ブレンニング領国(2)
静寂が破られた。
宿舎が攻撃される。
窓、扉が破られ、黒い革鎧の兵士が多数なだれ込んできた。黒水晶配下の変化兵である。
眠っていた兵士の中には、そのまま斬られた者もいた。
宿舎にいた兵士と変化兵で戦いになった。変化兵たちはそれほど強くない。しかし数が多い。人数にして十倍ほどいる。
兵士たちは次々と倒されていった。
ウィリアとジェンは牢にいた。
二人とも、攻撃が開始する前から目を覚ましていた。眠っていてもわかる感覚があった。
「これは……魔素の匂い!?」
音がした。宿舎が攻撃されている。
二人とも飛び起きる。
剣も大剣も没収されている。まず、取り戻さないといけない。
ジェンは牢の鍵穴に風魔法を送り込んで開けた。
隣で大きな音がした。
ジェンが牢から出ると、ウィリアは牢の扉を蹴破っていた。ウィリアは気まずそうにジェンを見た。
「あ……。風魔法で開けられたんでしたね」
「まあいい。剣を取り戻しに行こう」
指揮官が叫んでいた。
「総員! 起きて戦え! 敵襲だ! これは訓練ではない!」
指揮官のところにも変化兵たちがわらわら来ている。剣で戦う。
廊下を走ってくる人がいた。
「そ、そなたたちは!?」
旅の女剣士と商人だった。
「すみません、わたしたちの剣はどこですか!?」
「なぜ牢を出られた!?」
「説明はあとです。剣を返してください」
二人にも変化兵が襲ってきた。
男は手から風魔法を出し、撃退した。
女剣士は蹴りや殴りで倒した。
「やつらと戦います!」
「……」
指揮官は廊下の先を見た。
「奥の部屋に置いてある!」
二人は走った。
奥の部屋に、ウィリアの剣、ジェンの大剣、トランクケースや荷物があった。
剣を取る。
ジェンは廊下を見た。向こうが赤い。
「火をつけられたか!?」
ウィリアは、没収された荷物を探した。
「あった」
お札のケースを見つけた。魔法札だった。
そのうちの一枚を開く。
「ジェンさん、水魔法剣を使います!」
「なるほど!」
ウィリアは剣に水魔法をまとわせた。
魔法の力を増幅する。それは剣の周囲で何十倍にもなった。
「はあっ!」
廊下に向かって剣を振るう。
水の奔流が現れた。竜巻となって廊下を進んだ。
大量の水流で、変化兵だけではなく、兵士たちや指揮官も外まで流された。
「あ……。やりすぎました」
「でも火は消えた。出よう。あっちの親玉がいるはずだ」
宿舎の外にも多数の変化兵がいた。
あちこちで兵士たちと戦っている。数が多いので向こうが押している。
ウィリアとジェンにも襲いかかってきた。
「やっ!」
ジェンは大剣を振り回して、一度に何体も斬った。
「はっ!」
ウィリアも剣で周囲の兵を倒す。
ウィリアは剣に炎の力を込めた。
周囲に放つ。炎魔法剣の力はウィリアの自由になる。人間の兵士たちには当たらず、多数の変化兵を倒した。
ジェンも大剣に風魔法を込めて、周囲を倒した。
何百体もいた変化兵の大多数を倒した。
ずぶ濡れの指揮官がその姿を見て、うしろから近づいた。
「君たちは……?」
しかし、ウィリアとジェンは別のところに集中していた。
二人は防壁を張った。
その直後、激しい炎が襲ってきた。
周囲を包み込むほどの巨大な炎。
それは兵士たちを、変化兵までも巻き込んで、焼き尽くした。
背後にいた指揮官は、二人の張った防壁で炎が弱められていたが、それでもダメージを受け地面に倒れ込んだ。
「あっ……」
ウィリアはおもわず指揮官を見たが、それに気を取られている場合ではない。正面を見倒した。
暗がりの中から、なにかが出てきた。
鎧を着込んだ大男。強そうだ。頭からは左右に角が生えていた。魔物だ。
男が言った。
「ウィリア・フォルティス、シシアス・ジェンだな……?」
ウィリアは男を睨みつけた。
「黒水晶の配下ですね? わたしたちを狙ってきたのですか?」
「そうだ。きさまらには、仲間を多数殺されている。排除せねばならぬ。覚悟せよ……」
男は手から業火を放った。
二人に向かう。防壁で防ぐが、熱さが襲ってくる。何度も食らっていては体が持たないだろう。
ウィリアは横に走り、回り込んだ。
男が火炎を放つ。
避ける。
ウィリアが炎魔法剣を打った。
それは男に向かったが、傷をつけることはできなかった。
「……」
ウィリアは一歩下がった。
炎を武器にしているところから予想はできたが、この男は炎属性を持っている。炎の魔法剣は効きが悪い。
反対側にジェンが回り込んでいた。
大剣で、風魔法剣を放つ。
だがそれも、当たっただけだった。
「風魔法剣までも……」
男は不敵な笑みを見せた。
「ははは。きさまらのことは調べがついている。炎と風を武器にするようだな。だが、その両方の属性を持つ、このイアノーグには効かんぞ」
男の名はイアノーグと言うらしい。ウィリアは睨みつけた。
右手の剣を突き出し、牽制した。
左手で懐をさぐり、魔法札を探した。
「魔法札を使うか? やってみろ。札で出せる程度のものが効くと思うならな」
「……」
魔法札をちらりと見る。風や炎は効かない。氷魔法の札があった。
