ドラウニーの街(1)
ウィリアとジェンは一緒に旅をしている。
ジェンは治癒師で、魔力を使う。魔力が足りなくなるとウィリアと手をつなぎながら一晩眠る。そうすると朝には回復している。
しかし最近、悩みがあった。
宿屋で一緒に寝る。眠りに入るときは体を並べ、手をつないだ状態である。
だが朝起きると、無意識に抱き合っている。
ここしばらくそうだ。冬の間は、寒いから無意識に抱き合うこともあるかと思った。しかし季節は暖かくなってきている。
魔力の回復には問題がないが、目が覚めたとき気まずい。
その朝も二人は抱き合った状態で目を覚ました。
「あっ……。おはよう」
「あ……ジェンさん、おはようございます」
あわてて体を離す。
そのような朝はちょっと微妙な空気が流れる。
しかし微妙な空気ではあるものの、不快かというとそうでもないので、二人ともそのままにしていた。
朝食後、ウィリアは外で剣の素振りをしていた。ジェンは荷物をまとめて、チェックアウトの用意をしていた。
ジェンの持つ大剣は小型化してポケットに入っている。大剣には精霊が封じられている。精霊がジェンに語りかけた。
〈ジェンよ〉
「あ、精霊さま、なんですか?」
〈ウィリアと手を握って寝ることで魔力回復をしているが、おまえはそれでいいのか〉
「いいのかって?」
〈人間の男女は、一緒に寝たらたいてい交わるものじゃないのか〉
「いいんですよ。以前は性交によって魔力回復をしていましたが、俺と彼女は夫婦ではありません。夫婦でない交わりはよくないというのが彼女の考えで」
〈しかしおまえだって男だろうが。無理せず抱けばよいのではないか〉
「いいんですってば。俺は彼女を、性欲の対象にしたくはないのです。彼女はとてつもない苦しみを経験してきました。これ以上つらい目に遭わせたくはありません。俺のいまの願いは、彼女の願いを実現させたいということだけです」
〈おまえな、殊勝なことを言っているがな、トイレで自慰してるときちょくちょく『ウィリア……! ウィリア……!』とつぶやいているではないか。知っておるぞ〉
ジェンは真っ赤になって、あわててポケットを押さえた。
「あ、あの、精霊さま、彼女には言わないで……」
〈言わんよ。人間の営みを笑いものにする趣味はないわい。ただ、面倒なやつらだと思ってな〉
「は、はい。我々が面倒だというのは、ご指摘のとおり……。どうか、見守って……」
ウィリアとジェンは街道の旅に戻った。目的地は北部のコルナの街。魔道士ランファリの行方を捜している。
ウィリアにはもう一つ悩みがあった。
先日、ユージオの街で、黒水晶配下の真魔プローディと戦った。強力な魔道士だった。特に呪いが強力で、剣の精霊さまが防いでくれなければ敗れていただろう。
戦いの中で、ウィリアの鎧に脆化の呪いがかけられた。
鎧を脆くする術だった。肩の部分が割れて、鎧の下の服が見えている。
本来はかなり丈夫な材質だったのだが、全体的に弱くなっている。爪を立てても傷がつくくらいだ。
ジェンが治癒魔法で回復を試みたが、呪いは強力で元に戻すことはできなかった。
剣が折れたときと同様に、ウィリアは非常に落ち込んでいた。
「ウィリア、愛着があるのはわかってるが、やはりその鎧はあきらめて新しくするべきでは」
「……ですよね……」
これからも激しい戦いがあるはずだ。鎧が弱くては命に関わる。
「ですけど……。同じくらい防御力があるものは、たぶん買えないし……。これ、魔法防御力もある程度ついてたんですよ。それも考えると、だいぶ落ちてしまいますね……。そもそも、合うのがあるかどうか……」
「うむ……」
鎧というのは、理想を言えば採寸して作るべきものだ。既製品もあるがどうしても劣る。まして女性用の鎧で本格的なものは選択肢が少ない。
とはいえ作っていては何ヶ月もかかる。そんな時間の余裕はない。
「とにかく探してみよう。次はドラウニーの街だ。武で名高い街だから、鎧もあるかもしれない」
「ドラウニーの街……」
ウィリアの目が輝いた。
近づくにつれて、ウィリアの様子が違ってきた。歩きが微妙に早くなる。
街を眺められる所に来た。ドラウニーの街は、それほど大きくないが、立派な市壁で囲われている。遠くに一望できる。
ウィリアは立ち止まって眺めた。
「ずっと来たかったんです」
夢見るような口調で言った。
「ドラウニーの街……。ああ、そうか。女剣士フィルの街だったね」
ウィリアは頷いた。
史上最強の女剣士、フィルの伝説で知られる街。
街の中に入ると広場がある。
中央に銅像が立っている。
