ディネア領国(3)
ルキアス少年は練習場の床に倒れた。
その前にウィリアが立っている。
「どうします? まだやりますか?」
「おねがいします!」
少年は剣を持って立ち上がった。
ウィリアに向かってくる。
剣を振るが、当たらない。
ウィリアはすぐさま背後を取って、脇腹を打った。
「ぐふっ!」
少年はまた倒れる。
「どうします?」
「まだ……!」
ルキアス少年はたしかに実力があった。
しかしそれは、十六歳にしてはということであって、修行を続けてきたウィリアとは比較にはならなかった。さっきから何度も剣を振っているが、ひとつも当たっていない。
「動きが単調です。相手がまっすぐ向かってくると思ってはいけません」
「はい……!」
居間ではジェンが夫人に、ライドの思い出を語っていた。
彼がどんなに良き友人であったか、誠実であったか、思い出せるだけのことを話した。
夜の町に出かけて一緒に遊んだ、などのことは言わなかった。
夫人はときどき涙を浮かべ、話を聞いていた。
「そうですか……。あの子は友人に恵まれていたのですね。ただ……」
「?」
「恥ずかしがりの子でしたから、女性と交際はなかったでしょうね。異性を愛することを知らずに亡くなったのは、かわいそうで……」
「あー……。それはですね」
ジェンはライドとフレイの交際について語った。
「そうですか。ちゃんと愛して、愛された方がいたのですね。安心しました。相手の方には辛いことになりましたが……。その方はどうなさってますか?」
「魔法修行の旅を続けています。実は少し前も出会って、わずかな期間ですが三人で旅をしました。すでに王国でも有数の実力です。ですが本人はもっと修行を続けたいようです」
「実はですね。あの子からの手紙に、カルノ君と魔法剣の練習をしたとか、カルノ君と一緒に出かけたとか、しばしば名前が出てきたのですよ。フレイ・カルノさんとおっしゃるのですね。てっきり男性だと思っていました」
「照れてたんでしょう」
「でしょうね」
「ですが、彼は本気でした。結婚するつもりだと言っていました。僕はちょっと、身分的に難しいのではないかと思ってましたが」
「身分はまあ、なんとかなります。その方ともお会いしたいですね……」
「ま……まだ……おねがいします……」
ルキアス少年は息も絶え絶えになっていた。ウィリアは冷静に言った。
「あなたはもう疲れきっています。これ以上やっても身につくことはありません。やめた方がいいでしょう」
「……」
少年は力が抜け、床に座り込んだ。
ぽつりと語り出した。
「僕は……兄に勝ったジェン・シシアス殿に勝つことを目標にしてきました……。兵士に交じって剣を習い、かなりのところまでいったと思っていました。でも、あなたと向かい合ったとき、まったく勝負にならないと気づかされました……」
「あなたの力は、年齢にしてはかなりのものです。おそらく剣術学園でも上の方に行くでしょう。ですが、最上級ではありません。
ジェンさんはもっと強い。あなたの剣だって、彼は苦もなくよけられたはずです。自らを罰したいと思っていたから斬られたのです」
「……僕は、井の中の蛙だった」
「ルキアスさん、剣術学園には行っていないのですか?」
「行っておりません」
「あなたの身分と年齢なら行けるはずです。なぜ?」
「……僕が学園に行けば、母が一人になってしまいます。兄が亡くなったときの嘆きを見て、寂しい思いはさせたくないと思ったのです。進学は勧められましたが断ってきました」
「お気持ちはわかります。しかし外の世界を見て、もっと強くなるべきだと思います」
ジェンと夫人の話は遅くまで続いた。
夫人とジェンは、ときに笑い、ときに涙を浮かべて、ライドゥスのことを語り合った。
