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ワイク農場(2)

 ウィリアとジェンは翌日も農場の手伝いをした。

 ジェンは牛舎で使うため、周囲の林に下草を刈りに行く。ヴァルダー老人も一緒だ。腰に剣を下げている。

「ヴァルダーさんとおっしゃいましたね。ティナさんから聞きました。苦労なさったそうですが」

「いや、亡くなった主人のことを思えば、苦労のうちに入りません」

 この辺でも最近は、魔物が出ることがあるらしい。そのため、林の仕事は剣を使えるヴァルダー氏がやっているそうだ。

 二人で下草を刈って荷車に積み上げた。

 林の中を移動していると、籠を持ったウィリアがいた。剣も下げている。

「あれ、ウィリア、なぜここに?」

「ベリーを採りに行きたいけど、魔物が怖いから行けないと奥様とティナ様が言うので、かわりに採りに来たんです。そんなに強いものは出ないようですし」

 持っている籠には、三分の一ほどベリーが入っていた。

「なるほど。僕たちは下草刈りだ」

 それぞれ仕事を続ける。

 そうしているうちに、なにか声がした。

「ん?」

 走ってくるようだ。

「おねえちゃーん」

 5歳ぐらいの男の子。農場の孫で、ティナの長男だ。

 ヴァルダー老人が叫んだ。

「あ! 坊ちゃん! なぜここに!?」

「あ、ヴァル爺ちゃんも。あのね、ぼくもベリー採りしたいんだ」

「来てはだめです! 魔物が出ますよ!」

「えー、でも、前にベリー採りしたよ」

「去年まではここには魔物が出ませんでしたが、最近は出るようになってます。危険です。一緒に帰りましょう」

「やだー。ベリー採るんだ」

「わがまま言ってはいけません。帰りましょう」

「やだやだ」

 そのとき、藪が動いた。

「?」

 全員が振り返る。

 巨大な猪だった。角が生えている。魔物化したやつだ。

「わっ!」

 男の子は老人の陰に隠れた。

「!」

 老人はとっさに剣を抜き、高く構えた。

 魔物とにらみ合う。

 それほど攻撃性の高いものではなかったようで、老人の気迫に押され逃げて行った。

「ふう」

 老人は一息ついた。

 ウィリアとジェンは、老人を見ていた。

 老人は二人の視線に気づいた。

 顔色が変わった。

 しかし、何でもないことのように平静に戻ると、背後の男の子に言った。

「坊ちゃん、見たでしょう。あのような魔物が出るんです。すぐ、帰りましょう」

「う、うん、わかった」

 男の子は半分べそかいていた。下草を摘んだ荷車に子供を乗せて、とりあえず帰ろうとした。

 荷車はジェンが引き、後から老人が押している。

 ジェンはふと、後を振り返った。

 老人がジェンを見つめていた。しかしすぐに目をそらした。

「……」




 三日ほど働いた後、ウィリアとジェンは農場を出ることにした。

 明日の朝出発する。部屋で話し合った。

「疲れたけど、楽しかったですね」

「うん」

「明日からまた旅なのですね」

「うん。だけど……気になることを片付けて行きたいな」

「そうですね」

 二人は部屋の扉を見た。

 ジェンが扉に取りついて、開けた。

 少し離れたところに人影があった。それはビクッとした動きをした。

「ヴァルダーさん」

「う……」

「我々が、気になるのですか」

「……」

「お入りください。お話をしましょう」

 二人の様子を伺っていたのはヴァルダー老人だった。彼はゆっくりと、二人が泊まっている部屋に入った。

 扉を閉める。

 ジェンが言った。

「お聞きしたいことがありますが……その前にヴァルダーさん、あなたが我々に、聞きたいことがあるのではないですか?」

「……」

 老人はしばらく悩んで、口を開いた。

「あなた方は、どこまでわかっているのですか?」

 ウィリアが言った。

「わたしは何人もの強い剣士に会ったことがあります。そのような人は、たとえ剣士をやめた後でも、独特の威厳があるものです。ヴァルダーさん、あなたにもそれを感じます。商隊の用心棒、というのが不釣り合いなほどの。本当はかなり上位の剣士だったのではありませんか?」

「……」

 ジェンが言った。

「俺は剣術学園で勉強しました。そこでは、各国の剣術も一通り習うのです。林の中であなたが見せた構えは、エンティスのどの流派でもありません。ファガール剣術の構えに見えました」

「……」

 ウィリアが言った。

「そして、ティナさんや旦那さんから聞いた話を総合すると、あなたがティナさんを連れて農場に現れたのは、『皇太子戦争』でファガールが陥落したのと同時期です。あなたはファガールの戦士で、ティナさんは高貴な方……もしかすると王族の姫ではありませんか?」

