表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/176

ドラウニーの街(1)

 ウィリアとジェンは一緒に旅をしている。

 ジェンは治癒師で、魔力を使う。魔力が足りなくなるとウィリアと手をつなぎながら一晩眠る。そうすると朝には回復している。

 しかし最近、悩みがあった。

 宿屋で一緒に寝る。眠りに入るときは体を並べ、手をつないだ状態である。

 だが朝起きると、無意識に抱き合っている。

 ここしばらくそうだ。冬の間は、寒いから無意識に抱き合うこともあるかと思った。しかし季節は暖かくなってきている。

 魔力の回復には問題がないが、目が覚めたとき気まずい。

 その朝も二人は抱き合った状態で目を覚ました。

「あっ……。おはよう」

「あ……ジェンさん、おはようございます」

 あわてて体を離す。

 そのような朝はちょっと微妙な空気が流れる。

 しかし微妙な空気ではあるものの、不快かというとそうでもないので、二人ともそのままにしていた。




 朝食後、ウィリアは外で剣の素振りをしていた。ジェンは荷物をまとめて、チェックアウトの用意をしていた。

 ジェンの持つ大剣は小型化してポケットに入っている。大剣には精霊が封じられている。精霊がジェンに語りかけた。

〈ジェンよ〉

「あ、精霊さま、なんですか?」

〈ウィリアと手を握って寝ることで魔力回復をしているが、おまえはそれでいいのか〉

「いいのかって?」

〈人間の男女は、一緒に寝たらたいてい交わるものじゃないのか〉

「いいんですよ。以前は性交によって魔力回復をしていましたが、俺と彼女は夫婦ではありません。夫婦でない交わりはよくないというのが彼女の考えで」

〈しかしおまえだって男だろうが。無理せず抱けばよいのではないか〉

「いいんですってば。俺は彼女を、性欲の対象にしたくはないのです。彼女はとてつもない苦しみを経験してきました。これ以上つらい目に遭わせたくはありません。俺のいまの願いは、彼女の願いを実現させたいということだけです」

〈おまえな、殊勝なことを言っているがな、トイレで自慰オナニーしてるときちょくちょく『ウィリア……! ウィリア……!』とつぶやいているではないか。知っておるぞ〉

 ジェンは真っ赤になって、あわててポケットを押さえた。

「あ、あの、精霊さま、彼女には言わないで……」

〈言わんよ。人間の営みを笑いものにする趣味はないわい。ただ、面倒なやつらだと思ってな〉

「は、はい。我々が面倒だというのは、ご指摘のとおり……。どうか、見守って……」




 ウィリアとジェンは街道の旅に戻った。目的地は北部のコルナの街。魔道士ランファリの行方を捜している。

 ウィリアにはもう一つ悩みがあった。

 先日、ユージオの街で、黒水晶配下の真魔プローディと戦った。強力な魔道士だった。特に呪いが強力で、剣の精霊さまが防いでくれなければ敗れていただろう。

 戦いの中で、ウィリアの鎧に脆化ぜいかの呪いがかけられた。

 鎧をもろくする術だった。肩の部分が割れて、鎧の下の服が見えている。

 本来はかなり丈夫な材質だったのだが、全体的に弱くなっている。爪を立てても傷がつくくらいだ。

 ジェンが治癒魔法で回復を試みたが、呪いは強力で元に戻すことはできなかった。

 剣が折れたときと同様に、ウィリアは非常に落ち込んでいた。

「ウィリア、愛着があるのはわかってるが、やはりその鎧はあきらめて新しくするべきでは」

「……ですよね……」

 これからも激しい戦いがあるはずだ。鎧が弱くては命に関わる。

「ですけど……。同じくらい防御力があるものは、たぶん買えないし……。これ、魔法防御力もある程度ついてたんですよ。それも考えると、だいぶ落ちてしまいますね……。そもそも、合うのがあるかどうか……」