長い髪をなびかせた女剣士の像。
像の眼光は鋭い。
ウィリアは像の前で、感極まったように立ち尽くした。
「わたしがもっとも尊敬する人、女剣士フィル……」
「女剣士に留まらず、史上最強の剣士の一人と言われる人だね」
像の下には、フィルの略歴が書いていた。
三百年ほど昔のこと。彼女は早くに両親を亡くした。幼い弟を連れて、生きるため剣士となった。すぐに才能を開花させ、女ながらとてつもなく強い剣士がいると畏れられた。
悪人を倒したり、魔物を倒したりと数々の勇名をとどろかせた。その剣には誰も勝てず、鬼神フィルとのあだ名で呼ばれた。
やがて王国にも認められるようになる。当時は隣のヤンガ国との戦争があった。各地の戦場に赴き、多くの戦果をあげた。
その働きに対し、王国は地位をもって応えようとしたが、彼女は固辞した。自分は戦う以外に能がない。地位などあっても意味がないと。
幼かった弟もたくましく成長し、やがてこの街の戦士長になった。
彼女の最期は悲惨であった。
ヤンガ国の精鋭部隊千人が、近くの基地を襲撃するとの情報が入った。戦士長であった弟が部隊を率いて出動しようとした。姉のフィルにも同行を頼んだが、なぜか彼女はそれを拒んだ。
弟が出発すると、その情報は陽動で、精鋭部隊は直接この街に襲いかかってきた。街には十分な戦力がない。落とされそうになったとき、守ったのがフィルだった。
味方がほとんどいない中、彼女は孤軍奮闘した。千人いたヤンガの精鋭部隊のうち、九百人を斬り倒した。
しかしそこで力尽きた。彼女に恨み骨髄であるヤンガの兵は、その体を八つ裂きにした。
そのとき、事態に気づいた弟の部隊が戻ってきた。ヤンガの兵を倒すと、姉の遺体を探した。
肉体のほとんどは損壊されて、わずかに頭部の半分だけが見つかった。
弟はそれを丁重に葬り、教会を建てた。銅像の後にあるフィル教会である。
ウィリアとジェンは教会に入り、フィルの墓に手を合わせた。
「最後まで強く気高かった、あなたのように生きたいと思います」
ウィリアはしばらく目をつぶって祈っていた。
教会の中にはゆかりの品物が展示されていて、ちょっとした記念館のようになっていた。
観光客も多かったが、この街の人々も彼女のことを忘れていないようで、花束が数多く寄贈されていた。
「千人の軍隊に立ち向かった勇気は、今も言い伝えられてるのですね」
ジェンが言った。
「ただ、伝説では千人の軍隊となっているけどね、ヤンガ国の歴史資料を調査した論文では、七百人程度だったということで……」
「そんなことはどうでもいいんです」
ウィリアはジェンを睨みつけた。
「フィル様に恥ずかしくないように、努力しなければなりません。宿を取ったら魔物狩りに行こうと思います」
街の近くにある森へ行く。
そこそこ強い魔物が出て、街の戦士の練習場にもなっているという。
角のあるウサギが藪から出てきた。
ウィリアがすかさず斬る。
魔物化したタカが上空から襲ってくる。
魔法剣を放つ。死体が落ちてきた。
「おみごと」
ジェンが拍手をする。魔物狩りに付き合おうと付いてきたが、ウィリアがすぐに斬ってしまうのであまり出番がない。
そこそこ強いとは言っても、ウィリアのレベルでは練習にならない。
「たいしたの、いないですね」
「狩り尽くされたのかな。もう少し奥にいってみよう」
森の奥に進んでみる。道が細くなって、あまり人が入らない領域のようだ。
「……あ」
魔素を感じる。
魔物の雰囲気だ。なにかいる。
ジェンも注意して周囲を見回す。
注意しながら、ウィリアが進んだ。
とつぜん、足元から飛び立つものがあった。派手な体色の鳥。キジだ。しかし体は大きく、頭から禍々しい角が生えている。魔物化したキジだ。
「あ……びっくりした」
ウィリアはとっさに距離を取り、剣を構えた。
魔化したキジと向き合う。
「ケーン!」
キジは一声鳴いた。
「うっ!」
声のエネルギーがウィリアを襲い、鎧の胸の部分を砕いた。
「ケーン!」
再度鳴く。またウィリアの胸を狙ってくる。
とっさによけたが、衝撃が走った。鎧の壊れた部分に衝撃が当たり、服の一部が破れた。血が出ていた。
キジがまた鳴こうとした。
「魔法剣!」
ウィリアがとっさに魔法剣を放つ。キジに当たった。体を二つに斬り、倒した。
「……」
ウィリアは壊れた部分を見た。
ジェンが治癒魔法を使ってキズを治し、さらに鎧と服の壊れた部分を治した。だが治しても、脆いのはそのままだ。
ウィリアが顔を落とした。
「やっぱり、鎧は新しくしなければいけませんね……」
「明日、街で探してみよう」