イペラの街(1)
女剣士ウィリアと治癒師ジェンは北部を目指して旅している。
ジェンは薬屋もしていて、大きな荷物を背負っている。
しかし、直前のディネア領国で領主たちを救い、お礼に大剣をもらった。それも背負っている。大剣は、全長が背丈に近いほどの巨大な剣。使える者は限られていて難しい武器だが、熟達すればとてつもない力を発揮する。
もらったのはただの大剣ではなく、ヴェラ家の二代前アルロス・ヴェラが使っていたもの。アルロスは大剣使いの間でも名人と言われていて、数々の武功や伝説によって知られている。
街道は森に入った。まばらな森で、いくつか開けたところがある。
ウィリアが語りかけた。
「ジェンさん、練習しませんか」
「練習?」
「剣の練習です。わたしは大剣使いと試合したことが少ないので、教えてほしいのです。あ、体に当てない練習で」
「うむ……」
二人は開けた場所に入った。
ウィリアが剣を抜いた。
ジェンも大剣を抜いた。
一度は剣を捨てた身だが、ヴェラ夫人に説得されてこれを持った。持ったからには覚悟を決めなくてはならない。
「行くぞ!」
大剣を持ったジェンが進んだ。ウィリアも進んだ。
大剣と剣がぶつかる。
どれほど鍛えていても、大剣の衝撃に耐えるのは難しい。しかし、ウィリアは相手の力を逃がす技術を持っていた。ジェンの一撃から体をかわす。
ジェンが笑みを浮かべた。ウィリアは練習相手として十分な力を持っている。
ウィリアが踏み込んだ。
ジェンが大剣で防ぐ。巨大な剣なので、広い面は防御にも有用である。
ウィリアも笑みを浮かべた。
打ち合いが続いた。
体に当てない練習だが、二人ともぎりぎりを狙って攻めている。
ジェンが剣を振り下ろした。
ウィリアがよける。
しかし、横に動かし、剣の腹でウィリアを打った。
「きゃっ!」
ウィリアが地面に転がる。
ジェンが微笑みながら言った。
「こんな使い方もある。気をつけるんだな」
「わかりました。もう一回!」
また打ち合いが始まった。
二人とも縦横に体が動く。
ジェンも気合いが入ってきた。
剣の練習は数年ぶりである。楽しくなってきた。
以前に練習した感覚が思い出されてくる。
以前に練習した。
親友と。
「……!」
ジェンの動きが急に止まった。
ウィリアは剣が当たりそうになって、あわてて止めた。
ジェンは大剣の先を地面に置いて、固まった。顔は蒼白になっていて、冷汗が流れ、体が小刻みに震えている。
ウィリアが心配そうに見つめた。
「ジェンさん……」
声を絞り出した。
「大丈夫……。きっと、克服する……」
次の町が近くなってきた。
「ねえウィリア、大剣を持ってくれない?」
「え? 克服するって言ったじゃないですか」
「ああ。克服する。必ず。だけど、街の検問を通るだろう? 大剣を持った薬屋なんて、怪しい以外の何物でもないよ」
「たしかに……。でも、わたしも剣を持っていますし」
「武芸者で、複数の武器を持ってる人はいるから」
次に向かうイペラは中規模の街。市壁で囲まれている。中に入るには検問を通らなければならない。旅人が列を作っていた。
「ハイ、次……」
検問所の兵士が次々と確認していく。
ジェンも通行証を見せる。偽造だが見破られることはなかった。
ウィリアも通行証を見せる。
「女剣士ね……。ちょっと待って。あんた、なんで剣と大剣の両方持ってるの」
ウィリアはぎくりとした。
「わ、わたしは、天下一の武芸者を目指しています。剣も大剣も、武芸者としては練習しなければなりません」
「なんか怪しいな。どっちか、盗品じゃない?」
「武芸者は盗みなどいたしません!」
「本当?」
「武芸者を疑うのですか!」
「ちょっとさ、両方、素振りしてみてよ」
ウィリアは少し下がって、スペースを取った。
大剣を抜く。
上下左右に振り回す。数日だが銀狼村で特訓をしたのが生きた。
次に剣を抜く。
これも上下左右に振り回す。
華麗な剣さばきに、検問所の兵士たちと、検問待ちの旅人から歓声が漏れた。
「どうでしょうか」
「うん、使いこなせてるようだな。行ってよし」
「やっぱり疑われたじゃないですか!」
「ごめん」
「もう嫌ですよ。ジェンさん持ってください」
「だけど俺だって疑われたら、女剣士さまの持ち物ですと言うしかないしね。結局君のものにしないとどうしようもない」
「うー」
「だけど妙に、武芸者を強調してたね」
「そ、それは、そうしないといけないかと思って……。ああ、もう、忘れてください!」
二人は手頃な宿を見つけて、部屋を取った。
二人を見つめている、別の旅人がいた。
大柄の若い男。それよりやや年上の目つきの鋭い男。
「おい。見たか。女剣士のあの剣」
「ええ。見ました。すげーカッコよかったすね。かなり腕が立つんでしょうね」
「腕のことじゃねえよ。持ってる剣と大剣だ」
「剣がどうかしましたか」
「どっちも、とんでもねえ上物だ。一万……いや、数万ギーンはする」
「へえ。そうなんですか。アニキは目が利きますね」
「剣がいいわりには、安宿に入ったな……。おい、俺たちもあそこに泊まるぞ」
「なんで? あ、狙うつもりですか?」
「あたりまえだろ。あんなお宝みのがしちゃ、盗賊の名折れだ。隙を見つけて頂くが、おまえもすぐ出られるようにしとけよ」
ウィリアとジェンは、宿の二階にそれぞれの部屋を取った。ジェンの部屋で荷物を整理した。
「ジェンさん、大剣はここに置いていいですか?」
「いや。もし見られたら、なんで男の方の部屋にあるんだとなるから、やっぱり君の部屋に置いて」
「わかりました。ところでジェンさん、さっきからなにか感じませんか?」
「うん……。魔素もちょっと感じるが、それだけではないような……?」
全国的に魔素の濃度が高まっていて、街の中でも魔素を感じることが増えてきた。しかし、二人が感じている違和感は魔素とは違うものだった。
窓を開けてみた。
宿の隣に小さな祠があった。敷地内に井戸や門もある。本格的な祠のようだが、草がボウボウで、荒れた雰囲気で、管理されている様子はなかった。
夕食の時に宿の人に聞いてみた。
「隣に祠がありますよね。あれは何ですか?」
「あれね、蛇神様を祀った祠なんだけど、管理している家の息子が王都に出て行っちゃって、もう誰も手入れしてないのよ。昔はわりとお参りする人がいたんだけどね、今はあんなだから、ほとんど人も来なくて」
同じ食堂に、盗賊の二人もいた。
「うむ……。食事のときに剣を狙おうと思ったが、ちゃんと持ってきているな。さすが武芸者。スキがない……」
「アニキ、どうしましょう」
「腕が立ちそうだから、無理に狙うのは危ない。今夜中になにか機会があればな……」
ウィリアとジェンはそれぞれの部屋で、眠りについた。
寝入りばな、うとうとしていた時間。なにか声のようなものがした。
(おい。気をつけろ。狙われているぞ……)
「ん……? 何?」
「なんだ? 今の声……?」
それぞれ周囲を見回したが、誰もいなかった。