ドラウニーの街(2)
その夜、ウィリアとジェンはドラウニーの街の繁華街を歩いた。
夕食を取った後、開いてる防具屋を探して、鎧を探す。
「……」
ウィリアの気に入るような鎧はなかった。そもそも、女性用の鎧というのが少ない。女剣士フィルの街なので女性剣士も他よりはいるが、それでもあまりない。
探しかねていると、ジェンが言った。
「ウィリア、ちょっとつきあってくれ」
「どこへ?」
「酒場へ」
「酒場……? いいですよ」
ウィリアは飲まないが、ジェンの口調が強かったのでつい付き合うことにした。
ジェンは繁華街を進んで、路地に入った。その中の建物。一見さびれているが酒場の看板が出ている。
ジェンに続いて入る。中は意外とにぎやかだった。荒っぽい男の声が響いている。客層を見ると、いずれも一癖ありそうな顔をしていた。
ウィリアは気づいた。ここは冒険者たちの集う酒場だ。王都でも似たような店があった。ジェンは知っていたか、旅慣れた人の勘で見つけたかだろう。
二人はカウンターの端に座った。
「なんにいたしましょう」
「俺はビール。彼女はノンアルコールカクテルを」
ウィリアの前に飲物が運ばれてきた。さわやかな果実の味がした。
ジェンはバーテンダーに言った。
「ところで、聞きたいことがあるんだけど」
「なんでございましょう」
「この街で、いい防具屋知らない?」
「……さあ。私どもは水商売なので、武器や防具のことは」
ジェンはカウンターに十ギーン貨を出した。
バーテンダーはそれを受け取ったが、何も言わずにジェンを横目で見た。
もう一枚十ギーン貨を出した。
「……防具屋ですと、街の北西、倉庫街の外れにちょっとした店があります。行ってみたらいかがでしょう」
翌日、二人で街の北西に行った。
ごみごみした倉庫街だった。ところどころ、倉庫でさえなく、ガレキが野ざらしで積んでいるような場所もある。
聞いた住所に行く。
割と大きい建物があった。しかしまったく倉庫である。看板もない。
「本当に、こんな所に防具屋が……?」
ウィリアは不安になった。
「まあ入ってみよう」
横にある出入り口から入る。
十代の少年が座って金物磨きをしていた。入ってきた二人を見てじろりと睨んだ。
「なんだい。あんた」
ジェンが応えた。
「酒場で聞いてきた。鎧を探している」
少年は地下に通じる階段の所に行き、声を出した。
「親方ー。お客さんだよー」
声が返ってきた。
「おう。入れてくれ」
「こっちへ」
少年に促されて、二人は地下に降りた。
扉を開く。
中は広かった。棚が並んでいた。上の方の窓が地上に開いているので暗くはない。
様々なものがあった。鎧や盾が多いが、冒険者用の旅人服も並んでいて、武器もいくらかあった。
ひげ面で、片目が潰れた男が出てきた。
「お客さんか。俺は防具屋のカンジャンだ。何を探している?」
「女性用の鎧だ。彼女の鎧がだめになっちゃって……」
男はウィリアを見た。
「ほう……。かなりのもんだが、なるほど、脆化の呪いを受けたか」
「その通りです。見ただけでわかるのですか」
「鎧ってのは、壊れることはあるが、そんな陶器みたいに割れることはない。脆化されたやつ特有の割れ方だ。ふうん……。ものは上物だ。躑躅の紋章……。なるほど……」
ジェンが声をかけた。
「ご主人、よけいな詮索は無しだよ」
「ああ。わかった。それで、女物の鎧が欲しいんだな」
「ありますでしょうか」
「無いって言ったらコケンにかかわらあ。女剣士フィルのお膝元だ。ちょっと待っててくれ」
主人は棚を探し回って、台車に乗せて鎧を持ってきた。
「こんなのはどうだ」
埃っぽいが、ちゃんとした鎧のようだ。
ウィリアは試着してみた。体には合った。
「サイズは合いますが、使い勝手はどうか……」
「試してみるか? こっちへ来い」
地下にもう一つ空間があった。中央には闘技壇がある。王都のコロシアムにあったものを小さくしたようなやつだ。その周囲には椅子が並んでいた。
