ユージオの街(4)
ウィリアとジェン、そして、ランファリ医院の助手ダオンは、街中を走った。毒と呪いにやられる可能性があるので、事前にそれ用の防御魔法をジェンがかけた。
怪しい者がないか、呪いをかけている者がいないか。そして、昨晩すれちがった男がいなかったか。
手分けをして路地から路地へ走った。
ジェンが思いついた。
「あ、そうだ! 剣の精霊さま、呪いを発している者はわかりませんか?」
ポケットの中に入れている、小型化した大剣の精霊に聞いてみた。
〈うむ……。あちらも警戒はしているようで、呪いの発信場所はわからんな……。呪力の濃い薄いぐらいはわかるので、近くなったら教えてやる〉
ウィリアも街中を走った。皮膚感覚で怪しそうな場所を探すが、収穫はない。
行き止まりの小路。魔素の匂いがした。
「おそらく呪者はここに来た……。町中を歩き回ってる。早くとりおさえないと……」
助手ダオンも街を走ったが、それらしき者は見つけられなかった。
探している間中、昨夜すれちがった男のことを考えていた。
「そんなことはあり得ないと思ったが……。やはり、あの男は、ファガールの魔法大臣プローティ。あの射貫くような眼、忘れられない……。まさか、皇太子を暗殺した毒も奴が……。奴は王家の忠実な臣下で、和平派だったはず。なぜ……」
いろんな考えが頭の中を巡った。
街を走っても、見つからない。
一周してきた。ランファリ医院の前に戻った。
「仕方ない。素人が探すのは無理だ。あの二人にまかせよう……」
医院に戻ろうと思った。
足が止まった。
医院の前に、誰かがいる。
魔法使い風のローブを着て、医院の方を向いている。手には籐の籠を持っている。
背後から見える頭部は禿げ上がっている。
まちがいない。昨夜すれ違った男だ。
ダオンは声をかけてみた。
「ご老人……」
男は、振り返りもせずに返事をした。
「なんですかな」
「こんな所で、何をしてますか?」
「道を歩いてただけですよ。疲れたので、休んでるだけです」
「あなた……。昨夜も道を歩いていたでしょう。すれ違いましたよね」
「そうですかな」
「あなたの顔を見たことがあります。僕はファガールにいました。ファガールの魔法大臣、プローティ……。あなたではありませんか?」
「妙なことをおっしゃいますな。滅んだ国にいた老人が、何十年も後に生きているわけがないではありませんか」
「そう思いました。しかし、あなたの眼、鼻……。忘れられません。子供心に、強烈な印象でした。あなたは毒と呪いの専門家でした。今、ここで、何をしているのですか」
「ふん」
男は振り向きざま、手から黒い波動をダオンにぶつけてきた。
「……油断はできんもんだな。この顔、覚えてる者がいたとは……」
男は、道に倒れたダオンの体を見た。
起き上がってきた。
「う、ぐぐ……」
「死ななかったか? そうか。呪い防御ぐらいはしていたか。ならば、消し炭にしてやる」
「……」
男はダオンに再度手を伸ばした。
炎が放たれた。
「……!」
ダオンは顔を背けた。
死ななかった。
振り返ってみた。
ダオンと男の間に、医師ランファリがいる。
魔法防壁を張って、炎魔法を防いでいた。
「先生……!」
「ダオ! 逃げろ!」
男は手から波動を放った。
医師ランファリは、魔法防壁ごと吹き飛ばされた。
「うう……!」
「先生!」
男は哀れむように言った。
「なんだおまえは? 治癒師のできそこないか? そんな紙みたいな防壁でどうするつもりなんだ」
そしてまた、手を医師ランファリとダオンの方に向けた。
ダオンはとっさに、倒れているランファリを守るように、体をその前に置いた。
「バカ! 逃げろ!」
「……」
炎が放たれた。
炎は弾かれた。
「!」
銀色の鎧を着た女剣士が、霊気防御で炎魔法を防いでいた。
「この辺にはうるさいのが多いな……」
