砂漠の家(1)
コルナの街の西方に広がる砂漠。それほど砂が多くはなく、乾燥した土地に小石が広がっている礫砂漠である。
小規模なオアシスがある。
その近くの地面に扉があった。
分厚い板の扉で、地下の空間に繋がっている。
その扉を、多数の何者かが取り囲んだ。
砂漠の家の中に老人がいた。
四角い顔で、背は高くない。年老いた顔には皺が刻まれている。髪と髭は白くなっている。
「ふう……」
研究が一段落したところで、テーブルでお茶を飲んでいた。
そのとき、音がした。
入口の扉が壊される。
どかどかと足音がする。多数の兵士が入ってきた。
黒い革鎧を着た軍団。
老人に向かってくる。
老人は手をそちらに伸ばし、電撃を放った。
「ギャア!」
入ってきた兵士たちは体を焼かれた。
しかし、次々と入ってくる。
何度も電撃を放つ。死体の山が築かれる。
だが兵士たちには恐怖心はないらしく、切れ目なく襲ってきた。
「ええい、鬱陶しい……!」
老人は立ち上がり、電撃を放ちながら向かって行った。
外に出る。周囲は兵士たちに取り囲まれていた。
ひときわ大きな電撃を放つ。
数百体の兵士を一度に倒した。
しかし、まだ多数の兵士がいる。
老人は周囲を睨んだ。
「おまえら、何者だ」
一歩進んだ者がいた。鎧は金属で他の者と違う。指揮官らしい。
「そなたは、我々にとって危険な存在であるようだ。排除する」
「排除? ザコが。魔道士ランファリと知ってのことか」
「魔道士ランファリ? それは知らぬが、殺せとの命令だ」
「わしを知らん? 魔王の残党ではないのか? 甘く見られたもんだな」
魔道士ランファリは電撃や火炎で兵士たちを倒した。
襲撃者も、魔法が強力なのを理解した。指揮官が兵士たちに、魔法軽減の術をかけた。
だがランファリの魔力の方が勝っている。次々と倒す。
そのとき、異変があった。
「う……」
ランファリの魔法が途切れた。
兵士たちが襲ってくる。
起き上がって、電撃を放つ。襲ってきた兵士たちが倒れた。
しかしランファリは胸を押さえて、苦しそうな表情を浮かべている。額に脂汗が流れている。
また兵士たちが襲ってきた。
「……」
刃が近づいてくる。
急に、突風が舞った。
「!?」
突風は風の刃となって、兵士たちを倒す。
老人の前に旅人服の男が現れた。服に似合わない大剣を持っている。
男は、大剣で周囲の兵士をなで斬りにした。
「き、きさまらは!」
指揮官は慌てた。
その目前にもう一人あらわれた。鎧姿の女剣士。それは剣で指揮官を斬った。
「ぐふっ!」
指揮官が倒された。
すると、多数いた革鎧の兵士たちは体が小さくなり、トビネズミの姿になって周囲の砂漠に散っていった。
後には、魔道士ランファリ、大剣を持った男、鎧姿の女剣士が残った。
女剣士が聞いた。
「魔道士ランファリ様でいらっしゃいますね?」
ランファリはじろりと二人を見た。
「まあ、そうだ。おまえらは?」
「初めてお目にかかります。ウィリア・フォルティスと申します」
「俺はジェン・シシアスと言います」
「何の用だ」
「教えを授けて頂きたくて、参りました」
「教え? 何のことだ? 話を聞いてやってもいいが、その前に片付けないといかんな……。うっ……」
ランファリは胸を押さえていた。
ジェンが言った。
「ランファリ様、心臓が苦しいのですか? 治癒魔法を使います」
「ふん」
ランファリは手を胸に向けて、魔力を放った。
ふうと息を吐いた。
「この程度、自分でできる。誰だと思っとる」
「あ……。すみません」
ランファリは破壊された扉を、魔法で修復した。
家の中に入ると、トビネズミの死体が多数転がっていた。
「おい、このへん掃除してくれ」