「うむ……」

 鎧というのは、理想を言えば採寸して作るべきものだ。既製品もあるがどうしても劣る。まして女性用の鎧で本格的なものは選択肢が少ない。

 とはいえ作っていては何ヶ月もかかる。そんな時間の余裕はない。

「とにかく探してみよう。次はドラウニーの街だ。武で名高い街だから、鎧もあるかもしれない」

「ドラウニーの街……」

 ウィリアの目が輝いた。




 近づくにつれて、ウィリアの様子が違ってきた。歩きが微妙に早くなる。

 街を眺められる所に来た。ドラウニーの街は、それほど大きくないが、立派な市壁で囲われている。遠くに一望できる。

 ウィリアは立ち止まって眺めた。

「ずっと来たかったんです」

 夢見るような口調で言った。

「ドラウニーの街……。ああ、そうか。女剣士フィルの街だったね」

 ウィリアは頷いた。

 史上最強の女剣士、フィルの伝説で知られる街。

 街の中に入ると広場がある。

 中央に銅像が立っている。

 長い髪をなびかせた女剣士の像。

 像の眼光は鋭い。

 ウィリアは像の前で、感極まったように立ち尽くした。

「わたしがもっとも尊敬する人、女剣士フィル……」

「女剣士に留まらず、史上最強の剣士の一人と言われる人だね」

 像の下には、フィルの略歴が書いていた。




 三百年ほど昔のこと。彼女は早くに両親を亡くした。幼い弟を連れて、生きるため剣士となった。すぐに才能を開花させ、女ながらとてつもなく強い剣士がいると畏れられた。

 悪人を倒したり、魔物を倒したりと数々の勇名をとどろかせた。その剣には誰も勝てず、鬼神フィルとのあだ名で呼ばれた。

 やがて王国にも認められるようになる。当時は隣のヤンガ国との戦争があった。各地の戦場に赴き、多くの戦果をあげた。

 その働きに対し、王国は地位をもって応えようとしたが、彼女は固辞した。自分は戦う以外に能がない。地位などあっても意味がないと。

 幼かった弟もたくましく成長し、やがてこの街の戦士長になった。

 彼女の最期は悲惨であった。

 ヤンガ国の精鋭部隊千人が、近くの基地を襲撃するとの情報が入った。戦士長であった弟が部隊を率いて出動しようとした。姉のフィルにも同行を頼んだが、なぜか彼女はそれを拒んだ。

 弟が出発すると、その情報は陽動で、精鋭部隊は直接この街に襲いかかってきた。街には十分な戦力がない。落とされそうになったとき、守ったのがフィルだった。

 味方がほとんどいない中、彼女は孤軍奮闘した。千人いたヤンガの精鋭部隊のうち、九百人を斬り倒した。

 しかしそこで力尽きた。彼女に恨み骨髄であるヤンガの兵は、その体を八つ裂きにした。

 そのとき、事態に気づいた弟の部隊が戻ってきた。ヤンガの兵を倒すと、姉の遺体を探した。

 肉体のほとんどは損壊されて、わずかに頭部の半分だけが見つかった。

 弟はそれを丁重に葬り、教会を建てた。銅像の後にあるフィル教会である。




 ウィリアとジェンは教会に入り、フィルの墓に手を合わせた。

「最後まで強く気高かった、あなたのように生きたいと思います」

 ウィリアはしばらく目をつぶって祈っていた。

 教会の中にはゆかりの品物が展示されていて、ちょっとした記念館のようになっていた。

 観光客も多かったが、この街の人々も彼女のことを忘れていないようで、花束が数多く寄贈されていた。

「千人の軍隊に立ち向かった勇気は、今も言い伝えられてるのですね」

 ジェンが言った。

「ただ、伝説では千人の軍隊となっているけどね、ヤンガ国の歴史資料を調査した論文では、七百人程度だったということで……」

「そんなことはどうでもいいんです」

 ウィリアはジェンを睨みつけた。

「フィル様に恥ずかしくないように、努力しなければなりません。宿を取ったら魔物狩りに行こうと思います」




 街の近くにある森へ行く。

 そこそこ強い魔物が出て、街の戦士の練習場にもなっているという。

 角のあるウサギが藪から出てきた。

 ウィリアがすかさず斬る。

 魔物化したタカが上空から襲ってくる。

 魔法剣を放つ。死体が落ちてきた。

「おみごと」

 ジェンが拍手をする。魔物狩りに付き合おうと付いてきたが、ウィリアがすぐに斬ってしまうのであまり出番がない。

 そこそこ強いとは言っても、ウィリアのレベルでは練習にならない。

「たいしたの、いないですね」

「狩り尽くされたのかな。もう少し奥にいってみよう」




 森の奥に進んでみる。道が細くなって、あまり人が入らない領域のようだ。

「……あ」

 魔素を感じる。

 魔物の雰囲気だ。なにかいる。

 ジェンも注意して周囲を見回す。

 注意しながら、ウィリアが進んだ。

 とつぜん、足元から飛び立つものがあった。派手な体色の鳥。キジだ。しかし体は大きく、頭から禍々しい角が生えている。魔物化したキジだ。

「あ……びっくりした」

 ウィリアはとっさに距離を取り、剣を構えた。

 魔化したキジと向き合う。

「ケーン!」

 キジは一声鳴いた。

「うっ!」

 声のエネルギーがウィリアを襲い、鎧の胸の部分を砕いた。

「ケーン!」

 再度鳴く。またウィリアの胸を狙ってくる。

 とっさによけたが、衝撃が走った。鎧の壊れた部分に衝撃が当たり、服の一部が破れた。血が出ていた。

 キジがまた鳴こうとした。

「魔法剣!」

 ウィリアがとっさに魔法剣を放つ。キジに当たった。体を二つに斬り、倒した。

「……」

 ウィリアは壊れた部分を見た。

 ジェンが治癒魔法を使ってキズを治し、さらに鎧と服の壊れた部分を治した。だが治しても、脆いのはそのままだ。

 ウィリアが顔を落とした。

「やっぱり、鎧は新しくしなければいけませんね……」

「明日、街で探してみよう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