「ここは?」
「闘技場だ。ときどき、ここで大会を開くんだ。もちろん賭けありだ。かなり盛り上がる」
「殺し合いをするのですか」
「普段は殺しは無しだ。さすがに人死にが出ると面倒でな。そういう大会は年に何回もしない」
年に何回かはするらしい。
「いつもは防具の試用に使ってる。兄ちゃん、あんたも素人じゃないだろう。剣を貸すから戦ってみな」
ウィリアとジェンは闘技壇に登って、立ち会いをした。
ジェンが打ちかかる。手加減をしてウィリアを打ってみる。
ウィリアも剣を振るい、ジェンの剣を遮ったりしてみる。
「どうだ」
「うーん……。悪くはないです。ただ、前のと比べるとやはり落ちて……。可動部の動きがちょっとスムーズじゃない感じで。あと、できれば魔法やブレスの防御力も付いてるといいのですが」
「贅沢だな。それもけっこういいやつなんだぜ。値段にしたら二千五百ギーンぐらいする。それよりいいとなると、もっと高くなるが、いいか?」
「仕方ありません」
「いくらなら出せる」
「それの……数倍は苦しいですが、三、四倍なら……」
「一万ギーンぐらいか。ちょっと待ってろ」
主人はまた鎧を持ってきた。
「これが一万ギーンのやつだ」
その鎧は、マネキンが着ていた。
奇妙な鎧だった。腕、足、肩の部分はちゃんと防具がある。しかしその他は、胸とパンツの部分があるだけだ。海水浴の水着に近い。
「ななな、なんですか!? これは!?」
「鎧だよ。俗にビキニアーマーと言うな。意匠も凝ってるし、宝珠の飾りも付いてるから綺麗だろう」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃないんです! こんなものに防御力があるわけないじゃないですか!」
「だがな、これが馬鹿にしたもんじゃねえんだよ。防御魔法がかけられるようになってて、肌の露出した部分もちゃんと守る。欲しいと言っていた魔法やブレスの防御力もあるぞ。二年に一回ぐらい魔法をかけ直してやる必要があるが、さっきのよりは確実に性能がいいから、試してみなよ」
「うう……」
ウィリアはその鎧を着てみた。
腕と足はいいとして、胴体につける部分は、地肌に直接着るようになっている。
パンツの部分は上下の幅があまりなく、お尻の筋が見えそうである。
上の方も同様で、胸の谷間が見えている。
それ以外の部分では、ウィリアの白い肌がはっきり見える。鍛錬を重ねた完璧なプロポーションがあらわになる。
彼女は恥ずかしさで真っ赤になっている。
主人はにたにたと笑いながら眺めている。ジェンは、呆けたような表情で、口をだらしなく開けながら目を奪われていた。
再度、闘技壇で立ち会いをする。ジェンが相手して、露出した部分も手加減をして打ってみる。
「どうだ。姉ちゃん」
「たしかに、防御力は十分あります。寒くもありません。性能としては良さそうです」
「じゃこれにするか」
「いや、でも、やっぱり納得できません。防御魔法を使うにしても、わざわざこんな形にする必要はないじゃないですか! 別なのにしてください!」
ジェンが声をかけた。
「でも、ウィリア、動きやすいんじゃないの……?」
「たいして動きやすくもないです! そもそもパンツが金属という時点でどうかしています!」
主人は腕を組んだ。
「そうか。やっぱりこれは嫌か」
「はい。別なのをお願いします」
ウィリアはもとの服に着替えた。
「もう……。どういう人が着るんですか。こんなの……」
主人が笑いながら言った。
「普通は着ないけどな。権力と財力があるパーティーリーダーが、部下の女戦士に着せて楽しんだりするな」
「そうでしょう!?」
主人は別の鎧を持ってきた。
古ぼけてはいるが、機能的そうだ。二の腕や太腿のあたりは金属ではなくて布で覆われている。
「前のと同じように、金属ではない部分は防御魔法で守るタイプだ」
「へえ……。よさそうな感じがします」
「だろう。これはすげえぞ。なんたって、女剣士フィルが着ていた鎧だ」
