砂漠の家(2)
ウィリアとジェンは風呂の用意をした。
ウィリアが桶を担いで、近くの泉に水を汲みに行った。ジェンはしばらく使っていなかった風呂場を洗った。
何度か往復し、やっといっぱいになり、沸かす。
「お風呂ができましたよー」
「おう。ご苦労」
ランファリが風呂に入る。
鼻歌が聞こえてくる。二人ともふうと一息ついた。
まもなく声が聞こえてきた。
「おーい、姉ちゃん、背中流してくれー」
「はい! ただいま!」
腕まくりをしてウィリアが入っていった。ランファリは老いた背中を向け座っている。それをこすり洗いした。しばらく風呂に入っていないということだが、乾燥した皮膚からはそれほど垢は出なかった。
「ああ……いい気分だ。半年ぶりだな」
「半年前は、どうなさっていたのですか?」
「猿を使い魔として使っていたんだが、死んじまってな」
「新しく使い魔を探さないのですか?」
「今度使い魔を持ったら、俺の方が先に死にそうでな。それも迷惑だろう」
「……」
風呂を出て、ソファに横になる。
「おい、体もんでくれ」
ウィリアがマッサージをしてみた。
「こんな感じでしょうか?」
「なんか違うな。う! 痛い! 力入れすぎだ! ダメだ! そこじゃねえ!」
「俺がやります」
ジェンがマッサージを代わる。
「む……。ああ、ちょうどいい。そういえばお前さん、治癒師だったな。基本は習ってるか」
「はい。ホーミー様に叩き込まれました」
ジェンのマッサージでいい気分になって、すこしくつろぐ。
戸棚から酒を出し、小さなグラスに一杯飲んだ。
「じゃ、寝るぞ。おやすみ」
「あ、はい……」
「ああ、おまえらは、その辺で寝ろ」
「……」
とにかく、受け入れてくれたのでいいとしなければならないようだ。野宿の用意もあるのでベッドがなくても問題はない。二人は床で寝た。
「おい」
声がする。
「……」
ウィリアは目を覚ました。
ジェンと抱き合っている。
魔道士ランファリが立って二人を見ている。
「あっ!」
あわてて体を離して、起きた。
ジェンも起きた。
「いつまで乳繰り合ってるんだ」
「い、いえ、そんなことは……」
「とにかく起きろ。老人は朝が早いんだ。あと、朝食はおまえら作れ」
「は、はい」
取り寄せた材料で目玉焼きなどを作って、三人で朝食を取った。
「じゃ、俺は研究やってる。邪魔はするな。邪魔すると追い出すぞ」
「はい。あの、何をしていればいいでしょう?」
「そうだな。その辺に洗濯物があるので洗っておけ。それから、あそこのたまってるゴミ外に持ってって、適当なところに埋めろ」
山ほどの洗濯物があった。どうも使い魔を失ってから、服が汚れると新しく取り寄せて、古いのは積んでいたようだ。一部はカビが生えてどうしようもなくなっていた。
ゴミも大量にあった。外に持ち出して、焚火で燃やせるものは燃やした。穴を掘って灰を埋める。
そのあと泉の近くで、大量の服を二人で洗濯した。
正午近くになった。家の方から声がした。
「おーい。昼飯作れ」
「はい! ただいま」
また三人で食事をする。
「ふう……」
ランファリが食べ終わった。
「うっ!」
胸を押さえた。
二人はランファリの方を向いた。
「心配するな……」
ランファリはまた自分で治癒魔法をかけた。
ウィリアが聞いた。
「午後は何をすれば?」
「あっちの納戸の中にもゴミがあるんだ。あれも片付けてくれ」
家の外でたき火をしながら、ウィリアがジェンに聞いた。
「ランファリ様は心臓が悪いご様子です。ジェンさん、治せませんか?」
「治せるものなら自分で治しているだろう。それに……ランファリ様の生命力自体が、もうあまりない」
「え。それは、寿命が近いと?」
「たぶん、あと一ヶ月は持たないだろう」
「そんな……」
夕食も三人で食べた。
食後、ウィリアは声をかけようとした。
「あ、あの……」
ランファリはウィリアをじろりと睨んだ。
「新しく現れたやつ……。黒水晶と言ったな。もうすこし詳しく話してくれ」
「は、はい」
ウィリアはかなりの時間をかけて、知っている限りのことを言った。三年ほど前から現れたこと。数々の破壊活動を行っていること。ウィリアの父を殺し、そして犯されたこと。
その正体と考えられる、ファグ族の王子レイズのこと。以前、ファガールの魔法大臣だったプローティがその配下にいること。彼は、人間を依代として使う研究をしているらしいこと。
「……」
聞いているうちに、ランファリの額のシワがいよいよ深くなった。
「……要するに、その黒水晶に取りついてる奴が、魔界から来た真魔らしいということだな」
「そう考えられます」
「おまえら、魔界に行ったことはあるか」
「え」
二人とも一瞬あっけにとられた。
「ないです」
「まあ、そうだろうな」
魔界に行った人間など、聞いたことがない。
「昔、魔王を倒したときだ……」
ランファリは勇者のパーティーに属していて、数十年前に現れた魔王を倒している。
「勇者アロガン、武闘家セルバート、聖女ラステア、俺で魔王との決戦になった。なんとか倒し、体が崩れゆくところで、奴はこう言った。『人間に負けるとは口惜しや……。だが、これで勝ったと思うな……。魔界には俺より強い奴がいる……』ってな」
「真魔って、わりと同じこと言うんですね。ドラスの街を襲ったドラゴンもそんなことを言ってました」
「まあ、ありがちなセリフだ。だがな、俺はそれが、どうしても気になった。魔界とはどういうものか、それがわからないと、どうもスッキリしないんだ。
その後、俺は魔界についての研究を始めた。
国王から報奨金に加えて年金ももらってるので、金の心配はなかった。好きなように研究ができた。
特に、超古代文献の調査が役に立った。昔の人間は偉かったらしいな。昔はこの世界に魔法が存在しなかった。人間が宇宙を改造して、初めて可能になったのだそうだ。
だが一方、魔界と現世が接触してしまった。
なぜ接触したのか、魔界とは何か……。それを調べたんだが……」
「……そして……?」
ランファリはしばらく無言になった。
「……もう今日は遅い。寝る。おまえら、風呂を炊け」
「あ、はい」