札の魔法を剣にまとわせた。
増幅する。
「やっ!」
それは男に当たった。
だが、鎧に遮られてしまった。
「う……」
魔法札で出せるのは、その種類の魔法の最低威力程度である。増幅しても限度がある。
男の着込んでいる鎧は強力そうで、増幅した氷魔法も防いだ。
男はウィリアに襲いかかってきた。
巨大な剣を振り下ろす。
ウィリアは剣でそれを受け止めた。
男とウィリアにはかなり体格差がある。受け止められるとは思わなかったらしい。男は意外な表情をした。
背後からジェンが斬りつける。
男は力を入れてウィリアをはね飛ばすと、振り返ってジェンの攻撃を防いだ。
男と二人は、ふたたび距離を取った。
「なるほど……。なかなか強い。だが……」
男はもう一度業火を放った。
ウィリアに向かってくる。防壁で防ぐ。
だが防壁さえも破壊して、ウィリアにダメージを与えた。
「うっ!!」
「ウィリア!」
炎のダメージだけではなく、体のあちこちから血が流れている。業火に風の刃を交えて放ったらしい。
ジェンにも放った。
防壁では間に合わない。横っ飛びによける。
しかし男の放った炎はカーブを描き、ジェンを狙って襲ってきた。
「うぐっ!!」
急いで防壁を張るが、大きなダメージを受けた。
ジェンは地面に転がってしまった。
男はジェンに突進し、巨大な剣を振り下ろしてきた。
体勢を立て直すことはできなかった。
――やられる。
そう思った。
大きな剣は、肉体を深く斬った。
ウィリアの肉体だった。
ウィリアがジェンの前に立ち、男の剣を体で受け止めていた。それは彼女の左肩から入り、深々と刺さった。
「!」
男は一瞬、虚を突かれたようだ。
ウィリアは右手に持つ剣で、男を突いた。それは鎧の隙間を刺して傷をつけた。
「うおっ!」
男は飛び退いた。
大きなダメージを受けたウィリアの体が、くずれ落ちかけた。
ジェンがすぐに治癒魔法を放ち、傷を修復した。
再度、二人は両側に分かれた。
男にダメージはそれほど効いていないが、いらいらしてきたようだ。
「ええい、人間ごときが……」
炎を連発する。
しかしその動きは単調で、二人は苦もなくよけることができた。
ジェンは再度魔法札を取りだし、大剣に氷魔法をまとわせた。
それを増幅する。
さらに風魔法を加えた。
「この属性なら……」
ジェンは力を込め、男に魔法剣を放った。
エネルギーが向かう。
しかし男は風の刃を飛ばして、魔法剣のエネルギーの方向を変えた。
「……!」
だが、男の背後にウィリアが回っていた。
方向を変えた魔法剣のエネルギーを、ウィリアの剣が受け止めた。
自分の剣にまとわせて、さらに増幅する。
男はウィリアに気づくのが一瞬遅れた。
「うおっ!」
ウィリアは、氷と風の魔法が込められた剣で、男の体を斬った。
男は深く傷ついた。
ジェンも再度、氷魔法を剣に込める。それを増幅し、直接男に向かった。
大剣が男を斬る。
その体が二つに分かれた。
死体は泡に分解し、消えていった。
ジェンはウィリアを見た。
「ウィリア……。体を張ってまで、守ってくれてありがとう」
「あなたを失うわけにはいきません」
「それに、魔法剣の力を受け止めたのはすごいな」
「必死でやりました。もう一回やれと言われてもできないと思います」
宿舎の前には、焼けただれた兵士たちの死体が転がっていた。
ウィリアは悲しげな顔になった。
「この方たち、わたしたちの巻き添えで……」
ジェンは難しい顔をした。
「この数では、蘇生しても時間切れになるかも……」
「一度にはできないのですか?」
「そういう技もあるけど、魔力が……。まてよ。ウィリア、一度にできるだけ多く、俺に魔力を送り込んでくれないか?」
「やってみます」
ウィリアはジェンを背後から抱きしめた。
ジェンは兵士たちに手を伸ばし、蘇生魔法をかけた。
「……!」
広い範囲に魔法がかけられ、多数の死体が光った。
兵士たちが生き返った。ほとんどは、何が起こったかわからないようだ。
「ふう……」
ジェンは一息ついた。抱きしめているウィリアも安心した。
指揮官が二人の背後から近づいてきた。
「君たちは……」
二人は振り向いた。
「あ、あなたは生きてたんですね。すみません。いま治癒します」
ジェンが治癒魔法をかけて、指揮官が受けていたダメージはなくなった。
ウィリアが頭を下げた。
「この襲撃は、わたしたちを狙ったもののようです。巻き込んでしまい申し訳ありません。すみませんが、また襲われるかもしれないので、わたしたちは出発させて頂きます」
「……」
指揮官は一瞬悩んだが、そうする他はないと理解した。
「すぐ行きなさい」
二人は荷物をまとめた。邪魔する兵士はいなかった。
あらためて指揮官に挨拶した。
「ご迷惑をおかけしました。では、わたしたちは王城に参ります」
「道中お気をつけて。ところで……君たちは何者だ?」
「……」
ウィリアは黙った。
ジェンが言った。
「のちほど連絡します。生きていれば。なければ死んだと思ってください」
二人は夜の道を進み出した。指揮官や兵士は、その後ろ姿を見送った。