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フラガ領国(1)

 女剣士ウィリアと治癒師ジェンは旅をしている。ウィリアの目的は、仇である「黒水晶」を倒すことである。

 ジェンはもともと剣術学園にいたが、剣の道を捨てて治癒師となった。だが、ディネア領国で剣をふたたび手にして襲撃者を破り、お礼にそのときの大剣をもらった。

 その大剣には精霊が取り憑いており、、二人の頭の中に響く声を発した。

 森の中、ジェンは大剣を抜いて切り株に置いた。二人も座って話を聞くことにした。

「剣の精霊さま、まずお聞きしますが、あなたのお名前は何でしょうか」

〈わしに名前はない。以前、人間が呼んでいた名はあるが気に入っていない。好きに呼ぶがよい〉

「では、精霊さまと呼ばせていただきます。それで、どのような経緯で大剣に宿ったのでしょうか。剣ができたときからでしょうか」

〈そうではない。わしは元々、川の神だった。アティロン川の守り神をしていたのだ〉

「アティロン川……王国を流れる大河ですね」

〈千年以上前から、わしは川の神としてそこにいた。人間はほこらを作ってわしを崇めていた。長い間、調和をもたらす仕事をしていた〉

 ウィリアが聞いた。

「調和をもたらすといいますと、洪水を防ぐようなことでしょうか」

〈いや、洪水もときには起こす。それで民が困惑することもあるが、それもまた大きな意味での調和になるのだ。人間には理解しにくいだろうが、神とはそのようなものなのだ〉

 ジェンが聞いた。

「その川の神様が、なぜ剣に?」

〈千年以上川の神として仕事をして、数十年前、冥界に行くことになった。冥界に行くというと人間は嫌がるが、神にとっては出世のようなものなのだ。後任の精霊にも引き継ぎを済ませ、さて冥界に移ろうとして、大陸の空に浮かび上がった。

 ところがそのとき、急に引かれ、地上に戻されてしまった。気がつくとわしは大剣の中に封じられていた。

 この剣の前の持ち主、アルロス・ヴェラと、その仲間の魔法使いのしわざだった。どういうことかと聞くと、強力な魔法剣を使うので、精霊を宿らせることが必要だったと……。人を、いや、精霊を、材料みたいに扱いおって……!!〉

 その声はかなりの怒りを含んでいた。ウィリアとジェンはちょっと引いた。

〈腹が立ったので祟り殺してやろうかと思ったが、そんなことをすればわしの穢れになるし、そいつらも謝ったので、許してやることにした。

 それからしばらく、わしはアルロスと一緒に旅をした。なかなか面白い旅であった。魔物や怪物を倒した。

 ある時期からやつも落ち着いて、領主としての仕事に勤しんだ。わしは城でゆっくりすることにし、少し前まで眠りについていた。

 わしがここにいるのは、そういうわけだ〉

 ウィリアが訊ねた。

「神と精霊とは同じものなのでしょうか」

〈だいたいそうだ。精霊が人間に認識され、敬われるようになると神と言われることが多い〉

「そもそも、精霊とはどのような存在なのでしょうか」

〈それに答えることは難しい。自然の気、生命力、人々の思いなどが固まって精霊となるのだが、われわれ自身でも、なにが精霊となるのかははっきりわかっていない。逆に聞くがお嬢ちゃん、人間とはどのような存在かと聞かれて答えられるかね?〉

「あ、無理ですね。すみません」

〈そなたたちが思っている以上に、精霊はいる。お嬢ちゃんの持っている剣にも宿っているぞ〉

「えっ、これにも……」

〈それはわしのように意識があったり、言葉を解したりするものではない。しかし、心はある。長いこと暗いところにいたようだな。お嬢ちゃんと旅ができて、よろこんでるぞ〉

「喜んでる……。よかった」

 ジェンが聞いた。

「剣からはお出にならないのでしょうか」

〈無理に出るつもりはない。精霊は気が長いのだ。出るべきときになれば冥界に行くつもりだが、それまでは剣の中にいようと思う。それが数百年先になるか、もっと後かはわからんが……〉

「そうですか。剣の中にいてくださるのですね。それは心強い」

〈あー……。だがな、言っておくが、あまり期待するでないぞ〉

「え?」

〈わしはたしかに精霊で神であるが、できることとできないことがある。特に、物理的なことは苦手なのだ〉

「物理的とは?」

〈たとえば、わしだけで魔物を斬るなどはできん。がんばれば移動ぐらいはできるが、それほど得意ではない〉

「では、魔力は使えますか?」

〈魔ではないので霊力とか神力とか言うが、それもすぐには無理だ。祟ることはできるが、相手が強力だと聞かない。おまえらが追っている仇を祟り殺すなどはできんのだ〉

「そうですか……」

〈がっかりしているな?〉

「い、いえ」

〈嘘を言うな。まあ、この前のように、他の精霊や神とトラブルになったら話はつけてやる。それから、剣に魔力を込めるなら受け止めてやる。それくらいだ〉

「いえ、たいへん助かります」

 ウィリアが困った顔で言った。

「次はフラガ領国に入りますが、街には検問所がありますよね。また疑われるかもしれません。物理的なことは苦手とのことですが、姿を消すことはできませんか?」

〈姿を消すのは難しいが……ちょっと見ていろ〉

 大剣が震えた。そして、鞘ごと急に小さくなり、ペーパーナイフ程度の大きさになった。

「あ!」

〈アルロスと旅しているときにも、大剣は目立ちすぎる問題があってな。工夫した結果この術ができるようになった。ポケットかどこかに入れて持ち歩くがいい。必要になれば大きくなってやる〉

