コルナの街
ウィリアとジェンは黒水晶を倒すため、森の魔女に占いをしてもらった。その結果は、三人の人に教えを請えというものだった。
一人目のランバ氏のアドバイスによって強力な魔法剣の力を得て、二人目のマリガッチヨ先生の紹介で相手の高速化に対抗する方法を取得できた。
三人目は、かつて魔王を倒したパーティーの一人、魔道士のランファリである。しかしここで困った。姿を隠していて、どこにいるかわからないのだ。
彼が以前住んでいた街でその旧友に占ってもらうと、北方のコルナの街へ行けと出た。ただし、そこにいるかどうかはわからない。ヒントが見つかるだけかもしれないし、見当外れかもしれない、といったはなはだ頼りないものだった。
とはいっても他に手がかりがないので、二人はコルナの街へやってきた。
「やっと着きましたね……」
「ああ……」
ここに来るまで様々なことがあった。季節は夏になっていた。やや北方なので、むしろちょうどいい気候だった。
コルナは中規模の街で、市壁に囲まれている。そこそこに繁栄していて、そこそこの人が住んでいる、何の変哲もない地方都市といった感じだった。
「まず、どこに行こう」
「とりあえず魔法使いギルドで聞いてみましょう」
コルナの街には昔、高名な魔法使いが住んでいた。若き日のランファリも教えを請いに来たらしい。そんなこともあり、魔法が盛んな都市である。
魔法使いギルド。受付の女性に訊ねる。
「人を探しているのですが」
「どなたでしょう」
「魔道士ランファリ様を」
「ランファリ様……。たしかに魔道士ランファリ様はこの街で修行しまして、その後も何度かいらっしゃった記録があります。しかし現在のところは、この街もしくは周辺にいるとは確認できていません」
「噂だけでもないですか?」
「噂は……正直に言うと、あったりなかったりしますが、こちらからはなんとも申し上げられません。すみません」
「わかりました。お手数をおかけしました」
特に収穫はなかったが、これは想定内である。
次に、食事がてら、街のレストランに入る。混雑時を過ぎていたのですいている。古そうな店で、老婦人が給仕をしていた。
「つかぬことをお聞きしますが、魔道士ランファリ様が近くにいるなどの噂を聞きませんでしたか」
「ランファリ様。ああ、この街とご縁があるらしいね。若い頃勉強したって」
「ええ、そうです。最近では?」
「なんでも若い頃来てね、数年間勉強したらしいね。むかしここには有名な賢者様がいてね。そういうことを聞いたわよ」
「そうですか。今はわかりませんか?」
「今はわからないね。若い頃の話ね。大成したのもここで勉強したからだって言われてるわよ」
「そうですか」
情報は得られない。
しかし、カウンターの中で料理を作ってるお爺さんが話した。
「この街に来てるって噂が、数年前あったよ。だけど噂だからね。その後もなにも話はなかったし、たしかなことはわかんないね」
レストランを出た後、いろいろなところに行った。喫茶店などをいくつか回り、魔法道具屋、占い師の店など関係するような店を回った。
どこも確実な情報はなかったが、「見たという噂はある」というぼんやりした話は聞こえてきた。
夜になった。
冒険者が集まる酒場へ行く。バーテンダーにチップを渡し情報を求める。
「魔道士ランファリを探しているんだが、なにか噂はないか」
「それはわかりかねますが、魔法使いの皆さんに聞いてみたらいかがでしょうか」
魔法使い数人が飲んでいる席があった。紹介してもらって、そこに入る。
「なんだ、あんた、聞きたいことってのは」
「魔道士ランファリ様を探しているのですが、なにか噂でもありませんでしょうか」
年長と思われる魔法使いが無言で、席の伝票をウィリアに渡してきた。
「……」
ウィリアは伝票分を店に払って、また席に戻った。
年長の魔法使いが一同を見回して言った。
「ランファリ様だってよ。誰か、知ってるか?」
あまり反応がなかった。
「知らねえなあ」
「俺も」
二人はがっかりした。
そのとき、声が上がった。
「俺、見たぜ」
「え?」
「数年前だけどなあ。道を歩いていた。あ、来てるんだと思ったけど、それ以来見てないな」
「別人じゃねえの?」
「魔法学園で本物を見ている。特別講義に来たんだ」
ウィリアが聞いた。
「声はかけなかったのですか?」
「無理言うなよ。あっちは魔王を倒した一流魔道士。こっちはペイペイの魔法使いだ。あっちは俺のことなんか覚えてねえよ。それに、気難しい人みたいだからな。声なんかかけられねえよ」
その後、何人かの人にもたずねてみたが、それ以上の情報はなかった。
宿に帰って話し合った。
「気配みたいなのはあるな」
「ええ」
見かけたという噂はいくつかあった。酒場の魔法使いの話も信用していいだろう。数年前に来たのは確かなようだ。
