街道の森(2)
禿げ上がった頭。特徴的な大きな鼻。
「貴様は……!」
ユージオの街で戦った老人であった。若い男に声をかけた。
「マルテス、ごくろう」
そして二人をじろりと見た。
ウィリアとジェンも彼を睨んだ。
ウィリアが言った。
「ユージオの街で、会いましたね」
「ふん……」
「あなたの過去を聞きました。ファガールの魔法大臣プローティ。毒と呪いの専門家だったようですね。ジーマ村とユージオの街で毒をまいたのは、人間を依代にするための実験をしていたのですね。
毒の症状は、全身が紫の痣に包まれるというもの。戦争の引き金となったネス皇太子と同じです。
もしやあなたが毒を盛ったのではないですか? 大戦争を引き起こすことで、死者の生気を吸い取るため……、そして、人間世界の憎しみを増大させることで、あなたがた真魔の軍団が活動しやすくなると狙ったのではないのですか?」
「くだらん推測はよせ」
「だとしたら、黒水晶……王子レイズさえも騙して……」
「よせと言っておる」
プローティは手から黒い塊を放った。呪いの力を具現化した攻撃。
二人は横っ飛びによけた。
ウィリアが立ち直って、魔法剣を放った。
プローティは、黒い穴を作り出して力を吸収した。
敵はもう一人いた。白髪の若い男が、ウィリアに向かってくる。
ウィリアは剣を構えた。
だが若い男はウィリアにぶつかってくるわけではなく、少し離れた場所で止まった。
口を開いて、なにかを吸うような様子になった。
「うっ……!」
ウィリアが異変を感じた。
力が、抜けていく。
「そうか、この男、生命力を吸い取る……」
剣が重く感じる。振ることができない。
このままでは、命までも吸い取られてしまう。
しかしウィリアは動けない。体勢が崩れそうになる。立っているのがやっとである。
ジェンが大剣で若い男に向かった。
大剣を振り下ろす。男は素早く動き、避けた。
ジェンとすれ違う。
「う……!」
ジェンもまた動きが鈍くなった。生気を吸い取られたのだ。
「まずい……。どうすれば……」
そのとき、大剣が光った。
男がいぶかしげな顔をした。
「む?」
大剣の精霊が防壁を作っている。
〈二人の生気は渡さんぞ!〉
生気が吸えなくて、男は困惑した。
プローティがそれを見た。
「そういえば、あの大剣に何かいたな。しゃらくさい」
呪いの攻撃が大剣に向かった。
〈ぐ……ぐぐ……〉
大剣は必死に耐えている。ジェンは全力で大剣を支えている。
ウィリアはその様子を見た。
かなり生気が吸い取られたので、動くのはつらい。しかし、相手を叩くのは今しかない。
力を振り絞り、魔法剣を白い男に放った。
男はそれをよけた。
しかし魔法剣の力は、男の背後で進路を曲げ、背中から当たった。
「ぐあっ!?」
たたみかけるように魔法剣を放つ。何回も当たった。男の白い服がぼろぼろになった。
「とどめ!」
「こ、このヤロウ……!」
最後の魔法剣を放とうとした瞬間、男の様子が変わった。
体が変化し、巨大な白テンの姿に変わった。
風のように動く。
爪がウィリアの上半身をえぐった。
「!」
血しぶきとともに、ウィリアの体が吹き飛ばされる。
白テンはさらに、ウィリアの体を切り裂こうとした。
「ウィリアーっ!!」
ジェンが大剣を支えたまま、ウィリアに治癒魔法をかけた。
体が癒やされる。
その体の上に、巨大な白テンが覆い被さろうとしていた。
「……!」
とっさに剣を上に向けた。魔法剣の力を込めた。
「!」
剣が、白テンの体をつらぬいた。
〈こ……こんな……〉
白テンは痙攣した。
ウィリアの剣が、背中まで突き通った。
次の瞬間、傷口からその体が破裂した。吸い取っていた生気がはじけ飛んで、周囲に散らばった。
ウィリアは体を起こした。
プローティは大剣に呪い攻撃を続けている。
ウィリアが向かった。
剣を振り下ろす。
プローティは呪い攻撃を中止し、一撃を避けた。
ウィリアは魔法剣を放った。
また黒い穴を作り出し、威力を吸収する。
ジェンが大剣を構え直した。
プローティはジェンに炎魔法を浴びせた。
ジェンはそれをよけると同時に、魔法剣を放った。
また黒い穴を作り出して防いだが、ぎりぎりの防御だった。
「ジェンさん!」
「ああ!」
二人は目で合図した。
二人とも、剣に魔力を込める。
剣の周囲で、炎と風の魔力がうずまいた。
「きさまら……。まだ、そんな力が……?」
二人はプローディに視線を集中した。
魔法を放った瞬間、連続して攻撃する。そうすれば、勝てる。