「あっ、はい」
ウィリアとジェンで部屋の中を掃除した。
トビネズミの死体を運び出し、床もきれいに拭いた。
「終わりました」
「ごくろう。座れ」
ランファリはお茶を入れ直して一息ついていた。
ランファリは座れと言ったが、客用の椅子はなかった。ウィリアとジェンは木箱を椅子代わりにして座った。
ランファリはまた二人を睨んだ。
「さて、何の用だ」
「その前に、現在の状況について説明いたします。ランファリ様は『黒水晶』についてご存じですか?」
「黒水晶……? 知らん」
二人は、黒水晶が襲撃をくりかえしていることを説明した。それが人と真魔の融合したものと考えられることも話した。
額の皺が深くなった。
「そうか……。新しい魔王が現れたのだな……」
「そうです。わたしの父も、彼の父も、奴に殺されました。
復讐のため旅に出ましたが、黒水晶の脅威は地上すべての人々に関わるものです。個人的な感情を越えて、奴を倒さなければなりません」
「で、なんで俺のところに来た?」
「黒水晶を倒すために何をすべきか、森の魔女さまに占って頂きました。すると、先生に教えを請えと言われたのです」
「森の魔女に?」
「紹介状を書いてもらいました。これです」
ウィリアは荷物の中から紹介状を取りだした。
それはウィリアの手から空中をすべって、ランファリに渡った。
自動的に開いて、手紙が出てきた。ランファリはそれを読んだ。
ランファリ、久しいね
この手紙を持たせた二人は、あたしの弟子の治癒師と、その仲間の女剣士の子だ
女の子は「黒水晶」にかたきを取るため旅している
この子らがどうしたらいいか、占ってみた
そしたらあんたに教えを請えという結果が出た
具体的に何かはあたしにはわからないが、心当たりがあったら教えてやってくれ
森の魔女 ホーミー
「ふん……」
読み終えると目を伏せて、手紙をしまった。
「あのバアさん、元気か」
ウィリアが答えた。
「ええ、元気です。お若く、精力的で……」
「まあ、そうだろうな。年に似合わず若作りしてるからな」
「あ、あの、ランファリ様」
ジェンが声をかけた。
「なんだ」
「あまりホーミー様の、年のことは言わない方が……」
「なんだよ。バアさんはバアさんじゃねえかよ。俺の倍以上年取ってんだぞ」
「それはそうですが、ホーミー様は、自分で言う分にはいいらしいですが、人に年のこと言われると機嫌が悪くなるので……」
「別に本人に言うわけじゃねえよ」
「ですが、ホーミー様は水晶玉で遠隔視ができるので、もしかしたら今も見てるかもしれません」
「ああ、そうかもな。陰険だからな」
「いや、その……」
「バアさん、見てるかー?」
ランファリは空中に向けて手を振ってみせた。ジェンはハラハラした。
「…………」
「ところで、おまえら、なんで俺の居場所がわかった」
「フレットの街で、トースさんに占ってもらいました。コルナの街へ行けって」
「トース……。あいつか。なかなかの術士だったが、隠蔽魔法をかけているのによく占えたな?」
「もらったっていう酒の空き瓶を使って、占ってもらいました」
「ああ、そうか。酒瓶に匂い残してたか。俺のミスだな……。あいつ、元気だったか?」
「元気そうでしたが、少し酒臭かったです」
「そうだろうな」
「コルナ街からは食料品店の魔法箱から、どこに送っているか見当をつけました」
「ふん……。しかしな、おまえら、見張られてるぞ」
「え!?」
「おまえらが行こうとしているところに、さっきのやつら襲ってきたようだ。俺を知ってるわけではなかった」
「す……すみません。ご迷惑をかけてしまいました」
「まあいい。あんな連中、何度来たってひねり潰してやる。加勢してくれたのはいちおう礼を言っておこう」
