが、むやみに人を通すわけにはいかぬ。そなたは?」
「わたしは……」
女剣士は少し口ごもったが、やがてはっきり言った。
「ゼナガルド領主だったマリウス・フォルティスの娘、ウィリア・フォルティスです。現在のわたしに伯爵家の身分があるかどうかはわかりませんが、それでも王国の臣下です。どうぞお通しください」
「フォ、フォルティス!?」
フォルティス家の娘が出奔したことは広く知られている。
「ならば、お通ししなければなりませんが……確認を……。それに、お連れの方は従者でしょうか。その方はお待ちに……」
旅人服の男が顔を上げて兵士をしっかり見た。
若い方の兵士が顔を見て、目を丸くした。
「も、もしや、あなたは!?」
「ソルティア領主レオン・シシアスの子、ジェン・シシアスです。同様に、王国の臣下です」
若い兵士があわてて言った。
「ちょ、ちょっと、お待ちください!」
内部に駆け出して行った。
少しして役人をつれてきた。
「魔法省に御用ですね。こちらにおいでください」
役人が二人を招き入れた。
門を通るとき、若い兵士はジェンの顔を見た。彼はつぶやいた。
「先輩……」
ジェンは微笑んで会釈した。
魔法省は、長い廊下を通って別の棟になっている。
応接室で待たされた。
少しして、二人の研究者が入ってきた。男女で、どちらも聡明そうだった。
「お待たせしました。エリク・カルノと申します」
「マリ・カルノです」
夫婦で研究者をしているらしい。
ウィリアとジェンはお辞儀をした。
エリク・カルノ氏が訊ねた。
「わたしにお話があるとのことですが、どのような……」
ウィリアが口を開いた。
「先日、魔道士ランファリ様にお会いしました」
「えっ! ランファリ先生に!?」
二人は、ランファリと出会った経緯を語った。そして彼が魔界の研究をしていたこと、次元を認識する能力を授かったこと、そのときに亡くなったことを話した。
「そうですか。先生が……」
弟子だったのはエリク氏のようだ。目を伏せて、師を追悼した。
ジェンが語った。
「その直前、研究成果をあなたに託せと頼まれました。これが、それです」
トランクを開いた。ノートや論文や本が出てきた。映像記録の水晶などもいくつかあった。
「拝見します」
エリク氏はノートの一冊を手に取った。
ぱらぱらとめくる。
険しい顔になった。
「どうしました?」
「前からですが、先生、かなり悪筆で……」
ジェンとウィリアも、ノートをちょっと見てかなり悪筆だとは思っていた。解読と清書だけでもだいぶ苦労するだろう。
「ですが、先生が生涯かけて研究した成果です。無駄にするわけにはいきません。それにお話を聞くと、真魔との戦いにも必要な知識のようです。今の『黒水晶』との戦いに間に合うかどうかはわかりませんが、かならず読み解いて、活用します」
エリク氏はきっぱりした顔で言った。
ジェンが二人に聞いた。
「ところで、お二人は、フレイ・カルノさんのご両親ですよね」
「ええ。そうです。ジェン・シシアス様ですね。魔物討伐実習でご一緒になったと聞いております。その節はお世話になりました」
「実はこの前も出会って、少しだけですが、三人で旅をしました」
「そうなんですか。手紙をよこさない娘なので、詳しいことがわからなくて……」
「メアム遺跡にも一緒に行きました」
「ああ! メアム遺跡ですか。報告書は届いています。そうですか。同行した冒険者というのがお二人だったのですね」
「彼女はすでに、一流の魔法使いになっています。我々も何度も助けられました」
「どうも……。娘ながら、あの子はかなりできると思っています。ただ親としては、冒険者として旅をしているのは心配なので、王都に戻り研究や指導をしてほしいと思っているのですが……」
ウィリアが言った。
「フレイさんは、将来は王都に戻って役に立ちたいと言ってました。でもまだまだ、自分に納得できないから旅を続けたいそうです」
マリ氏が嘆息して言った。
「頑固な娘ですから、待つより他はないですね……」
二人とも親の顔になっていた。
部屋をノックする人がいた。
扉の所でエリク氏が対応した。二人に言った。
「すみません、アリストル魔法大臣が、お二人に会いたいと……」
「え?」
二人はとまどったが、了解した。
初老の男が入ってきた。
髪は灰色で、背は高くないががっしりした体つきをしている。意志の強そうな目である。王国の魔法使いの頂点に立つ、魔法大臣アリストルであった。
二人と挨拶を交わし席に着く。カルノ夫妻が状況を説明した。