男はまた炎を放った。さらに強力な炎だったが、女剣士の防御はそれを防いだ。
女剣士と男は、間隔を取って向き合った。
女剣士は赤く光る剣を構え、睨んでいた。
とつぜん横から、男に風の刃が飛んできた。男はとっさに防壁で防いだ。
旅人服の男が現れた。彼は女剣士の横に立ち、男と対峙した。
「……女剣士と治癒師……。その躑躅の文様……。そうか。きさまら、ウィリア・フォルティスと、シシアス・ジェンか……」
ウィリアは男を睨んだ。
「あなたは、黒水晶の手下ですね?」
「まあ、そうだと言っておこう。きさまらは、魔王様のお子さまを殺した大罪人だな。それに、ジーマ村も潰したな。せっかくうまくいっていたものを……」
ジーマ村の村人は、魔道士の毒薬によって全滅した。その死体を依代として、真魔たちが生活していたのだ。
「! ではあなたは、人間を依代にするために毒を撒いた……!」
「ちょうどいい。きさまらの首、手土産にする……」
手から波動を出してきた。大きな衝撃だ。
だが二人は防壁を張って耐える。
さらに強い波動を出す。
防壁は破れない。
ウィリアが跳んだ。
剣を振るう。
男の首を、斬った。
「やった!」
しかし、男はそれでも立っていた。ウィリアが斬った頭部は、地面に落ちる直前に浮き上がって、首につながった。
「そうか……! この男、真魔……!」
以前戦った銀狼も、首を落とされてもまたつながった。魔界から来た者、真魔には、非常に強力な再生力がある。
斬るためには魔法剣でなくてはいけない。
「魔法剣!」
ウィリアが炎の魔法剣を放った。
威力が男に向かう。
しかし、男は高速で横に移動した。
「!」
背後を取られた。灼熱の魔法が放たれる。ウィリアの体が焼けただれた。
「ウィリア!」
すかさずジェンが蘇生魔法を使う。ウィリアは復活した。
男はジェンに向かう。
高速化の術を使っている。ジェンは鏡心の術を使った。相手と同様の状態になることができる。
高速化すれば、ジェンの方が速い。生き返ったウィリアも高速化した。
男が眉をひそめた。
「こいつら、高速化まで……。ええい。鬱陶しい……」
男はまた炎を放ってきた。さらに氷魔法も放ってきた。
しかし、ウィリアとジェンは用心して、体全体を防御している。ダメージを受けない。
今度は念動力の魔法で、叩き潰そうとしてきた。
見えない手がウィリアの体を叩く。
吹き飛ばされた。
「ウィリア!」ジェンが叫ぶ。
すかさず起き上がった。
「平気です。鎧があれば、これくらいなんともありません!」
男は口の中でなにやらつぶやいた。
「〈脆化〉」
その瞬間、ウィリアに、奇妙な感覚があった。
「……!?」
男はまた念動力を繰り出してきた。
ウィリアにぶつける。
体が跳ね飛ばされた。
今度はさっきと違っていた。さっきは鎧が体を守った。今度は、鎧の肩の部分が陶器のように割れて、直接ダメージを受けた。
「ううっ!」
おもわずうめき声を出した。
「ウィリア!」
男はにやりと笑っていた。
「あれは、鎧に対する呪い。しまった。鎧にまで呪い除けはしてなかった……!」
男はジェンの方に向き直った。
口の中でなにかを唱える。波動がジェンに向かった。それは防壁をも突破した。
「うっ!」
とてつもなく不快な気分。
「しまった……。強力な呪い……」
ジェンは動けなくなった。
ウィリアもよろよろとしている。
男はジェンにかけている呪いに、さらに力を入れた。
「ああ……」
気が遠くなりかける。
そのとき、ジェンのポケットが光った。
小さな大剣が現れた。それはジェンの前に浮き上がり、大きくなった。そして呪いの波動を防いだ。
「精霊さま!」
〈呪いはせきとめてやる。早く、倒せ!〉
ウィリアが魔法剣を放った。
威力が男に向かう。
だが男は、黒い円を作り出した。
黒水晶が作り出したものと同じだった。黒い円は空間の穴。魔法剣の威力を吸い込んだ。