「ど……どうも」
ウィリアは不安になって入口の方を見た。
「しかし、場所を知られてしまいました。また来られると面倒ですね……」
「ふむ」
ランファリは立ち上がり、部屋の中央に立つと、呪文を唱えた。そして魔法を周囲にかけた。
「?」
二人に言った。
「外を見てみろ」
二人は扉を開き、外の様子を見てみた。様子が違う。砂漠であり、泉の近くにあるのは同じだが、その泉の位置や大きさが違っている。近くの地形も前と違う。
「えっ、これは?」
「こんなこともあろうかと、転移用の場所をいくつか用意しておいた。しばらくは見つからんだろう」
二人はテーブルに戻った。
「ところで、おまえら、どのくらいの力があるんだ」
「力……」
「魔法剣ぐらいは使えるのか。今までどういう修行してきたんだ」
ウィリアは経験してきたことを話した。魔法剣の修行をしたこと。フィクル山の祠でその力を増幅したこと。物理学者のマリガッチヨと魔法学者のザンジに鏡心の術を伝授してもらったこと。
「なるほどな。もう一つ、その黒水晶って奴の力もわかるか?」
またウィリアが説明した。とてつもない剣技を持っていること。高速化の術があること。魔力もきわめて強力なこと。そして、魔法や魔法剣の攻撃をしても、空間に穴を作り出してすべて防御してしまうこと。
「空間に穴……か」
その話に、ランファリは興味を示した。
「全部お話ししました。なにか、お心当たりはあるでしょうか」
「……ある」
「では、どうかご教示をいただけませんか!」
ランファリはウィリアをじろりと見た。
「おまえら、ただで人に教えを受けるつもりか」
「い、いえ、お礼はいたします。今はあまりありませんが、礼金なら稼いできますので……」
「金なんかいらねえよ。誰だと思ってんだ。魔道士ランファリだぞ」
「そ……そうですね。では……?」
「……気が乗らねえな」
ウィリアとジェンは困った顔になった。
ウィリアが頭を下げて言った。
「ランファリ様、どうか教えをお授けください。どうしても、黒水晶を倒さなければならないのです」
「その黒水晶、魔法も魔法剣も効かないって言ったな。もし効くようになれば、おまえら、倒せるか?」
「……倒せるとは、約束できません。あの剣技はとてつもないレベルです……」
「じゃあ無駄じゃねえか」
「で、ですが、教えを頂けなければ倒せません。どうか、お願いします」
「倒せる奴連れてこい」
ジェンが訴えた。
「ランファリ様、彼女は魔物討伐などの修行を重ねてきました。今では王国でも指折りの剣士です。黒水晶はとてつもなく強いですが、彼女が強力にならなければ、倒せる道筋が見つかりません。どうか、お願いします」
「ふん……」
ウィリアが懇願した。
「お願いします。何でもいたします」
「何でもする? 大きく出たな。じゃあ、抱かせろって言ったら抱かせるか?」
ウィリアは一瞬言葉に詰まった。しかし、まっすぐ見てはっきり言った。
「はい! それがお望みであれば!」
ジェンは目を丸くしてウィリアを見た。
ランファリが言った。
「冗談だよ。もう役に立たねえや。兄ちゃん、彼女を寝取られそうになって慌てたな?」
「い、いえ、俺とウィリアはそういう関係では……」
「そういう関係じゃない? おまえら、一緒に旅してて、ヤってないのか?」
「あ、いえ、それはその」
「なんだ。ヤってんじゃねえか。かっこつけんな」
ジェンもウィリアも赤くなった。
ウィリアが改めて頼んだ。
「どうか、お願いします……」
「ふむ……」
ランファリは考える顔になった。
「しばらく風呂に入ってねえんだ。そこの泉から、風呂水を汲んできてくれ」