「そうですか……。ランファリ様が……。魔法省でも探していたのですが……」
アリストル大臣も森の魔女のところで修行していたという。ランファリは兄弟子に当たる。
「それで、お二人は次元を認識する能力を与えられたということですが、その能力は、本当に有効でしょうか?」
ウィリアが力強く言った。
「まだ試す機会はありません。ですが、有効だと思います」
「なぜ?」
「口では説明できないのですが、力を与えられたときの経験、他の何とも異なる感覚でした。あれが有効でないはずはないと思うのです」
「そうですか。ランファリ様の生涯をかけた研究、信じることにしましょう」
トランクに入った研究資料を見た。
「そして、残された研究成果が、それなのだな」
「はい」
「よし。その調査に人員を出そう。カルノ君、君がリーダーになって進めてくれ」
カルノ夫妻は頷いた。
大臣がウィリアとジェンに言った。
「この二人は優秀な研究者でしてな。マリガッチヨ先生が編み出した高速化の術式を改良し、使用者の条件を広げました。今では、数十人が高速化を使えるようになってます」
「ああ、高速化の術……」
ウィリアの気付きが元でできた技である。
大臣は再度カルノに言った。
「ところで、わしはお二人と話がしたい。カルノ君たちは席を外してくれ」
夫妻はお辞儀をして、ランファリの研究成果を持って部屋を出た。
応接室には大臣と二人が残された。
「ウィリア・フォルティス様」
「はい?」
「我々は、あなたの姿を見ていました。リョウ君と一緒にいるところから」
「あっ……」
「旅には危険が伴うので、本人に言わずに数匹の使い魔を附けていたのです。もし何かあれば使い魔が守る手はずでした。リョウ君にばかり注意をしていたので、離れた隙に随行の兵士を亡くしてしまいましたが……。
森林地帯で彼が魔物に襲わて、助けに入ろうとした直前にあなたが現れました。彼を守ってくださって、ありがとうございます」
「……」
「ウィリア様……。幼いリョウ君を死地に赴かせたわしを、軽蔑していらっしゃるでしょうな」
「いえ……。仕方のないことです」
そう言いながら、目を閉じた。その目から涙がこぼれた。
「詫びようもありません。わしの罪です。
ですが、王国は、なんとしても黒水晶に勝たなければいけません。でなければ人間の世界が終わってしまいます。
お話を聞くと、対抗できる能力を持つのは、お二人だけ……。我々もできるかぎりの協力をいたします。どうか、奴を倒してください」
「もちろんです。そのために、旅をしてきたのです」
大臣とウィリアは頭を下げあった。
ジェンが口を開いた。
「ところでアリストル様、『森の魔女』さまが、黒水晶に対抗する技術をもたらしたということですが」
「その通りです。この王城までお越しくださり、いろいろ教えて頂きました」
「その前に訪問したときには、そのようなことは言ってませんでした。どのような心境の変化があったのでしょうか」
「ジーマ村が真魔に乗っ取られたことで危機感を持ったようです」
「ジーマ村……」
「ご存じですか」
「そこで戦いました」
二人はその経験を詳しく語った。
「そうですか。その戦いを見ていたのでしょうね」
「ホーミーさまは遠隔視ができますからね。その後は、連絡を取っていますか?」
「え? ご存じないのですか? ホーミーさまは、黒水晶に倒されたようなのです」
「えっ!!」
「『魔女の森』近くの村人は、ホーミー様の要求するものを供えているのですが、少し前から要求がなくなりました。森に入ってみると、焼けただれた隠れ家がありました。黒水晶に襲われたと考えられます」
「ホーミーさまが……」
ジェンは下を向いて、怒りにぶるぶる震えた。
「残念なことです。しかし、ホーミーさまのことですから……」
「?」
「……いや、憶測はやめておきましょう」
大臣と二人は応接室を出た。
二人に、王城の役人が話しかけてきた。
「あのう、ウィリア・フォルティス様、ジェン・シシアス様」
「なんでしょう」
「ちょうど今、ゼナガルドとソルティアから陳情団が来ているのです」
「陳情団?」
「領主不在期間の延長を認めてくれと……」
「あっ……。まだ、領主が決まっていなかったのですか……」
「それで、あの、お二人がいらっしゃったとなると事情が異なってくるので、それぞれお会いになりませんか?」
「……」
二人は少し考え込んだ。
おたがい目を合わせて、頷いた。
「会おう」
「会いましょう」