プローディは二人を睨んだ。
「……」
大きな黒い穴を作り出した。
そして、その穴に入った。穴は縮小し、消えていった。
「また……逃してしまいました」
「……くぞ」
強敵プローディを逃がしてしまった悔しさが押し寄せてきた。
しかし……。
「う……」
ウィリアがジェンに寄りかかった。
ジェンもウィリアに寄りかかった。
立っているのがやっとだった。もう魔力的にも肉体的にもエネルギーは残っていなかった。気力だけで持たせていた。
ふたりよろけながら、草が生えているところを探した。同時に寝転んだ。
「はあ……」
「はあ、はあ……」
しばらく、寝転んでいるしかない。
荒い息をしながら、ウィリアはジェンの方に手を差し出した。
「……」
ジェンはそれを握った。
暗い空間。
連絡係の魔物が、玉座にいる黒水晶に報告をしてきた。
「道師様とマルテスがウィリア・フォルティスと、ジェン・シシアスの抹殺に向かいましたが、破れたそうです。道師様は退きましたが、マルテスが倒されました」
「……」
黒水晶は興味なさそうな顔で聞いていた。
その口からではない声が、彼の体から聞こえてきた。
〈道師を破ったか……。やつら、予想以上に強力になっている……。やつらの対処は別にする。道師には、もう関わるなと命じよ。あいつを失うと困る……〉
魔物は平伏して去って行った。
黒水晶がぽつりと言った。
「なあ」
〈なんだ。親友よ〉
「ときどき『道師』という奴のことを聞くが、そいつは何者だ?」
〈優秀な研究者だ。いまは、真魔が地上で生きられる方法を研究している。地上で生きるには肉体が必要だが、用意できる者ばかりではないのでな……。かなり進展しているが、さらに進める必要がある。それが完成しなければ、真に地上を手に入れることは難しい〉
「重要な部下ということはわかった。しかし、おまえと一緒になってからしばらくになるが、俺は一度もそいつを見てないな」
〈わしの近くに来ると、魔力の影響で研究結果が乱れるらしくてな……。まあ、いずれ会うこともあるだろう。王国を手に入れた後になるだろうが〉
「王国を手に入れる、か。ふむ……」
森の中の道。
ここでは最近、行方不明が頻発しているという。
しかし、近隣に住む人にとっては、南側の町と行き来をする道なので、通らないわけにはいかない。
南の方から荷馬車が走ってきた。
御者台には二人座っている。
手綱を握っているのは、農家風の身なりをした中年男。
その横には老人がいた。やはり農家風の服を着ているが、雰囲気が違う。周囲に払う目線が鋭い。そして腰には剣を下げている。
手綱を握った方が言った。
「ヴァルダーさん、何もなさそうかな?」
ヴァルダーと呼ばれた老人が返した。
「いまのところ大丈夫のようです。このまま行きましょう」
荷馬車が森の中を進む。あるところに来て、老人が表情を変えた。
「旦那さま、止まってください」
「何かあるかね?」
「魔物の匂いがします」
「ま、魔物!?」
「確認してきます。待っててください」
老人は荷馬車から降りて、周囲を見回した。
「匂いはするが、気配はない。妙だな……」
藪を探して回った。
「む」
声を上げた。
荷馬車の上の男は不安な顔をしていた。
「ヴァルダーさん、どうしたんだ。何かあったのか」
「旦那さま、これを見てください」
「これってなんだ。大丈夫だろうね」
「危険はありません」
男がおそるおそる荷馬車から降り、藪の中を見てみた。
「あっ」
そこにあったのは死骸だった。人間よりも大きい白い獣。
「こ、こりゃあ、何だ!?」
「おそらく、テンの魔物かと」
「テン!?」
「野生のテンが魔物化したものか、もとからこういうやつなのかはわかりませんが」
動いてはいない。体に傷もついている。たしかに死んでいた。
まるで風船の空気が抜けたように、平べったくしぼんでいる。
「なんで死んでいるんだろう。ま、まさか、これより強い魔物がいて……」
「この傷は剣による傷のようです。斬った者がいますね」
「そうか……。行方不明の人も、こいつに食われたのかな。しかし、どうしようね」
「死んだ魔物はそのうち分解します。ほっておいて進みましょう」
二人はまた荷馬車に乗った。
少し走る。
「ん?」
「む?」
今度は二人同時に気づいた。
道の脇の草むらに、二人の人間が倒れている。
一人は、鎧をつけた剣士風の女性。
もう一人は旅人服を着た男。その旅人服に似合わない、巨大すぎる剣を脇に置いている。
そして、その二人は、横になりながら手をつないでいた。