「……その問いに答える前に、もう一つ質問させてください。あなた方は、ファガールの残党狩りに協力するつもりですか?」

 ウィリアは首を振った。

「いいえ。そんなことはしません。ファガールの人々が、塗炭の苦しみを背負っているのを見ています。誰にも言うつもりはありません」

 ジェンも同意した。

「正直、あなたから殺気を感じなければ、こんな話もせずに別れるつもりでした。しかし昨日、剣の構えを我々が見てから、尋常でない殺気が感じられました。正体がばれたかもしれない、残党狩りに知らせるかもしれない、ということを恐れているのですね。そうはしませんので、安心してください」

「今の言葉、誓ってください」

「誓います。名誉にかけて」

「誓います」

「……」

 老人は、一息ついて、部屋にあった椅子に座り込んだ。

「誓いを信用するなど戦士としてならぬことですが、あなた方の言葉は信じたくなります。もっとも信じる以外に、穏便に収める方法はなさそうですね……。それに、殺気を気取られるなど、私も耄碌したものです。あなた方と戦っても、勝つことはできないでしょう」

 老人は二人を見て話し出した。

「ご推察の通りです。私はファガールの剣士で、王宮付でした。自分で言うのも何ですが剣の腕は高く評価されていて、ヤール王子の息子様たちに剣を教えたこともあります。

 ファガールが滅んだ日、王宮に攻め込んでくるエンティス兵たちを何人も斬りましたが、陥落は時間の問題でした。

 末っ子のティナ姫を抱いた王子妃様とともに、脱出できないか王宮の中を走り回りました。

 入ってきたエンティス軍の中には、魔法使いもいました。光魔法を使う者でした。強力な光を放ち、攻撃してきました。

 私は眼を防ぎましたが、ティナ様は何が起こったかわからず、光魔法を直視してしまいました。それで目が見えなくなったのです。魔法使いは私が斬りました。

 ファガールには魔法を扱える者が少なく、魔法大臣以外は二三人しかおりません。そのうちの一人と合流することができました。彼は跳躍魔法を使うことができました。

 陛下とも合流できましたが、かなり傷を負っていました。

『陛下、跳躍魔法で逃げましょう』と言いましたが、陛下は断りました。国王が逃げることはできぬと。

 しかし、幼いティナ様のことは哀れに思ったようです。私に言いました。

『ティナを連れて逃げよ。もう一つ、エンティスに王冠を奪われるのは耐えられぬ。逃げて隠せ』と。

 戦って死のうと思っていたのですが、陛下の言葉に反するわけにはいきません。ティナ様と王冠を託されました。

 跳躍魔法を使える魔法使いも、それほどの術士ではありませんでした。行き先が問題でした。

『ファガール国内は敵兵で一杯だ。エンティスに送るしかない。だけど土地勘がないので、どこになるかわからない。がんばって潜伏してくれ』と言ってました。

 ティナ様を抱いた私は、跳躍魔法で跳ばされました

 気がつくと、野原にいました。空には星が光っていました。

 厳しい環境でなくてよかったと思いましたが、ティナ様が泣き出しました。当時はまだ一歳ぐらいで、おむつも取れてないし大人向けの食事も食べられないし、子育てなどやったことがない私は途方に暮れました。

 野原の向こうに、農場の建物が見えました。

 門を叩くと、旦那さまと奥さまが出てきました。小さな子供もいます。ここならティナ様を育ててもらえると思って、なんとか泊めてくれと頼みました。

 奥さまが『もしかして、野盗にやられた商隊の人?』と言いました。少し前に近くで、商隊が襲われて全滅したそうなのです。その話に乗りました。私は商隊の用心棒、ティナ様は隊長夫妻の娘ということにしました。

 私は農場で働きました。一時的なつもりでしたが、旦那さまが『警備役の人が欲しかったんだ。できればずっと働いてくれ』と言ってくれました。また、ティナ様もきちんと育ててくださいました。

 もし辱められることがあれば、皆殺しにして次を探そう、と思っていましたが、幸か不幸か、ここの人たちは善人でした。天使のようとまでは言いませんが、あのくらい親切な家族はなかなかいないでしょう。

 そのうちに、ティナ様も大きくなってきました。目が見えないからいろいろなことに苦労したと思いますが、息子のオストルさまも優しい性質で、ティナ様を守ってくれました。

 私は葛藤しました。ティナ様に、あなたは王家の人間だ。ファガール再興を目指すべきだ、と言おうかと何度も思いました。しかし、断念しました。王女としての教育を受けておらず、祖国について何も知らず、しかも目が見えない女性に何ができるでしょうか。不幸にするだけです。

 年頃になると、ティナ様とオストルさまが婚約しました。

 ファグ族は武を重んじる民族です。王女が農民の嫁になど、と思わないでもなかったですが、これが望みうる最高の幸せなのだと、二人を祝福しました。

 結婚式では、様々な思いが去来しました。ティナ様が幸せをつかんだ喜び。ファガール再興が叶わなかった罪悪感。やるべきことはやったという安堵感。それらがいっぺんに沸き起こって、恥ずかしながら泣いてしまいました。