とはいえ、現在近くにいるかどうかはわからない。
「もういちど整理しよう。まず、まちがいなく隠蔽の魔法をかけている」
「それは静かに研究をしたいためですね」
「そう。そして、魔法の研究というのは、たいていは人里から離れたところでやる。人が近くにいるとどうしても条件が乱れるから。おそらく、街中にはいないだろう」
「ですが、人里と繋がっておく必要もあるのでは」
「確かにそうだ。実験器具や生活用品もいるし、そういうのまで自作していたら手間がかかりすぎる」
ジェンは地図を広げた。
「……この近くで、街と近くなく、遠すぎない場所というと……」
森、山、砂漠がある。
「絞れないな……」
「焦る必要はありません。聞き込みを続けましょう。明日は、食料品店あたりを回ってみませんか」
翌日、二人は街の商店街に向かった。
ジェンが訊ねた。
「食料品店を探す理由は?」
「まあ、人間、食事しないといけませんし。人となりを聞くと、自分で料理する人でもなさそうですし。弟子や使い魔がいるとしても、材料は必要になるはずです」
「なんとなくだけど、弟子は連れてないような気がする」
「わたしもそう思います。何人か弟子はいたらしいですが、育成にはあまり興味がないようですね」
「使い魔ぐらいはいるかもしれないな」
二人は食料品店で聞き込みをした。
次々と店に入り、本に載っているランファリの肖像画を見せて「この人を見なかったか」と訊ねる。
「ああ、ランファリ様? 名前は知ってるけど、見てないねえ」
「知らないなあ」
「すみません。わかりません」
収穫はなかった。
商店街の角に比較的大きな店があった。いろいろな食材を扱っている上に、弁当や惣菜を売っていて、日用生活のものや、ちょっとした木材や金具なども置いている店だった。
二人は店に入った。従業員は何人かいた。白髪で髭の店主らしき人を見つけた。
「いらっしゃい。何でしょうか」
「人を探しているのですが、この方に心当たりはありませんか?」
ランファリの肖像画を見せた。
店主はそれを見た。
答えた。
「知りませんな」
「そうですか。ありがとうございます」
二人は店を出た。
「……反応が違いましたね」
「ああ」
二人は戦う人間である。戦いにおいては、わずかな間の違いが大きな意味を持つ。
店主の反応は通常のものではなかった。まちがいなくなにか知っている。
「どうしましょう」
「とりあえず、見張りをしよう」
店主をとっ捕まえて拷問にかければ白状するだろうが、二人はそういう悪いことはしない。物陰に隠れて食料品店を見張った。
客が散発的に出入りする。特にそれらしい客はいなかった。
昼も交替で食事を取って、見張り続けた。
昼過ぎ、店に男の子が入ってきた。十歳ぐらいで、元気に走ってくる。
「ただいま!」
「おお、おかえり」
「遊びに行くね!」
「夕飯までには帰れよ」
男の子はすぐに出て行った。どうやらこの店の子らしい。
なにかわかるかも、と二人は男の子を追いかけた。
男の子は近所の公園に来た。
ぐるぐる回る遊具に乗ったり、別の子供たちと追いかけっこしたりして、しばらく遊んでいた。二人は物陰から見ていた。
そのうち、他の子供たちがいなくなって、男の子一人になるタイミングがあった。
「聞いてみましょう」
「うん」
二人は物陰から出て、男の子に近づいた。
ジェンが声をかけた。
「きみ……」
男の子は二人に気がついた。警戒した顔になった。
「……な、なに?」
「聞きたいことがあるんだけど」
目の前に立つ、鎧姿の女性と、体格のいい男性を見て、いよいよ警戒した目になった。
「おじさんたち……誘拐魔?」
「違うよ」
「じゃあ、少年性愛者?」
「違うってば。ませた子供だな。そうじゃなくて、人を探してるんだ」
「この人に心当たりはありませんか?」
ウィリアがランファリの肖像画を見せた。
少年の表情が変わった。
「幽霊のお爺ちゃん……」
「え!? 知っているのか? 幽霊? どういうことだ?」
「……」
「おねがいです。どんなことでもいいので、聞かせてください」
「……どうしようかな」
二人とも真剣な表情で少年に頼んだ。
少年はにやりとした。
「ぼくね、欲しい本があるんだ」
商店街の本屋でマンガを何冊か買ってやった。少年はほくほく顔だった。
また公園に戻って、話を聞く。
「幽霊のお爺ちゃんって言ったね。それはどういう意味?」
「あのね、僕の家には宝箱があるんだ」
「宝箱?」
「けっこう大きい箱。赤ちゃんなら入れるくらい。それね、普段は開けても何もないんだけどね、ときどき中に手紙が入っていて、おじいちゃんがそれを見て商品を入れてやるんだ。そうすると、あとで金貨か銀貨が入ってる」
「ほう……」
「何年か前ね、それ見て『物入れると金貨になるんだ!』って思ってね、石をたくさん入れてやったことがあるんだ。しばらく経って開けてみたけど、何もなかった。おかしいなと思ってもう一度入れてやったんだ。
