ユージオの街(3)
翌日、ウィリアとジェンは、魔道士ランファリの知り合いに会いに行った。
三人ほどいて、皆八十過ぎの老人であった。予想はしていたが、子供の頃の思い出は語っても、居場所に関する情報はまったく得られなかった。
「ランファリね。憶えとるよ。小学校ではわりと成績はよかったな。だけどわしの方がよかったな。わしはもの覚えがよかったからな」
「そうですか。なにか、行った場所などのエピソードはありませんか?」
「学校の遠足に行ったこともあるが、どれも近所だな。あいつはあんまり出かけるのが好きじゃなくてな。本ばかり読んで、勉強して魔法使いになるんだと言ってた。だからわりと成績はよかったな。だけどわしの方がよかったな。わしはもの覚えがよかったからな」
「そうですか。どこに行ってみたいとか聞きませんでしたか?」
「王都の魔法学園に行くつもりとは聞いた。勉強して魔法使いになるんだと言ってた。だからわりと成績はよかったな。だけどわしの方がよかったな。わしはもの覚えがよかったからな」
「それ以外には、なにか言ってませんでしたか?」
「あいつは両親が魔法使いでな。勉強して魔法使いになるんだと言ってた。だからわりと成績はよかったな。だけどわしの方がよかったな。わしはもの覚えがよかったからな」
収穫がないわりにひどく疲労して、夕方には宿に戻った。
ユージオの街は王領。街の東側は官庁や商店が並んでいて賑やかである。一方、西側は住宅街になっていて、一部は豊かではない人々が住んでいる。
日の暮れた道を、男が歩いていた。
魔法使い風のローブを着ている。頭は禿げ上がって、人を射貫くような眼をしている。鼻が特徴的に大きい。
手には籐の籠を持っている。
もしその籠に鼻を近づける人がいれば、異様な匂いに気づいただろう。しかしすれ違うだけでは、気づく人はいなかった。
男は道を歩いて、住宅街を通り抜けた。
夜も更けて、人々が眠りにつく時刻。
住宅街にあるランファリ医院も、扉を閉めて静かになる頃、だった。
医院には急患が運び込まれてきた。それも何十人も。医院のベッドはすぐに埋まり、床や廊下に寝せられた。
「助けて……」
「く……苦しい」
老若男女、多くの人が運ばれている。
その体には青い痣が表れている。それはだんだん広がり、体中が青紫になってきている。
医師ランファリは治療を試みた。しかし、効く薬はなかった。
「ええい。この薬もだめか。なんなんだこの症状は。聞いたことがない」
助手のダオンも必死に治療を試したが、どうしようもない。
運び込まれた患者の中には、昨夜、盲目を治したアレアもいた。肌に青痣が広がってきていた。
「アレアさん、どうですか。よくなりませんか」
「はあ……。はあ……。だめです。ダオンさん、苦しい……」
しかし治療法がわからない。
ダオンは途方に暮れ、医者に声をかけた。
「先生、どうしたら……」
医師ランファリは考え込んで、言った。
「ダオ、昨夜のあの二人を呼んでこい」
「え?」
「これはただの病気や毒じゃない。呪いが入っている。治癒師のあの兄ちゃんに診てもらうんだ」
「わかりました」
ウィリアとジェンは翌日街を離れるつもりで、地図を見ながら予定を立てていた。
「この道がよさそうですね」
すると、部屋の扉を叩く音がした。
「はい? 何でしょう」
宿の従業員がいた。
「あの、お二人に会いたいという方がいらして。なんでも緊急の話だって」
「緊急?」
受付に行くと、ダオン氏がいた。
「おや、ダオンさん、どうしました?」
「すみません。大変なことになってるんです。診てもらえないでしょうか。おねがいします」
ジェンとウィリアは病院に走った。
多数の患者がいた。床に何人も寝かされている。全員が荒い息をしていて、肌に青痣が広がっていた。
「これは……!?」
「……」
ウィリアもジェンもとまどった。
とりあえずランファリ医師に訊ねた。
「これは……どういうことなんですか?」
「わからねえ。だが、医術ではどうにもできねえ。たぶん呪いだ。悪いが、呪いを解いてもらえないか?」
「わかりました」
ジェンはとりあえず、目の前のベッドに寝ている患者に手を当て、治癒魔法を注ぎ込んだ。
「……」
治すことはできなかった。
「すみません。治せません。かなり強力な呪いと毒です。呪いの元を絶たなければ……」
「呪いの元って、魔法使いかなんかか? そいつを倒せば治療できるのか?」
「おそらくは。ですが、誰が呪っているのかわからないことには……」
「呪いの元……」
ダオンが考える表情になった。
「心当たりがあります」
「え?」
「ジェンさん、昨夜、すれ違った魔法使いがいたでしょう。あの顔には見覚えがあります」
「それは?」
「ファガールの魔法大臣です。ファガールは魔法関係の人材がほとんどいませんでした。外国人を雇うことが多かったのですが、僕が子供の頃に魔法大臣だったプローディ……。昨夜すれ違った男とそっくりです。毒物や呪いにも詳しく、皇太子戦争でもかなりの働きをしたということです。
ただ、当時でもかなりの老人でしたので、生きていたとしても百歳ぐらいだと思います。そんなことがあるわけないと思ったのですが……」
「ファガールの、魔法大臣……」
ウィリアが思いついた。
「あの……皇太子戦争のそもそものきっかけ……。皇太子ネス様が死んだ毒も、全身が青痣になるというものでしたよね。なにか関係が……」
「それはわかりません。だけど、あの男を捜すべきだと思います」
昨夜すれ違った男を多少なりとも覚えているのは、ダオンとジェンとウィリアだけである。
医師ランファリが言った。
「それ以外方法がないなら、頼む、おまえらで見つけてくれ」