ウィリアはもう一度魔法剣を放つ。
威力はまた黒い穴に吸い込まれた。
ウィリアはジェンの横に立った。
「ウィリア……。魔法剣は吸われてしまう。どうすれば……」
「あの男の使う技は黒水晶と同じです。ですが、黒い穴を作り出すのに、わずかに時間がかかっています。二人で高速に攻撃すれば!」
「わかった!」
ウィリアは剣を構えた。ジェンも大剣を構え、力を込めた。
二人で魔法剣を放つ。
男は黒い穴で威力を吸い取るが、黒水晶のように瞬間的に作り出せるわけではなく、一拍遅れていた。
二人は矢継ぎ早に魔法剣を繰り出した。
男は必死で黒い穴を作り出し、防戦した。
ついに男の防御がまにあわず、右腕を斬り落とした。
「ううっ!」
苦悶の表情を浮かべる。
「とどめ!」
ウィリアとジェンが次の攻撃をしかけた。
しかし男は左手から爆発的な波動を繰り出した。二人の体勢を崩した。
「きゃっ!」
男は一回り大きい黒い穴を作り出した。左手で落ちた右手を拾うと、二人を睨んで黒い穴に入っていった。
すぐ後に、黒い穴は消滅した。
二人はかけよったが、もう何もない。
近くに籐の籠があった。横になって、入っていたものが転がり出ていた。香炉だった。
「毒の香炉だ」
ジェンが毒成分を分解した。
後を振り返る。
ダオンと医師ランファリが倒れていた。医師を守るようにダオンが覆い被さっている。かなりダメージを受けているようだ。
ジェンが治癒魔法をかけた。
「はあ……。あっ……。助かったのですか……」
「おお、お前さんたちが倒してくれたか……。あいつが呪いの元凶か。変な気配を感じて出てみたら、こいつが危なくてよ……」
「先生だって危なかったじゃないですか。年寄りが無理するから」
「若い奴が格好つけてんじゃねえよ」
ジェンが割って入った。
「まあまあ。それより、呪いの元が遠くへ行ったので、患者たちの毒を消せると思います」
「そうだ。早いとこ治してやらないと」
ジェンも協力して、病院にいた人々は治療された。呪いがなくなれば毒自体は分解可能で、紫だった全身も、徐々に正常な色に戻っていった。
一息ついた頃には朝になっていた。
医師ランファリは、窓の朝日を見ながら言った。
「疲れたな……。朝メシにするか」
「ごはん炊いてませんよ」
「昨日炊いたのがあるだろう。あれお茶漬けにして食べよう」
米を炊いたのにお湯をかけて、漬物で食べるという食事だった。ウィリアとジェンも一緒に食べた。
食べながらランファリ老人が言った。
「ダオ、考えてたんだけどよ」
「なんですか」
「おまえ、俺の養子になれ」
「え」
「そうすれば市民権も得られる。おまえなら医師試験も通るだろう。ここ閉めるわけにいかねえからさ、病院を継いでくれよ」
ウィリアとジェンはダオンの顔を見た。難しい顔をしながら、横を向いて言った。
「しょうがないですね。養子になってあげますよ」
ウィリアとジェンは、病院の二人に別れを告げ、街道の旅に戻った。
「強敵でしたね……」
「ああ……」
二人とも疲れ切っていた。
ジェンのポケットに入っている剣の精霊も語り出した。
〈いや、まったくだ〉
「あ、精霊さま」
〈やつの呪いを防いだが、もしずっとあの力をかけられていたら、防ぎ切れなかったかもしれん。あやつ、この地上にいるたいていの神よりも力がある〉
「そこまでですか……」
黒水晶だけではなく、その配下もかなりのものらしい。
〈なんにせよ力を使った。ウィリアよ。そなたが持っててくれんか。力を回復させる能力はこの男よりそなたの方が強い〉
「はい。いいですよ」
〈肌の近くだと回復が早いな〉
「では、こうしましょう」
ウィリアは小さくなった大剣の鍔にひもを結んで、ペンダントのようにした。首からかけて、胸当ての下にはさんだ。
ジェンは大剣が気になるのか、ウィリアの胸のあたりをちらちらと見て、しばらく落ち着かない様子だった。