ワイク農場(3)
翌日、ウィリアとジェンはワイク農場を出発、しようと思った。
朝の仕事に出た小作人が「魔物が出た」と報告してきたので、農場がざわついた。普通のスライムらしかったが、一般人にとっては十分脅威である。
「どうしよう。このままでは作業ができない」
主人が悩んだ。
ジェンが聞いた。
「結界はあると思いますが、どのくらい前に設置しましたか?」
「結界ね……。そういえばだいぶ昔だな。俺の親父が生きてた頃だから何十年になるかな」
「力が弱くなっているかもしれません。商品の中に結界石があるので、交換しませんか?」
というわけで、農場の周囲にある結界石を交換することにした。魔物が出るかもしれないのでヴァルダー老人と一緒に作業し、剣を持ったウィリアが周囲を警戒する。
小さな石碑の下に結界石が埋められている。石碑をどかし、古い結界石を堀り出して新しいのを埋める。
「古い方はどうするんですか?」
「洗浄して、魔力を入れ直して、また売る」
十箇所ほど交換する。ところどころ、石碑が転がって位置がわからなくなっていたりして、かなり時間がかかった。終わった頃には午後になっていた。
荷物をまとめて、農場を立つことにした。
「もうすぐ夜になりますよ。明日まで泊まっていけばいいのに」
「いつまでもお邪魔するわけにはいきません。お世話になりました」
「ちょっと待ってね。これ持って行きな」
結界石の代金に加えて、数日分の日当、さらに日持ちのするベーコンやチーズを頂いた。
二人は農場の皆さんにお礼を言って、出発した。
旅に戻ったが、二人が気になるのは、昨夜語ったヴァルダー老人と、ティナさんのことだった。
「ティナさん……ずっと、おだやかに過ごせるといいですね」
「うん……」
「黒水晶」は彼女の存在を知らないのだろうか。もし知ったらどうするだろう。引き入れようと思うだろうか。それとも生活を壊さずそっとしてやろうと思うだろうか。二人には見当がつかなかった。
歩いている途中、開けている場所があった。
「ジェンさん、立ち会い稽古しませんか?」
「でも、急がないと、次の村に着かないよ」
「野宿でもいいじゃないですか。気候もいいし。しばらく戦ってなかったので、やりたい気分なんです」
「よし、やるか」
ウィリアが剣を抜いた。
ジェンも大剣を構える。あれ以来、大剣は大きいままだ。精霊さまの声も聞こえない。消滅したのかもしれない。
二人の剣がぶつかった。
夜が来る。
農場の周囲は静かである。いつもなら。
何者かがやってきていた。
それも多数。
先頭にいるのは、黒鉄の鎧を着込み、顔には黒水晶の面頬をつけている剣士。
その後ろにいるのは、黒革の鎧を着た数十人の兵士。
さらに、水晶玉を持った女がいた。ただの女ではなかった。額に三番目の目があった。
黒水晶の剣士が言った。
「ここなのか? 王冠があるのは」
女が答えた。
「私の占いではそう出ております。正確な位置はもう少し調べなければなりませんが」
剣士でも女でもない声がした。
〈親友よ。わしにはわからぬな。貴重な新月の時間をこんなことに使うなど。そなたはもうすぐこの世界の王になる。もっと意味のあることに使ったらどうだ?〉
「王になるからだよ。王になったら、戴冠式をするものだ。そのとき使う王冠は、エンティスの物などだめだ。ファガールの王冠でなければならぬ。父と兄たちが死んだ今、あれは俺の物だ。自分の物なら取り返さなければならない」
〈人間のこだわりはよくわからんな……。まあいい。好きなようにするがいい〉
「しかし、なぜこんな田舎に? 下級兵士が私的に盗み、隠したまま死んだか?」
女が訊ねた。
「レイズ様、ここの住民はどうしましょう。殺しますか?」
「どっちでもいいが、年頃の女がいたら生かしておけ。子供を作る機会は月に一度しかない。まあ、田舎娘だろうがな……」
晴れた夜。星が出ていた。
ウィリアとジェンは野原に寝た。手をつなぎながら。
「星がよく見えますね」
「ああ」
その夜は天の川までよく見えていた。
「む……?」
ジェンは、ウィリアの手をつい強く握った。
「ど、どうしました?」
「気の乱れが……」
「気?」
体を起こした。
「遠くだが、感じる。気の乱れがある。どこかで惨劇が起きている。いや、気の乱れだけではない……」
ウィリアも感覚を働かせた。
「魔の気配? 精霊さまが言っていた波動のようなものでしょうか? 何かを感じます」