「え!? フィル様が!?」
「そうだ。布の部分は作り直してるが」
ジェンが聞いた。
「いくらなんですか」
「ちょっと予算は超えるが、一万二千でどうだ」
ウィリアは迷った。自分が持っている金額を超える。
ジェンが言った。
「だけど、フィルは最後にヤンガの軍隊に八つ裂きにされたんですよね。なぜ鎧が残ってるんですか」
「伝説がある。フィルは功績の褒美として、国王から最上級の鎧を拝領していた。だけど普段はそれを使わず、もともと持ってる鎧を着ていたそうだ。しかし最後の戦いのときは拝領した方を着ていったらしい」
「なぜ?」
「死ぬのがわかってたから、愛着のある鎧を残したかったって説があるな。単に防御力が上なので使ったという説もある。実際のところはわからねえな」
ウィリアは鎧をまじまじと見た。
「その、残した鎧がこれなんですか?」
主人はまた笑った。
「実を言うとよ、フィルの鎧は教会に飾られていたが、盗まれて、とある金持ちの所有になった。教会が返せと交渉している間にまた盗まれて、そのうち誰が持ってるとかあそこにあるとかごちゃごちゃになってな、本物かどうかわかんなくなってんだよ。
フィルの鎧と言われるのは、この街だけでも十ぐらいある。その一つがこれだ」
「要するに、本物でない可能性が高いということですね?」
「ぶっちゃけそうだ。だからな、偽物だったから金返せなんてのは無しだぜ」
「鑑定してくれるところはないのですか」
「教会の学芸員が見ればわかるかもしれないが……」
「見てもらったらいいのでは? 本物かもしれないのでしょう」
「だってよ、下手に鑑定して、本物だから返せと言われたら困るし……」
主人がこの鎧を入手した経緯も、公明正大なものではないようだ。
「まあ本物かどうかは保証できねえが、ものはいいし、時代もかなりある。試してみないか」
ウィリアは着てみた。そして自分を見てみた。
「……」
それは体に合った。
「ジェンさん、お願いします」
また立ち会ってみた。
ウィリアの動きを邪魔することが一切なかった。
ジェンに頼んで、弱い風魔法を当ててもらった。魔法防御力もそれなりにあることがわかった。
ジェンが訊ねる。
「どう?」
「いいような気がします。でも、値段が……」
「金なら俺も持ってる」
「仕入れに使うお金なのでは」
「多少なら使っても大丈夫だ。命に関わることだ。けちってはだめだ」
「すみません。お借りします」
ジェンが主人に交渉した。
「よさそうだけど、まからない?」
「うーむ。じゃあ五百だけまけてやる。それな、そろそろ魔力が切れそうなんだ。なるべく早く補充する必要がある。その分だ」
それはジェンができそうだ。
ウィリアとジェンが金を払うと、主人はそれを金庫にしまい、帳簿をつけた。ウィリアは小声で言った。
「これ、本物です」
「なんでわかる?」
「情熱を感じます。熱いものを。語りかけてくるような気がするんです」
「そうか」
主人が戻ってきた。
「ああ、忘れてた。お嬢ちゃんの着てた鎧、下取りしていいよな。元がいいから需要はある。百ギーン出すが」
「下取り……」
ウィリアは脱いだ鎧を物惜しそうに見た。力ない声で言った。
「はい……」
そのとき、ジェンが言った。
「ご主人、下取りはしなくていい。逆に百ギーン払うから、保管しててくれないか。あとで取りに来る」
「保管? まあ、いいけど、そんなに長いこと置けないぞ。あんたらが生きて帰ってくるかもわからないし。二年だな。二年経ったら売る。保管料も返さねえぞ。それでもいいなら持っててやる」
「それでいい。お願いする」
ウィリアの顔が明るくなった。
二人は防具屋を出た。
また広場に来た。銅像のフィルは、ウィリアと同じ形の鎧を着ていた。再び手を合わせた。
二人は街道の旅へ戻った。
ジェンが言った。
「二年もあれば、答が出ているだろう。黒水晶を倒して故郷に帰っているか、あるいは違う結果か」
「ですね」