ユージオの街(1)
女剣士ウィリアと治癒師ジェンが旅をしている。
ウィリアは黒水晶の剣士に父を殺され、自らは犯された。復讐のため、さらに奴の殺戮を終わらせるため、旅を続けている。
治癒師ジェンはウィリアと共に旅を続けている。
彼は剣士だった。不幸な事故が原因で剣を捨てて、治癒師の道を選んだ。だが、必要があって大剣を手にし、その後ふたたびそれを持っている。
大剣には精霊が宿っており、二人に危険を知らせてくれる。
二人の目的は北部の街。教えを請うようにと占われた、魔道士ランファリを探している。
二人は、街道のそばの空地で、剣を持って向かい合った。
「行きますよ」
ウィリアが言う。ジェンが大剣を構えながら頷く。
ウィリアが剣を握り、鋭く踏み込んでくる。
ジェンはその攻撃を大剣で受け止める。重い金属音がする。
ウィリアは息もつかせず、第二、第三の攻撃を繰り出す。ジェンは大剣の刃、側面、鍔を使ってどれも受け止めた。
ウィリアの手が止まった。今度はジェンが大剣を振る。
直撃すれば命に関わる打撃だが、ウィリアは体をかわす。
もう一度大きく振る。ウィリアは剣で受け止める。重い大剣だが、ウィリアはそれをしっかり受け止めた。
ジェンは剣術学園の闘技会で三回優勝した。彼の他には誰もいない。剣術学園最強の剣士だった。
しかし、魔物狩りで鍛えたウィリアの実力は、ジェンに引けを取るものではなかった。大剣相手に最初はとまどったが、何回か立ち会うと、十分に相手ができるようになった。
ジェンとウィリアの剣が、何度もぶつかった。二人とも本気の立ち会いだった。
ジェンが本気で大剣を振るえる相手は、過去に一人いた。剣術学園で出会って親友となった男。公子ライド。ジェンは彼を、闘技会の不幸な事故で死なせてしまった。
「……」
ジェンの動きが鈍った。
額に脂汗が流れた。
ウィリアもそれを察し、攻撃を収めて距離を取った。
親友を死なせてしまった記憶は、ジェンの心から消えることはなかった。剣を持つこと自体も恐ろしかったが、大剣を持った以上、それは克服するべきだった。
「ジェンさん、大丈夫ですか」
「大丈夫だ……。すまない。俺の弱さだ。まだ、時間がかかる……」
北へ向かう街道。途中のユージオの街に着いた。
「ここは王領なんですね。ジェンさん、来たことありますか」
「俺もここは初めてかな」
「そうですか。ところでジェンさん」
「ん?」
「最近、自分のことを『俺』って言いますね」
「え? あ、そういえばそうだね。意識してなかったけど」
「以前、女性や目上の人の前では『僕』って言うって言いましたよね。わたしも女性とは思われなくなったのですかね」
「そ、そんなことはない。君が女性ということは、よく知っている」
「そうですか。……あの、もしかして、変な意味で言ってます?」
「い、いや、けして変な意味ではなく……」
などとたわいない話をしながら街を歩く。
手頃な宿を見つけて落ち着いた。部屋を二つ取る。
「ジェンさん、近くに魔物の出る森があるようです。体をなまらせないため、狩ってこようと思います」
「ああ。俺は薬の販売と仕入れしている」
街近くの森で魔物狩りをする。
スライムとかがいる。それほど強くない。
森の中にはトゲトゲした葉の木が生えていた。奥に向かってみるが、そこも強いのはいなかった。
もう帰ろうと思い、手で枝を払いのけた。
「痛い!」
鋭い痛みがあった。払った枝を見てみる。特に棘などは見つからなかった。葉はトゲトゲしているが、刺さるほど鋭くはない。
「いたた……。なんだったのかな?」
ウィリアは手が痛くなりながら、宿に帰った。
宿の食堂で夕食を取る。痛いままだった。
「ジェンさん、森の中でなにかが刺さったらしくて、手が痛いんです。治していただけませんか?」
「ああ、見せて」
左手が腫れていた。
「どうしたんだろう。部屋で治すね」
夕食後ジェンの部屋で、ウィリアの左手に治癒魔法をかけた。痛みと腫れは治まった。
しかし、床につくとまた痛みがぶり返してきた。ずきずきする。
「ジェンさんに治してもらったのに、どうしたのかな?」
翌日、痛みで目が覚めた。
左手を見る。かなり腫れている。
剣を握る右手でなくてよかったが、このままでは活動に支障が出る。
朝食の時間、宿の食堂に行く。ジェンがいた。
「おはようウィリア。手はどうなった?」
「それが……」
腫れた手を見せる。
「うーん……」
ジェンも首をひねっている。
「食事終わったら、医者に行ってみよう」
「治癒魔法で直せないんですか?」
「治癒魔法も万能ではないんだ。原因がわからない場合、治せないことがあるし、悪化させる場合もある。たとえば、寄生虫症に生命力を注ぎ込んでしまうと、寄生虫の方に生命力が行ってしまって悪化するという失敗例があって」