 ジェンは小さくなった大剣を取り上げた。

「ありがとうございます! 助かります!」




 フラガ領国の国境についた。

 国境には検問所が設けられていた。兵士が旅人を留めて、調べている。兵士に交じって魔法使いもいるようだ。

「あれ。国境に検問所がありますね。街に入るときだけかと思ったのですが」

「フラガ領国程度の規模で、国境の検問は珍しいな……。まあ、普通に通ろう」

 二人は検問所の列に並んだ。

 不機嫌な顔の年配の兵士が検問係をやっていた。ウィリアの晩になる。

「名前と、職業。入国の目的を」

「名前は……リリアです。剣士で、修行の旅をしています」

 係員がウィリアの荷物を改めた。

 年配の兵士が手になにかを持っていた。五色の織物の下にに小さな鈴が付いている。織物に呪文が編み込まれている。お守りのようだ。

「ちょっと手を出してみろ」

 ウィリアは手を出した。兵士はお守りをウィリアの手に触れさせた。

「よし。大丈夫だ。通れ」

 次にジェンの番になった。

「名前は……ゲントで、旅の薬屋です。あの女剣士さまの従者もしています」

「ふむ。ちょっと手を出せ」

 ジェンにもお守りを接触させた。

 ジェンは訊ねてみた。

「それは、魔物よけのお守りですか?」

「そうだ。最近『森の魔女さま』の勧めで、魔物の用心にこれを使うことになった」

「森の魔女さま……。へえ……」

 ジェンの持ち物も調べられる。身体検査で、小さな剣が見つかった。

 年配の兵士がそれに目を止めた。

「これは、なんだ」

「えー……。ペーパーナイフです」

「ふうむ……」

 兵士はそれに見入っているようだ。最上級の意匠を凝らした大剣が小さくなったものである。非常に精巧な工芸品に見える。

「これは、没収する」

「え!?」

「鋭すぎて、武器としても使えそうだ。危険である。没収」

「いや、でも……」

 そのとき、ウィリアとジェンの頭に声が聞こえた。

〈心配するな。問題ない〉

 大剣の精霊の声だった。

「……わかりました」

 ジェンは頭を下げて検問所を出た。




 ジェンとウィリアは、検問所に近い草地で座っていた。

 しばらくしていると、なにかが近づいてきた。小さくなった大剣が草の間をゆっくり飛んできていた。

 大剣はジェンの手に収まった。

「精霊さま、ありがとうございます」

〈やれやれ。人間の欲には困ったものだ。いらん苦労をしてしまった〉

「価値がありそうに見えると、また問題が起こるかもしれません。ボロ布とかまきつけておきますね」

〈仕方ないな。そうしておけ。ところでお嬢ちゃん〉

 大剣はウィリアを呼んだ。

「あの、お嬢ちゃんじゃなくて名前で呼んでくれませんか。ちょっと気恥ずかしいです。もう大人ですから」

〈そうか。ではウィリア、すまんが、ちょっと力を分けてくれんか。少し疲れた〉

「どうすればいいでしょうか」

〈体に接触させて……持ってるだけでもいい〉

 ウィリアは両手で小さな大剣を持ち、膝の間にも挟んだ。

 ジェンはその様子を見ていた。

 大剣が言った。

〈ジェン、うらやましいか〉

「あ、いえ、別に……」

 ちょっと赤くなって向こうを向いた。

〈うむ……。いい気持ちだ。ウィリア、そなたは力を与えるのがうまいな……。ところでジェン、検問所で使っていたお守りを見て、何か気づいたようだな〉

「そうです。あれは森の魔女さまのところで見たことがあります」

〈かなりの力を持つものだな〉

「はい。魔物を見つける機能があります。ただ、接触させないと効果が薄く、使い勝手が悪いので必要とは思っていなかったのですが」

 ウィリアが言った。

「森の魔女さまが、王国に協力したということでしょうか?」

「そうだろう。だけど、この前会ったときはそういうことは言ってなかった。心境の変化があったのか……」




 検問所で、年配の兵士が騒いでいた。

「ペーパーナイフが無い! 誰か、取ってないか!」

「知りませんよ。自分でどっかやったんじゃないんですか?」

「たしかにここに置いたのだ!」

「知りませんってば。だいたい、旅人から取り上げたものでしょう? 取り上げる必要があったのですか?」

「う、それはだな……。ええい、もういい!!」



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