イペラの街(3)
宿屋の隣にある、さびれたほこらの中。
盗賊が二人倒れている他は、誰もいないはずだった。
しかしその中に、声にならない声のようなものが響いた。
大蛇たちがいろいろな物を持ってきた。それがほこらの中にあふれた。
〈こ……これだけ、霊力があれば、きっと、昔のように……〉
それは蛇の石像から発していた。
〈昔のように……強力な神になるのだ!〉
その声は、邪悪な響きをまとっていた。
だが、また別の、声にならない声があった。
〈愚かな……〉
〈なに?〉
〈神だった者が、わずかな霊力をかき集めて力を得ようというのか。近頃増えた魔素にやられたか〉
〈おまえは……あやつらが持ってきた剣? 剣の精霊ごときが、神に意見しようというのか?〉
ウィリアとジェンは、隣のほこらに向かった。
ほこらの前に大蛇が群れをなしていた。
いずれも興奮しており、二人に向かってくる。
攻撃してくる蛇を、ウィリアは剣で倒す。ジェンは風魔法で倒した。
〈む? 何だ? 外で、わが眷属が攻められている……!〉
〈蛇神よ。あれはわしの仲間だ。あきらめろ。よこしまな方法で神威を取り戻せるわけがない〉
〈剣の精霊ごときが……む……?〉
蛇神が口ごもった。
〈そなたは……いや……あなた様は……もしや……〉
〈喝!!〉
大剣の精霊が大喝を放った。
その威力があふれだし、ほこらから光が放たれた。
周囲にいた大蛇はどれも縮んで、草むらの中に逃げ去っていった。
ウィリアとジェンはあっけにとられた。
「なにが……」
「ほこらの中だ。行こう」
二人は、扉の開いていたほこらに入った。
男が二人倒れているのを見つけた。
「この人たちは……あ、宿に泊まっていた人?」
ジェンが二人を見る。片方はまだ死んでおらず、毒で麻痺していた。
治癒魔法で毒を抜く。
「大丈夫ですか」
「あ……ああ……俺、生きてるのか? あんた……薬屋? 助けてくれたのか?」
「ええまあ。ところで、なぜここに?」
「あの、その、蛇に追われて……。あ、弟分が……」
大柄の男が、首の骨を折られて死んでいた。
ジェンが蘇生魔法で生き返らせた。
「あれ……? どうしたんだ……? 死んだような気がしたんだけど……」
「おお! 生き返ったか!」
ジェンが二人に言った。
「すみません。俺、治癒師なんです。黙っててくださいね」
「あ、ああ……」
「さて、大剣は……」
ウィリアとジェンはほこらの中を見渡した。
年長の男が言った。
「あ、大剣ですか。大蛇が、像の後の棚のあたりに、隠したのを見ましたよ」
二人は棚を調べた。大剣があった。
「ありました! ありがとうございます!」
「い、いえ。あの、助けてくださってありがとうございました。こんな怖いところにはもういられません。さいなら!」
二人の男は逃げて行った。
ジェンは大剣を抜き、じっと見た。
「……」
それに語りかけた。
「あの……大剣さま……」
声ではない声が、ジェンとウィリアの頭の中に響いた。
〈なんだ〉
「あなたは、大剣に宿っている精霊ですか?」
〈まあそんなものだ〉
「狙われているぞ、と教えてくれたのも?」
〈そうだ。おまえらがたよりないのでな〉
「すみません。ところで、今の騒動は、どういうことだったのでしょうか。よくわからなくて……」
〈それについては、わしではなく、本人に語ってもらおう。蛇神よ。わしの仲間に説明してやってくれ〉
〈ハイ……〉
蛇の形をした石像から、消え入りそうな感じの声が響いた。
〈わたくしは……この街に古くからいた、蛇神でございます。ここがまだ草むらだった頃から、信仰されてきました。
人家ができ、だんだん賑やかになり、町の発展と共にここにいました。ほこらを管理する家があり、しばらく前まできれいにされて、多くの人がわたくしをお参りに来ました。その信仰は、わたくしのような神にとって力となるのです。
ところが……その家のあととりが王都に出て……他に継ぐ者もおらず……ほこらが荒れ果て、参る者もいなくなりました。
このまま落ちぶれるのか……と思っていたのですが、ここしばらく、街中にも魔素が溢れるようになりました。
神として、こんなものは取り込んではいけないと思っていたのですが、少し取り込むと、活力になって……。力は取り戻せました。しかし同時に、魔素に浸食されてしまったようです。わたくしはすっかり邪悪な心に染まってしまいました。
ついには、街中から霊力を集めようと思い立ち……魔素の力を借りて、眷属の蛇どもを操りました。
ところが、ここにおられる剣の精霊さまの一喝を受けて、正気に戻りました。やってはいけないことをしてしまいました。本当にお恥ずかしい……〉
ウィリアが眉をひそめた。
「魔素がいけないのです。その元になっている、黒水晶を倒さねば……」
大剣が言った。
〈まあ、それも一因だ。さて、蛇神よ。このままではいかんだろう。奪ったものを返さないと〉
〈それはそうですが、眷属の蛇たちの多くがやられてしまいました。それに、魔素をすっかり吐き出してしまったので、もう操る力が残っていません……〉