 その後の私の人生は、おまけみたいなものです。ここで一生を終えようと思いました。ティナ様のお子さまが生まれ、元気に育っていくのを見るのだけが楽しみになりました。

 ところが、あなた方が現れました。

 並の剣士でないことはすぐにわかりました。王国と関係があるかもしれない、注意してやり過ごそうと思いました。

 ですが、構えを見られてしまいました。

 私は戦争で何人も斬りました。戦犯に入っているでしょう。知られたら破滅です。私の命などどうでもいいですが、私が戦犯として処刑されたらティナ様にもるいが及びます。それだけは避けねばなりません。

 報告される前に亡き者にしようかと思いましたが、勝てそうにありません。どうすることもできず、監視するしかありませんでした」

 聞き終わって、ウィリアは頭を下げた。

「お話しくださってありがとうございます。よくわかりました」

 老人は一息ついて、また語った。

「少ししゃべりすぎたようです。誰かに聞いてほしかったのでしょうな。偽って生きてきたことと、王国再興ができなかったことの懺悔を。すべてお話ししました。すっきりした気分です」

 ジェンも老剣士に頭を下げた。

 老人は二人に聞いた。

「ところで、あなた方は修行の旅と言っていましたが、それだけではないですよね。何を目指していらっしゃるのですか」

「話してくださいましたのでこちらもお答えしますが、かたきを討つためです」

「仇、ですか」

「しかし、その仇はあまりにも強い。倒すためには、もっともっと強くなるしかないのです」

「あなた方が勝てないほど強い仇……。想像がつきませんな。しかし、聞いてもできることはありません。詳しいことは聞きますまい」

「少し、ファガールのお話を聞いてもいいですか」

「答えられることなら」

「ファガールには、外国人の魔法大臣がいたそうですね。どのような人だったのでしょうか」

「歴代の魔法大臣の大半が外国人なのですが……。最後にいたのは、プローティという男でした。七十代の老人で、頭が禿げ上がって、鼻が奇妙に大きくて、眼光が鋭くて……とにかく、一見してただものではないという感じでしたね。

 外国人ではありましたが、エンティスにもヤンガにもいたことがあるというだけで、詳しい経歴は周囲に知らせていませんでした。

 たしかに魔力はありました。各種魔法が使えて、特に呪術が得意でした。毒や薬にも詳しかったですね。貴族の毒殺事件があったのですが、わずかな飲み残しの茶から毒物を特定し、妻による犯行だと突き止めたこともあります。

 王家は彼を信頼し、いろいろと仕事を任せていました。王家の健康管理もしていたようです。

 エンティスの皇太子に、毒によると思われる急変があったとき、王家が派遣したのも彼でした。ですが随行団に断られて、診察はできませんでした。状況的に任せにくいのもわかるのですが、彼が診ていたら死なずに済んだかもしれません」

「……」

「戦争ではかなりの働きをしました。有力な司令官を呪殺したりとか。とはいえ、魔法ではエンティスの方が層が厚くて、防御もしっかりしています。エンティス中枢を呪うことはできませんでした。

 陥落の日まで王宮にいたはずですが、その後は知りません。まあ、死んだと思います。

 ところで、なぜ魔法大臣のことを?」

「……実は、わたしたちが追っている仇が、その魔法大臣プローティと縁がある者かもしれないのです」

「そうですか。それは難敵ですね……」

 その魔法大臣プローティが生きていて、正体は魔の者で、皇太子を暗殺した張本人かもしれない、ということは言わなかった。そんなことを聞けば老剣士の心は千々に乱れるだろう。

 ジェンが聞いた。

「王子の息子様に剣を教えたとのことですが、どのような方たちでしたか?」

「……長男のムカウ王子、次男のカーズ王子、ともに勇敢な方でした。逞しく力強く、若くても堂々たる戦士に育っていました。

 三男のレイズ王子……。まだ六歳か七歳だったのですが、剣の才能は一番あったかもしれません。その年で、予想の上を行く剣筋を見せてましたね。そして優しい方でしたね。妹のティナ様が生まれたとき大喜びして、ずっとかわいがっていて……。

 思えば、少年たちに剣を教えていた頃が一番楽しかったかもしれません。どの方ももう亡くなってしまいましたが……」

「……」

 三男のレイズが生きていたことは、一般には知らされていないらしい。

 ジェンがもうひとつ聞いた。

「そういえば、王冠も託されたということですが、それはどうしたんです?」

「農場の敷地内に埋めました。かなり深く埋めて、そのあと草木も生えているので、私自身も正確な位置はわからなくなっています。こんなことを言うべきではないかもしれませんが、金を求める人なら、仇討ちなどには出ないでしょうからね」

「ええ。盗むつもりはありません。気になっただけです。お話しくださってありがとうございました」

 老剣士は安心した表情で部屋を出た。殺気はすっかり消えていた。



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