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フラガ領国(4)

 朝になった。

 移転作業で、兵士たち数人が早くに来ていた。

 ウィリアとジェンは起きて、応接室へ向かった。メイド二人と何人かの兵士がいた。女性は着替えを済ませていた。赤子はゆりかごに寝ていた。

「あ、おはようございます。もう、別な場所に移ると……」

 ウィリアは女性に、静かな声で、言った。

「すみません。大事なことを、確かめなければなりません」

「大事なこと……。なんでしょう」

「その前に、もう一度、赤ちゃんの顔を見せてください」

 ウィリアとジェンはゆりかごの横に立った。

 赤子がすやすや眠っている。

 ジェンはポケットから鈴を取り出した。五色の織物に、小さな鈴が下がっている。

 チリン。

 赤子がビクッとした。

 チリン。

「あーん! あーん!」

 赤子が激しく泣き出した。

 ジェンは鈴を、赤子に近づけた。

「あーん! あー……アググググ……」

 赤子は奇妙な声を出した。

「な、何をするのです! やめてください!」

 母親がジェンにかけよろうとした。しかし、ウィリアが背後から抱き留めた。振り切ろうとするが、ウィリアは渾身の力で彼女を抑えた。

 その場にいた兵士たちも、赤子のあまりにも不吉な声を聞いて、動くことができなかった。

 ジェンは鈴を、赤子の体に押しつけた。

「グワアアアアア!!」

 赤子は咆哮を上げた。

 その瞬間、赤子が変身した。体が急速に大きくなり、形も変化した。

 ドラゴンになった。

 黒いドラゴン。応接室にぎりぎり入るくらいの大きさだった。

「ひ、ひいっ!」

 兵士とメイドはとっさに逃げて行った。

 ドラゴンはウィリアとジェンをにらみつけた。炎を吐いた。黒い炎だ。

 二人はとっさに身をかわした。

 炎が家具に当たる。家具は破壊されたが、燃えることはなかった。

「これは!?」

「『闇の炎』だ。気をつけろ!」

 ドラゴンは部屋の中で動きが制限されている。ウィリアは回り込んで、胴体に傷をつけた。

「グワオオ!」

 傷はつけたが、あまり効いていないようだ。つけた傷はすぐに塞がった。

「真魔の再生能力……。ならば……」

 ウィリアは動き回りながら、魔法剣の力を込めた。剣の周囲に炎の力がまとわりつく。

「魔法剣!」

 炎魔法の威力がドラゴンに向かった。

「ギャオ!」

 それは傷をつけた。

「とどめ……!」

「やめて!」

 もう一撃を与えようとしたウィリアの前に、母親が飛び出した。

「お母さま! どいてください!」

「やめて! やめてください! 魔物でも、我が子なんです! どうか、殺さないでください!」

「お母さま……」

 ウィリアもジェンも手を出せないでいた。

 しかし

「ギャオオ!」

 ドラゴンが爪をふるって、母親の後頭部を引き裂いた。彼女は床に倒れた。

「!」

 次の瞬間、ウィリアに闇の炎を放った。

「うっ!」

 闇の炎は強力だった。体から力が抜けていく。体力も気力も消えていく。

 思わず座り込んだ。

 ドラゴンがウィリアを飲もうと、大きな口を開けた。

「あ……」

 そのとき、大剣がきらめいた。

「やーっ!」

 大剣がもとの大きさに戻っていて、ジェンがドラゴンに傷をつけた。

 ドラゴンは退いた。

「ジェンさん……」

「ウィリア!」

 ジェンはとっさに治癒魔法をかけた。ウィリアの体力がいくらか戻った。

「はあ、はあ……」

 ウィリアが剣に炎の力を込める。

 ジェンが大剣に風の力を込める。

 二人はドラゴンに向かって、力を込めて振り抜いた。

「やーっ!!」

 二つの力がドラゴンを貫いた。

「ギャアアアア!!」

 ドラゴンは倒された。

 巨体が床に倒れ、その姿が変化していった。

 ジェンは母親に蘇生魔法をかけた。淡い光が起こって、母親は生き返った。

「ここは……。あ! アマル!」

 母親がドラゴンを見る。その体はどんどん収縮していった。

 赤子の姿に戻った。

 赤子はわずかに動いて、母親の方を見た。

「ま……ままー……」

 しかしそう言うと、目を閉じて動かなくなった。

「ああ! アマル! 私のアマル!」

 母親は赤子を抱きしめた。それが動くことはなかった。

「……」

「……」

 ウィリアもジェンも、その光景をまともに見ることができなかった。

 兵士やメイドは逃げて、近くにいないようだ。

 二人は泣き叫ぶ母親を残し、無言で屋敷を出た。




 道を歩いている間、二人は無言だった。

 ウィリアの目から、涙が流れた。

「う……うう……」

 止められなかった。

 そのとき、前を見ながら、ジェンが言った。

「ウィリア。黒水晶を倒そう」

「え……。ジェンさん」

「悲劇を、終わらせるんだ」




 暗い空間の中。

 黒水晶は玉座についていた。

「む……!」

 感じるものがあった。

〈……感じるか〉

「ああ。俺の子供が殺された。最愛の子供が……。会ったことはないがな……。殺したのは、そうか、あの二人……。ウィリア・フォルティスと、ジェン・シシアスか」

〈おまえの子供は、わしの子供でもある……。だから早く殺せと言っただろう。実際に損害が出ている。殺すのだ……〉

「ああ。もはや冗談ではすまなくなってきた。あいつらは必ず殺す。しかしひとまず、予定の目標に向かうことにしよう」



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