ワイク農場(4)
ウィリアとジェンは、水晶玉を使う魔の女と戦っていた。
真魔であり、かなり強い魔法使いのようだ。水晶玉からは多彩な攻撃がくりだされる。
氷の刃がウィリアに向かった。
鎧を貫き、体を切り裂く。
「ぐふっ!」
「ウィリア!」
ジェンにも向かう。大剣を盾代わりにして防ぐ。
治癒魔法でウィリアの傷を癒やす。
「あ、ありがとうございます」
魔の女はいらいらしだした。
「人間ごときが……。邪魔するとは……」
目の様子が変わってきた。瞳が盾に割れる。爬虫類の目だ。
ウィリアがジェンにささやいた。
「あの水晶玉を破壊しないといけないようです」
「だが、どうやって……」
「ジェンさん、わたしが、正面から向かいます」
「……!」
ウィリアは剣を構え、魔の女の正面から向かった。
背後からジェンが風魔法で援護する。風の刃が女に向かう。
女は水晶玉の力で風の刃をたたき落とす。
ウィリアが向かう。
女は水晶玉から炎を出した。
ウィリア体が焼けただれる。
しかし、そのまま向かう。
「ええい……!」
女は水晶玉に一層念をかけた。
ウィリアが寸前まで近づく。
水晶玉から、念場で作られた、太く鋭い槍が現れた。
それはウィリアの体を貫いた。
「ぐっ……!!」
ウィリアの胴体に大きな穴が空き、吹き飛ばされた。
しかしその瞬間、ジェンが女の側面にいた。
「!」
ジェンは風魔法をまとわせた大剣で、女の持つ水晶玉を砕いた。
黒水晶の前に、老剣士ヴァルダーが立っている。
額に脂汗がにじむ。
黒水晶の剣士からはただならぬ力が感じられる。
「……強い」
ヴァルダーの人生の中で、経験したことがないほどの威圧感だった。
勝つことはできない。
しかし、諦めるという選択肢はない。背後にはティナがいる。
黒水晶の剣士はティナを見た。
「ふん……。田舎娘か。目が見えないか……? だが女は、他にいないようだな……」
獣が獲物を見るような様子だった。
老剣士は剣を高く持ち、構えた。
「ほう……」
黒水晶は意外そうにつぶやいた。
「その構え、ひさしぶりに見る。俺の故郷の剣術か?」
「……」
老人は目の前の黒水晶に神経を集中させる。
黒水晶は面白がるような口調になっている。
「昔を思い出すな。子供の頃、剣を習ったときの……。む……?」
黒水晶は改めて老剣士を見た。
様子が変わった。
「お、おまえは……ヴァルダー……!?」
「!?」
黒水晶は再度、ティナを見た。
「す、すると、その娘は……」
動きが止まった。
時間にすれば数秒間だが、黒水晶も、老剣士も、動かなかった。
黒水晶は振り返った。
「撤収だ!!」
黒水晶の剣士は部屋から出て行った。
「……!?」
老剣士はそれを見送るしかできなかった。
背後にいたティナが息をついた。
「ヴァルダーさん、あれは……? 何だったのでしょう……?」
「わ……わかりませぬ……」
ティナは寝室の扉を開いた。子供たちが固まって震えていた。
「みんな、だいじょうぶ!?」
「こわかったよう……!」
「よくも、よくも水晶玉を!」
魔の女は容貌を変化させ、爪で攻撃してきた。
ジェンが体をかわす。
隙を見て、ウィリアに蘇生魔法をかける。貫かれた体が蘇った。
「ありがとうございます!」
ティナも剣を持って戦いに参加する。
魔法剣を放つ。
女は体をねじらせてよけた。
しかしもう一方から、ジェンも魔法剣を放っていた。それは避けられなかった。
「ううっ!」
ダメージを負って倒れる。
そこに、ウィリアが強力な魔法剣を放った。女の体が斬られた。
「ウオオオオ!」
声を上げて、絶命した。
女の体は変化した。巨大なムカシトカゲの姿になり、それも紫の泡になって消えていった。
「他にも、魔の者が!」
「うん!」
二人は農場の中に入ろうとした。
林から農場に入る。空が開けている。星がよく見える。
そのときウィリアが気づいた。
「!」
「どうした?」
「今日は新月!」
「あっ!」
黒水晶本人が来ているかもしれないのだ。
ウィリアの足が止まった。
しかし、再び走り出した。
「行きます!」
黒水晶が危険でも、農場の人を見捨てるわけにはいかなかった。
ジェンも後を追う。
しかし、静かだった。
さっきまで騒がしい雰囲気だったのが、平穏になっている。ジェンは周囲を見回した。
「変化兵がいないな」
「まさか……帰った? なぜ?」
農場の中を見回してみる。
「あ!」
人が倒れていた。
二十代半ばくらいの男。
「オストルさん!」
兵士に斬られたらしい。
ジェンが駆けよって、蘇生魔法をかける。生き返った。
「う……うん……? 何があったんだ?」
その後、畑で小作人が斬られているのも見つけ、蘇生させた。
ジェンが気の流れを読む。死んだ人間は他にいないようだ。
