魔女の森②
森の魔女が棲む森。人々は魔女の森という。
森の魔女ははるか昔から存在する、伝説的な魔法使い。森の中の見えない家で魔法の研究をしており、多くの勇者や賢者に知恵を授けたと言われている。
森の魔女は人間であり、不老不死ではない。それでも数百年生きて、寿命が尽きるときにはしかるべき弟子に名前を継がせている。
ドワーフの一家が代々、助手兼召使いとして使えており、見えない家で身の回りの世話をしている。
森の魔女ホーミーは、召使いの淹れる紅茶を飲んでいた。
「おや。クライン、茶葉を変えたのかい?」
「新しい茶のお供えがありまして。なかなかいいもののようです」
「うん、いい香りだ……。落ち着くね」
そのとき、玄関の方に大きな音がした。
バキッ!
壊れるような音。
ホーミーはそちらの方へ顔を向けた。
「おや、誰か来た?」
「お客人ですかな」
二人は居間の扉を見た。扉が開いた。男が入ってきた。
黒鉄の鎧を着込み、顔を黒水晶の面皰で覆っていた。
ホーミーはその姿に見覚えがあった。
「おや、誰かと思ったら、黒水晶ちゃんじゃないの。ひさしぶり。何しに来たの? あたしの体があんまりよくて、忘れられないの?」
「まあ、悪くはなかったな。だが今日の用事はそれではない。……森の魔女ホーミーよ。おまえは、王国にいらぬことを吹き込んだようだな」
「さて、なんのこと?」
「とぼけるな。おまえは王国に、魔物の検知方法を教えた。さらに、変化兵の解除方法も教えたな。手下の動きがだいぶ制限されている。なぜ、俺の邪魔をする?」
「なぜ邪魔をするって? 簡単なことだよ。あたしらは人間同士のケンカに首を突っ込むつもりはない。だけど、人間と魔物となれば、話は別だ。あんたの手下は人間を依代にすることを企んでるようだね。そうされちゃたまらない。生きたまま食われるようなもんだからね。あたしは人間だ。人間の味方をすることにした」
「人間……。人間をやめることもできるぞ。真に望めば、自分であるまま魔との融合が可能だ。ホーミー。おまえが望むなら、その権利を与えてやる。魔になるつもりはないか?」
「ごめんだね」
「そうか。仕方がない。ではおまえは、俺の敵だ」
黒水晶は剣を抜いた。
ホーミーの前に、助手のクラインが進み出た。
「はっ!」
黒水晶はホーミーに、闇の魔法剣を放った。
クラインは両手を突き出した。防壁魔法を張って、魔法剣の力を防いだ。
「ふっ……」
黒水晶は笑ったような声を出した。
左手を宙に回す。手の周囲に、漆黒の塊のようなものが出現した。
それを投げつける。
漆黒の塊は、クラインの放つ防壁魔法の力を吸い込んだ。
「むっ」
再度、防壁魔法を張る。黒い塊がその力を吸い込む。
「やっ!」
手を突き出す。今度は防壁魔法ではなく、雷を放った。それが黒水晶に向かう。
しかし、黒水晶の体のすぐ近くに黒い円盤が現れ、すべての雷を吸収した。
黒水晶は剣を振った。魔法剣だった。その威力はまっすぐクラインに向かい、頭部から胴体まで大きく斬った。
クラインは倒れた。
「……」
ホーミーが椅子から立ち上がった。
黒水晶は冷静に言った。
「ホーミー、もう一度言う。本当に魔になる気はないか」
「しつこいね。ないよ」
「では、お別れだ」
黒水晶は魔法剣を放った。
その威力はホーミーに当たった。
だが、ホーミーは斬られてはいなかった。
威力で多少のダメージは受けたが、体に傷はついていない。
彼女はにやりと笑った。
「なかなかやるじゃないの」
「貴様もな」
黒水晶は手を付きだした。闇の炎がホーミーを襲った。
ホーミーは防壁魔法で防いだ。
再度、黒水晶は漆黒の塊を作り出し、防壁魔法の力を吸い取った。
「ふん」
ホーミーは漆黒の塊に魔力を注ぎ込んだ。塊は魔力を吸い取っていたが、ある程度の魔力を吸うと、爆発して、消えた。
「魔力を飽和させたか。貴様ならではの技だな。だが無駄なことをするな。俺はあれを何十個でも出すことができるのだ」
「……」
ホーミーは風を操り、無数の刃を黒水晶に向かわせた。
だが、黒水晶は体の周囲に黒い円盤を作り出して、そのすべてを無効化した。
「効かないか……」
次に、竜巻を巻き起こした。
だが黒水晶は、吹き飛ばされることはなかった。
黒水晶は剣を持って飛びかかってきた。防壁魔法でそれを防いだ。防壁が剣に当たってはげしい火花が散った。
「……」
「……」
居間の中で、距離を取って向かい合った。
黒水晶は、闇の炎を剣にまとわせた。力を込めて増幅する。
ホーミーは防壁魔法の準備をした。
「ぬおお……」
黒水晶は、力を込めて魔法剣を増幅した。同時に、魔力を吸収する漆黒の塊も生成した。
「やっ!」
魔法剣の力と、漆黒の塊が重なって、砲弾のようにホーミーに向かった。それは防壁も貫いた。胸に大きな穴を開けた。
ホーミーは倒れた。
倒れた二人を黒水晶が見下ろした。
「ごくろうさんだったな。焼いておいてやる。安らかに眠れ」
手から炎を出して、あちこちに放った。居間はすぐに炎に包まれた。
黒水晶はきびすを返し、帰って行った。
炎が家具や壁を燃やす。
二人の死体に炎が近づいてきた。
ホーミーの亡骸が、言葉を発した。
「行ったよね」
クラインの亡骸がそれに応えた。
「行きましたね」
次の瞬間、二人の体が光に包まれて、蘇生した。
火が迫っている。脱出する。
「資料や貴重品を持ち出しておいてよかったですな」
「ああ。家具と食器はもったいないけど、しかたない」
「いささか悔しいですな」
「勝てないからしょうがない。治癒師は命を大事にするんだ。さて、行くよ。今度見つかったらマジで危ない。あとは他のやつらにまかせよう」
二人は燃える家から、跳躍魔法で秘密の隠れ家に移動した。