そうするとね、箱がとつぜん開いて、幽霊のお爺ちゃんが出てきて……」
「幽霊?」
「半透明で、ゆらゆらしてたからね。そのお爺ちゃんに『石を入れたのはお前かバカモノ! 二度と箱に近づくな!』って怒られた。すごくびっくりして、しばらく怖かったけど……。でも、それからもうちのおじいちゃんは、箱に商品入れてお金もらってた。今でもやってるよ」
「へえ……。その箱は店の中にあるの?」
「会計の近くにあるよ」
「ありがとう。あ、この話をしたってことは、大人には内緒にしててね」
「……内緒……どうかなあ」
「五ギーンあげるから」
少年は喜んで受け取り、お菓子屋に駆けていった。
「いろいろわかりましたね」
「作戦を立てよう」
二人は宿に戻って、作戦を練った。
「どうやらランファリ様は、転送魔法の箱を使ってあの商店から買い物をしているらしい」
「その箱で、直接行けないでしょうか?」
「それはやめた方がいい。転送魔法は、人間用のやつでないと危険だ。体の一部がなくなることがあるから……。それに赤ちゃんサイズと言うから、我々は無理だろう」
「ではどうやって、向こうの位置を調べたらいいでしょう」
「起動させれば確かめる方法はあるんだが……。使わせてくれと言っても断られるだろうし……」
ジェンはしばらく考え込んだ。そして顔を上げた。
「よし、あれを使おう」
その夜、ジェンは魔法道具屋に行き、いくつかアイテムを買い込んできた。
「これはなんですか?」
「魔力検知の試薬。これを紙に塗って、どの方向に魔法が向かったかを調べる」
「これは?」
「幻覚を見せる香だ。これを嗅がせると、怖ろしい魔物の幻覚を見るようになる。店の人に、一時的に出て行ってもらう」
「そんなものがあるのですね。ですが、ちゃんと効くのですか?」
「普通だと、密閉した部屋でかなりの量焚かないと効かないけど……」
「じゃあ店の中では効かないのでは?」
「ふふふ。だけど俺には風魔法がある」
「風魔法……。あ! 煙を鼻に送るのですね」
「その通り。それなら少しの量で効果が出せる。効き目は三十分ぐらいだから、その間に起動させて、方角を探ろう」
「うまいこと考えますね。ジェンさん、悪人の才能もありそうですね」
「なんだよ。それ。居場所を探すために必死で考えたんだよ」
「いや、褒めてるんですよ? なにごとも才能はあった方がいいじゃないですか」
「よくないってば」
翌日の夕方。陽が落ちる。夕飯のための客も少なくなり、酔っ払いの喧噪が始まるまでの谷間のような時間である。
食料品店に、作業着姿でメガネをかけた、わりと体格がいい男が入ってきた。店主に声をかけた。
「あのー、すみません。わたくしギルドから来た、魔物調査係の者ですが……」
「魔物調査係? うちの店に何のご用でしょう」
「それがですね、調査の結果、魔物発生の地脈がこの辺にあって、どうも開口しそうということがわかりまして、それの対処を……」
「魔物発生の地脈? そんなものがうちの店に?」
「ええ。用心のためです。お手は取らせませんので、ちょっと作業をさせていただきますね」
男は持ってきたカバンを開けた。
中では香炉が煙を立てている。ジェンは風魔法を精妙に使い、香炉からの煙を店の中にいた十人ほどの人に嗅がせた。
店の中央あたりを指した。
「ほら、このへんから魔物が発生しそうです」
「魔物……? そんな……」
魔物が発生した。
店の中央の空間から、スライム、キマイラ、化けネズミ、サイクロプス、ドラゴンなど、多種多様な魔物が現れてきた。
「わーっ!! 出たーっ!!」
店主は逃げだした。
店内にいる客や従業員にもその恐怖は伝染して、われ先に逃げだしていった。
もちろん魔物は幻覚であり、本当はいない。
ジェンは会計の近くで転送魔法の箱を見つけた。
外で待機していたウィリアが、大きなサイズの紙を持ってきた。椅子などを使って箱を取り囲むように紙を張る。
ジェンは箱を開けた。メモが一枚入っていた。
「なになに。パン一斤、チーズに、ブランデーか……。とりあえず、パンで試してみよう」
ジェンは売り物からパンを持ってきた。箱に入れる。
蓋を閉めた。
次の瞬間、周囲に張った紙の一点が黒くなった。
塗っていた魔力検知薬が反応したのだ。そちらに向かって魔力が放たれている。
ジェンは地図と方位磁石を取り出した。
「ええと……。この方向は、東側、方位八十三度……」
地図に書き入れる。
「よし、この方向だ。砂漠だ! ウィリア! 出よう」
「うまくいきましたね。やっぱり才能があるんですね」
「やめて」
二人は急いで店から出た。
次の目的地は砂漠。そこに魔道士ランファリがいるはずだ。
しかし、深い夕闇の中、コウモリが二人をじっと眺めていることに、どちらも気付くことはなかった。