建物の中へ入る。
居間には、ヴァルダー老人とティナさん、それに子供たちがいた。
床には野ネズミの死骸が多数転がっていた。
主人夫婦も起きてきた。寝室にこもっていて無事だったようだ。
「な、何があったの……? ウィリアさんとジェンさんも……?」
ジェンが説明した。
「変化兵たちの襲来です」
「変化兵……!? 噂の、黒水晶の……? だけど、こんなしがない農場に、なんで……?」
夫婦は動揺していた。
ヴァルダー老人は口を一文字に結び、難しい顔をしていた。
念のためジェンとウィリアで農場を見回った。家畜で殺されたのが数頭あったので、蘇生させてやった。
その夜はまた泊まった。
翌日の朝早く、二人の部屋の扉を叩く者がいた。
「どうぞ」
「……」
ヴァルダー老人であった。
ウィリアが聞く。
「どうなさいましたか」
「私は昨夜、会いました。黒水晶の剣士に」
「……」
「もしや、あなた方の仇は、彼でしょうか」
「その通りです」
「彼は私を知っていました。彼は……まさか……王子レイズ様でしょうか……」
「おそらく、そうだと思います」
「……」
老人の額の皺が深くなった。
ウィリアが求めた。
「昨夜のこと、詳しく話してくださいませんか」
「……お話ししましょう」
老人は、黒水晶と対峙したときのこと、急に退却したことを二人に説明した。
ウィリアとジェンも、王子レイズが辿った人生を老人に説明した。
「あれが……レイズ様とは……」
老人は事態を飲み込みきれない様子だった。
二人が説明した。
「王子レイズは真魔と同化したようです。そしてエンティスに復讐しようとしています。また子供を作ることで、王家の血筋を残そうとしているのです」
「……」
「ある意味、ファガールの再興を望んでいるのかもしれません。ですが、真魔たちの目的は別にあります。地上と人間を支配すること。そして、人間を依代として使おうとしているのです」
「……」
「彼らが勝利したら、人間の世は終わりです。国の戦いを超えて、彼は倒さなければならないのです」
「……」
老人は心底辛そうだった。
やっと声を絞り出した。
「わかり、ました……」
二人と老剣士の願いは相反している。王子レイズが勝利してファガールが再興すれば、ヴァルダー老人の悲願が叶う。しかし一方で、真魔が勝利すれば人類が終わることも確かだった。
老人はしばらくうつむいていた。
二人に言った。
「……もし、お二人が彼に勝つことがあれば、レイズ様を……救……」
「すみません。それ以上言わないでください」
ウィリアが老人の言葉を押しとどめた。
「彼はあまりにも強大です。今の時点では、勝てる見込みさえありません。我々がさらなる力を持ったとしても、戦いのときにわずかでもためらいがあれば、彼に負けるでしょう。人間としてのレイズ王子を救うことはできないのです」
「……そうですね。失礼しました」
老人はうなだれて部屋を出ようとした。
最後に二人に言った。
「……ご武運を……」
暗い空間。
黒水晶は、闇の玉座に座っていた。
声がした。
〈親友よ……。あれからどうしたのだ。何か言ったらどうだ〉
「……知っていたのか……?」
〈……何をだ?〉
「あの農場に、妹がいることを」
〈無茶を言うな。わしは大きな力を持っているが、万能ではない。個々の事情など知らぬ。これは本当だ〉
「……そうか。……そうだな。変なことを言ってすまなかった」
〈親友よ。難しく考えるな。今はエンティスを手に入れることだけを考えればいいのだ。王冠などは後でなんとでもなる。妹もだ〉
「……ああ」
農家は以前のようにおだやかな雰囲気に戻った。
しかし話題は、つい黒水晶のことになる。
「だけど何だって黒水晶が、うちなんかに」
「旅人のジェンさんが言うには、魔の者は地脈や霊脈などを狙ってくることがあるそうで、たまたまうちのあたりを通っていたんじゃないかって」
「また来るんじゃないだろうね」
「たぶんもう来ないだろうとは言ってましたけどね。不安よねえ」
「何にせよ、死人が出なくてよかったよ」
「ヴァルダーさんが守ってくれたからよ。本当に、ありがとうね」
「あ、ああ、どうも」
襲撃があってから、ヴァルダー老人はぼうっと外を見ることが多くなった。
若妻のティナさんは朝食の用意をしている。
子供たちがじゃれ合っている。
その中で、五歳の長男が、老人に話しかけてきた。
「ねえ、ヴァル爺ちゃん」
「ん? 何ですか?」
「ぼくに、剣を教えてよ」
「え? 坊ちゃんが、剣を?」
「悪いやつらが襲ってきたでしょ。また来るかもしれないよね。強くなって、みんなを守るんだ」
「……」
老人は子供をじっと見た。
「わかりました。教えてさしあげましょう。今日から練習を始めましょうか」