「寄生虫ではないと思いますが……。そうですね。いくら術があってもわからないと治せないですよね」
ひとまず朝食を取り、宿の女将に近くの病院を訊ねた。
「病院? この近くなら、道のあっちの方にあるよ」
「なんという病院ですか」
「ランファリ医院って言ってね」
「ランファリ医院……。え!? ランファリ!?」
「そう」
「ランファリって、魔王を倒したパーティーの、魔道士ランファリ様ですか!?」
「そうなんだけど、本人じゃないの。この街はそのランファリ様の出身地なんだけどね、弟さんが医者やってんのよ」
「弟さん……。そうですか」
「いい医者なんだけどね、ちょっとガンコで偏屈だから、話し方には気をつけるようにね。それにだいぶヨボヨボになってるけどね」
ウィリアとジェンは教えられたランファリ医院に向かった。
ウィリアは興奮していた。
「もしかしたら、ランファリ様の居場所がわかるかも……」
しかしジェンは冷静だった。
「でもね、フレットの街の魔法使いギルドが、調べてもわからなかったと言っていた。親族に聞いてないはずがないから、それほど期待はできないんじゃないかな」
「うーん……。そうですね。とにかく聞いてはみます」
それほど大きくない建物だった。ビルの一階を医院にしているようだ。
待合には大人や子供数人がいた。みなラフな身なりをしていて、近所の人らしい。
しばらく待って、看護師に呼び入れられる。
「リリアさん、どうぞ」
診察室に入る。医者が座っていた。
かなりの老人だ。八十ぐらいだろうか。そういえば魔道士ランファリも八十代になっているはずなので、あまり年は違わないのだろう。
顔には深い皺が刻まれて、厚いメガネをかけていた。頭髪は後退して白い。同じく白い口ひげをたくわえている。
老いてはいるが、目つきは鋭かった。
「どうなさった」
ぶっきらぼうにウィリアに聞く。
「あの、手が腫れてしまって……」
「ふうん。ちょっと、見せてみろ」
医者はウィリアの手を取って、メガネの奥からじっと見た。
「……」
しわしわの手が震えている。大丈夫かな、という気になる。
医者は、傍らにいた若い男に向き直った。三十代ぐらい。細身だが精悍な顔つきをしている。
「おい、ダオ、ちょっと見てくれ」
「はい」
医者に代わって、若い男がウィリアの手を見た。
「どうなってる?」
「腫れてます」
「そうか」
なんだか不安になった。
若い男も椅子に座って、ウィリアに訊ねた。
「なにかしましたか?」
「昨日、近くの森に行ったのですが、トゲトゲの葉を払ったら急に痛くなって……。葉が刺さったような感じはしなかったのですが」
老いた医者が言った。
「ああ、じゃあ、あれだ。毒毛虫だ。細かい毛が刺さったんだろう。熱治療だ」
若い男がウィリアを招き入れ、処置室の方に連れて行った。
お湯を沸かす。洗面器に入れる。
「手を入れてください」
入れてみた。
「ちょ、ちょっと、熱いですよ!」
「この毒は熱に弱いのです。ヤケドしないぎりぎりの温度で温める必要が……あ、でもこれは熱すぎましたね。ちょっとだけうめますね。三十分ぐらい入れていてください」
腫れた手を熱いお湯に入れていたので辛かったが、ウィリアは三十分耐えきった。
お湯から出すと、手が真っ赤になっていた。本当に火傷寸前だ。
しかし、さっきまで感じていたズキズキする痛みは消えていた。毒は消えたようだ。
その間にも、老いた医者と若い男は何人かの治療を行っていた。医者は目が悪く、手も震えているようで、実際の治療は若い男が担当していた。
別な人の診察が終わったタイミングで、ウィリアは声をかけた。
「ありがとうございます。痛みが消えました」
「そりゃよかったな。治療費払って帰ってくれ」
「あのそれから、魔道士ランファリ様のことについてお話しいただきたいのですが……」
医者の眉間に皺が寄った。
「魔道士ランファリは兄貴だが……。よく聞かれるんだが、居場所は知らねえ。話すことは特にねえよ」
「そうですか。でも、どうしても会わなければならないのです。どうか知っていることだけでもお聞かせ願えないでしょうか。お礼はいたします」
「面倒だな。今は忙しい。病院が終わった夜に来てくれ」
ウィリアは夜に来る約束をし、治療費を払おうとした。窓口の女性が言う。
「五十ギーンいただきます」
かなり高い。ちょっと驚いたが、払った。
「あれ、払うの?」
「治療費ですからお支払いしますが……?」
「このへんの人たちはみんな貧乏でね。いちおう請求はするけど、払えない人は二割だけ払うとか、一割だけ払うとかにしてんのよ。払ってくれるならもらうけど、いいの?」
「えー……。はい、どうぞ」
「満額払った人は今週初めてだね。ありがとね」