街道の森(1)
女剣士ウィリアと治癒師ジェンがともに旅をしている。王国の北部を目指して街道を進む。
その間、しばしば、修行を行っている。魔物狩りが主だが、ウィリアの実力が上がって、練習になるレベルの魔物はあまりいなくなってしまった。
治癒師ジェンはもと剣士であり、大剣を得てふたたび戦う覚悟を持った。ウィリアとジェンの二人で、練習の立ち会いをときどきするようになった。
道の途中の森、開けたところで二人が向かい合う。
「やっ!」
ウィリアが踏み込む。
ジェンが大剣で受け止める。
巨大な大剣を巧みに操り、ウィリアの鋭い攻撃を何度も防ぐ。
次にジェンが攻めた。
ウィリアに斬りかかる。彼女は剣で受け止める。
普通の剣の何倍も重い大剣である。たいていは受け止めることはできない。並の剣なら折れてしまう。
しかし、ウィリアは衝撃をそらす技術を知っていて、しっかり受け止める。最初に立ち会ったときは苦労したが、すぐにできるようになった。
手数ではどうしても大剣は劣る。ウィリアはその利を生かして攻め立てる。
大剣はその大きさで防御の役にも立つ。ジェンはウィリアの剣を受け止める。
ウィリアの剣とジェンの大剣が互角に戦う。ときにはウィリアの方が圧倒する。
大剣は強力な武器である。斬ろうとしなくても、その重量だけで人を殺しかねない。全力で戦うことはなかなかできない。
ジェンが全力で大剣を振るうことができた相手は、彼女の他にはもう一人だけだった。
「……」
ジェンの動きが急に鈍くなった。
ウィリアもそれを悟った。攻撃をやめ、距離を取る。
ジェンの顔に脂汗がにじむ。
大剣によって、親友を死なせてしまったことを思い出しているのだ。
忘れることはできないが、克服しようと努力している。
ウィリアもそれを見守っていた。
夜になった。森の中で野宿をする。
暖かい季節になっている。雨も降りそうにない。簡単な毛布だけで寒くなさそうだ。
昼間、ジェンが少し魔法を使ったので、身体接触による回復のため、ウィリアと手をつないで寝る。
空には星が出ている。
ジェンがぽつりと言った。
「ウィリア。もし、黒水晶を倒したら、君はどうする?」
「倒して生き残った場合、ですか。そうですね。故郷に帰らなければいけないでしょうね」
「帰ったら、領主になるよね」
「もしかしたら、すでに新しい領主を迎えているかもしれません。それはかまいませんけどね。そうなったら、その方の臣下として仕えるか……。いや、それも向こうが迷惑ですかね……。状況次第です。あ、その前に、迷惑をかけたみんなに謝るつもりです。
ジェンさんは、帰りますか?」
「俺は、帰らないと思う」
「領国の人はあなたを待ってましたよ。帰った方がよいのでは」
「帰りたくないわけじゃないけどね。もし領主になれば、何十万の人生を背負うことになる。自分の人生さえ背負えない俺が、できるような気がしなくて……」
「ジェンさんは優しいですからね。ですが結局、誰かが背負わなければなりませんよ」
「うん……。それはそう……」
星の下、二人は眠った。
旅の途中、宿屋の食堂で女将が言った。
「みなさん北に行くときは森の中を通ると思うけど、気をつけてくださいね。最近、あの辺で行方不明になった人が何人かいて……」
一人が言った。
「行方不明?」
「そう。なんだか、来るはずだった旅人があそこでいなくなったとか……。野盗か魔物が住み着いたんじゃないかって言われていて」
「と言っても、北に行くには森を通るしかないだろ?」
「そうねえ。だから気をつけて」
「気をつけてって言われても、どうすればいいんだ」
「なるべく固まって行った方がいいよ」
ウィリアとジェンは食事しながらそれを聞いていた。
魔物であれば修行になる。当然行くつもりだった。
街道の森。
木々が混み合っていて暗い。
「いかにも、出そうですね」
周囲を見回しながら二人が進む。
「ん……?」
ジェンが異変を感じだ。
ウィリアも。
「魔素……。近くにいますね……。これは……かなり」
「強力な魔物だ。注意しよう」
魔物狩りを繰り返し、魔素の感覚でだいたいの強さがわかるようになっている。強い魔物の気配を感じる。進むにつれて、それが濃くなっている。
「うわあーっ!!」
悲鳴が聞こえた。
二人は走った。
道の向こうに、なにかがいた。
一見して若い男。しかし髪は白髪だった。そして全身白い服を着ている。森の中にいるには場違いな印象だった。
その男は腕で旅人をつかんでいた。首をつかんでいる。旅人の首はすでに折れているようだ。
男は息を吸うように口を開いた。
すると、つかんでいる旅人の体がしぼんでいった。人間の体から中身が抜けるようにしなびて、布袋のように垂れ下がった。男は旅人を離した。地面に落ちた旅人は皮膚だけの抜け殻のようになっていて、そしてその皮膚も塵に分解していった。
男は振り返り、二人を見た。
ウィリアが睨んだ。
「なんてことを……」
男は冷静な表情を崩さなかった。
「おや。君たちは、僕が待っていた二人かな?」
「待っていた?」
「そう。ここに君たちが来るというので、軽食を取りながら待ってたんだけどね」
ウィリアとジェンは剣を構えた。
男は声を上げた。
「道士さま、いましたよー」
男の横に魔力が集まってきた。
空間に小さな黒い円が現れる。それは大きくなった。
そこから老人が現れた。