〈ふむ……。治癒師ジェンよ。そなたらが倒した蛇たち、生き返らせてやってはくれんか? 蛇の蘇生なら、人間よりは楽だろう〉
「あ、はい」
〈そして、お嬢ちゃん〉
「わたしでしょうか」
〈そうだ。そなたは人に、魔力というか、力を与える能力があるようだな。この蛇神に、盗った物を返す力を与えてやってくれ〉
「えっ、神に力を……? やってみます」
ウィリアは蛇神像に触れて、力を与えてみた。
〈おお……。力が入ってくる……。これならできそうだ……。わが眷属よ……。すまないが、盗ってきた物をもとのところに返してくれ……〉
多数の蛇たちがまた大蛇に変化し、盗った物を返しに行った。
街のところどころで悲鳴が上がったが、しばらくして戻ってきた。なんとか返せたようだ。
大剣が言った。
〈さて、この蛇神もかわいそうではある。要するに、また手入れする人がいて、もとのようになればいいのだな?〉
〈はい……。さようでございますが、どうすれば……〉
〈位置的には、隣の宿屋が手入れしてくれればよさそうだな。夢枕に立って、ちょっとお告げを下せばやるのではないか?〉
〈そうですが、魔力の無い一般人に、お告げを与えるのも難しくて……〉
〈そのくらいの力は貸してやる。ただ、お告げで脅すというのもスマートではないな。宿屋の得になるようなことはなにかないか?〉
〈宿屋の得? でしたら……〉
宿屋主人夫婦は、壊れた窓を補修して、また眠りについていた。
夫婦の夢に、なにかが現れる。
〈そこな夫婦よ……〉
「えっ?」
「あ、あなたは、誰ですか」
〈わしは隣のほこらの、蛇神である〉
「へ、蛇神さま!」
〈わしは長年にわたってこの街を見守ってきた。ところが、最近はほこらを手入れする者もおらず、荒れたままになっておる。たいへん不愉快である。さっきのは警告じゃ。あまり荒れたままにしていると、こんなものでは済まんぞ。そなたたち、これからわしのほこらの手入れをせよ〉
「は、ははーっ」
「仰せの通りにいたします」
〈ところで、手入れを命じるかわりに、いいことを教えてやろう。この部屋の戸棚、その端に、床板が外れるところがある。そこを開けて見てみよ。では手入れを怠るでないぞ〉
蛇神は夢から消えた。
夫婦は起きて、顔を見合わせた。
「蛇神さまが、手入れをしろって……」
「たしかに荒れてて不憫だったな。仕方ない。うちですることにしよう」
「ところで、棚の床板を外してみろって言ってたよね……」
夫婦はランプをつけて、棚を見てみた。
「おや、たしかに床板が外れる。下に何かあるぞ?」
取り出してみた。瓶が出てきた。
瓶の蓋を外す。
中には金貨や銀貨がつまっていた。
「か、金じゃないの!」
「こりゃあすごい! 一万ギーン以上あるぞ!」
「これくらいあれば、窓の修理と、屋根と、雨樋と、壁の修理ができるよ! あんた! よかったねえ!」
「蛇神さま! ありがとうございます! 宿が直せます! ほこらもしっかり手入れをさせていただきます!」
寝室の外ではウィリアと、大剣を持ったジェンが様子を伺っていた。大剣の精霊が言った。
〈うまくいったようだな〉
「そうですね。ところで、ちょっと眠いです。朝まで少し寝かせてください」
二人は宿の中に戻った。二人とも魔力を使ったので、ウィリアの部屋で手をつなぎながら寝た。
翌日、宿屋の夫婦はにこにこしていた。朝食のとき旅人に言った。
「昨夜のさわぎは、ほこらの神様が怒ったみたいなんだよ。これからうちできれいにするから、みなさんもよければ拝んでいってくださいね」
ウィリアとジェンも、つきあいで、ほこらにお参りした。
街を出るときはウィリアが大剣を持っていたが、しばらくしてからジェンに渡した。ウィリアが訊ねる。
「ところで、大剣の精霊さま。宿屋の夫婦が見つけた大金はどうしたのですか?」
〈蛇神の言うことによるとな、あれは、宿屋の先々代が貯めたヘソクリだそうだ。死んでわからなくなっていたらしい。蛇神というのは金運も扱っているので、そういう金があるのは知っていたそうだ〉
「だったら、もともと宿屋のお金じゃないですか」
〈それもそうだが、あのままなら建物を取り壊すまでわからなかっただろう。あの宿屋には手間をかけさせるが、ほこらが綺麗になって参拝者や観光客が来れば自然と賑わう。悪い話ではなかろう〉
ジェンも背負っている大剣に訊ねた。
「大剣さま、おたずねしたいことはいろいろあります。お聞かせ願えますか?」
〈よかろう。だが、立ち話もなんだ。落ち着いたところで話してやろう〉
別の道を二人の男が歩いていた。大柄の若い男と目つきの鋭い男。盗賊二人である。
「アニキ、なんで大剣の場所を教えたんですか?」
「まあ、命の恩人だからな……。助けてもらって、物を盗んじゃ人の道に外れるだろ。恩返しだ」
「そっか。それもそうですね。でも、ちょっともったいなかったすね」
「くよくよすんじゃねえや。恩返ししたから、きっとツキが回ってくるぞ。次のお宝は大物だ!」
「さすがアニキ、前向きですね!」