「どこだ……」
ジェンは四方を見回した。
さっき来た方向を見た。
「……農場? もしや、黒水晶の軍団が、ティナさんを?」
「王冠を探しに来たのかもしれません」
「王冠……! あり得る」
「行きましょう!」
農場には、遅くまで作業をしていた小作人たちがいた。
その前に異様な者たちが現れた。
「な、なんだ! おまえらは!」
「……」
黒い革鎧をまとった軍団。
彼らは、小作人を斬った。
「ぐふっ!」
「ん? なんだ? 騒がしいな?」
農場の若主人オストルが立ち上がった。
目が見えない妻、ティナが心配そうに声をかけた。
「いやな予感がします。出ない方が……」
「いや、まだ人もいるし。見てくる」
部屋の中には子供たちや、ヴァルダー老人もいた。
老人は窓の外を見た。
「……」
顔が険しくなる。
「ヴァルダーさん、なんでしょう?」
「わかりません」
しかし、警戒する雰囲気になっている。
子供たちに声をかける。
「坊ちゃん、嬢ちゃん、寝室でお休みください」
「えー、まだ、眠くないよ」
「どうか!」
老剣士の声には力があった。迫力に当てられ、子供たちは隣の寝室に下がった。
「……」
剣を持って、窓の外を警戒する。
「ぎゃっ!」
外から声がした。
ティナが気づいた。
「あの声は、オストル!? ヴァルダーさん、見てきてくれませんか!?」
「いや……」
大きな音がした。
扉が破られたようだ。
何者かが侵入してきた。
「!」
「ティナ様、動かないで!」
部屋に兵士が入ってきた。黒い革鎧を着て、白目が少ない異様な顔をした兵士たち。
兵士たちが老剣士に向かってきた。
剣が振り下ろされる。
しかし、老剣士の方が早かった。侵入してきた兵士たちは一刀に斬られた。
ティナは目が見えないが、何が起こったかはわかった。
「ヴァルダーさん……!」
「お守りします! 背後へ!」
さらに何人かの兵士が入ってきた。老剣士はそれも次々と倒した。
「これは!? もしや噂で聞いた、変化兵!?」
ウィリアとジェンは農場へ走った。
周囲に林がある。
林にさしかかると、襲ってくる者がいた。
黒い革鎧を着た兵たち。
剣を振ってきた。
しかし、剣ならウィリアとジェンの方が上である。斬った。
「やはり、変化兵の軍団だ!」
次々と襲ってくる。数は多いが、強くない。
彼らには知能がない。恐怖心もないので、二人の前に死体の山を築いた。
変化兵の襲撃が止まった。
二人は強大な気配を感じた。
林の奥から、フードをかぶった女が現れた。
水晶玉を手に掲げている。
顔を上げて二人を見た。フードの下の顔には、額に第三の目があった。
「そなたたち、何者だ……」
二人は答えず、剣を構えた。
「邪魔する者、排除する……」
水晶玉に力を入れた。内部に炎が光った。
「はっ!」
水晶玉から、炎が奔流し、二人に向かった。
二人の体が炎にまきこまれた。
「ふん……」
炎が消えた。すると、二人は無傷だった。防壁を張っていたのだ。
「!」
女は驚いた顔をした。
ウィリアが跳びかかる。
剣を振り下ろす。
しかし女はもう一度水晶玉に力を入れた。
ウィリアに衝撃が走る。体が弾かれた。
「うっ!」
炎だけではなく、力場も作り出すことができるらしい。
地面に倒れたウィリアに、女がまた炎を浴びようとした。
ジェンが間に入り、大剣で霊気防御を行って防いだ。
女が憤怒の表情をした。
「この……」
部屋の中では、老剣士ヴァルダーが戦っていた。
背後にいるティナと、寝室にいる子供たち、それらを守るために変化兵を斬りつづけた。
部屋の中に死体が転がる。
若妻ティナはなすすべもなく、ヴァルダー老人の背後で身を固くしている。寝室に下がった子供たちも、ただならぬ事態とは気づいているだろう。
主人夫婦と、ティナの夫オストルのことも心配であったが、老人にはそこまで手を広げる余裕はなかった。
どんなことがあってもティナと子供を守るつもりであった。
変化兵の侵入が一旦止んだ。
ティナが訊ねた。
「も、もう、いなくなった……?」
「いや……」
老人は部屋の入口を凝視した。
男が入ってきた。
今までの兵たちとは明らかに格が違う。
全身を覆う黒鉄の鎧は強靱そうだ。
顔は黒水晶の面頬で覆っている。
男は、変化兵の死体が散らばっている床を見回した。そして、老人に視線を向けた。
「かなり強いな。こんな田舎に、これほどの剣士が?」