外から、風の音がしてきた。
「ん……?」
ジェンが窓の外を見た。
なにか、妙な気配を感じる。
窓が割られた。
「!」
黒い革鎧を着た兵士が入ってきた。二人いた。どちらも肌が黒く、口のところが突き出ている異相だった。
夫人は驚愕の表情を浮かべた。
ジェンはとっさに、風魔法を放った。
兵士に当たる。
兵士は体を弾かれたが、大きなダメージにはなっていなかった。起き上がって、襲いかかってくる。
もう一度、より強力な風魔法を放つ。片方が吹き飛び、動かなくなった。
もう片方がジェンに襲いかかった。ジェンはとっさに、暖炉の火かき棒を取り、打ち殺した。
夫人は急いで、窓についている防御用の鉄扉を閉めた。
「こ、これは……?」
「おそらく、変化兵です」
「変化兵、これが……!」
廊下が騒がしくなってきた。多数の変化兵が侵入したようだ。
「まずい!」
扉を閉め、机をその前に置いてバリケードを作った。
しかし、長くはもたないだろう。
ジェンはさっきのことを思い出していた。
「風魔法の効きが悪い。もしや、風属性持ちか……?」
ウィリアは部屋へ引き上げようとした。
しかし、廊下が妙に騒がしくなった。
「何でしょう?」
練習場の扉を開け、兵士が飛び込んできた。
「ルキアス様! 敵襲です! ……ぐふっ!」
入ってきた兵士は、背後から斬られた。
続いて入ってきたのは、黒い革鎧を着た兵士たち。肌が黒く、口が突き出ている。変化兵だ。
数人がウィリアとルキアスを襲ってきた。
それらはウィリアが斬った。
さらに数人が入ってきた。
ウィリアが斬る。ルキアスも剣を取って斬った。
そのうちの一体が飛び上がって、上から斬りつけてきた。
「! 飛べるのか!」
それはウィリアが斬った。よく見ると背中には黒い羽がついていた。
また音がする。多数が侵入しているらしい。
「ルキアス君! あなたを守ります! 体を小さくして!」
「いえ! 僕も戦います!」
ウィリアは困惑した。おそらく襲ってくる数は多い。ウィリアが守った方が確実なはずだ。
しかしすぐ、多数の変化兵が乱入してきた。
斬り合いが始まる。もうこの若武者を説得するのは不可能だ。背中を預けるしかない。
ウィリアとルキアスは、背中合わせになって膨大な数の変化兵と斬り合った。
ジェンと夫人は、居間の扉を机で抑えていた。
侵入した変化兵はそうとうな数らしい。二人で机を抑えているが、向こうから多数が押し寄せてきている。扉はいまにも開きそうだ。
ジェンは部屋の中を見て、なにか助かる方法はないかと探した。
脱出路でもあればと思ったが、ありそうにない。横の壁には武器コレクションが飾られてある。台の上にはみごとな大剣があった。
扉がドン、ドンと叩かれる。
ジェンは部屋の中を見回して、なにかないかと探した。
台の上に大剣がある。
扉板がミシミシと鳴り、もう少しで壊れそうだった。
ジェンは部屋の中を見た。
大剣。
部屋の外では、多数の変化兵が居間の扉を破ろうとしていた。
百体以上はいる。廊下を埋め尽くし、居間に向かっている。
先頭のものは扉に体をぶつけていた。
扉に割れ目が入ってきている。もうすぐ壊れそうだ。
攻撃している者たちが勢いづく。
再度、扉にぶつかろうとした。
次の瞬間。
扉の向こうから巨大な剣が振り回された。近くにいた変化兵たちは扉ごと斬られた。
壊れた扉から、男が現れた。
大剣を持つ若い男。
変化兵たちはその男に襲いかかった。
男は巨大な剣を振り回した。十数体がいっぺんに斬られた。
男は一歩進み出て、変化兵たちを睨みまわした。
数体が襲うが、男は巨大な剣を振り回し、それらを斬った。
男はもう一度、変化兵たちを睨み、言った。
「剣術学園の……優勝者だ」
男は巨大な剣を構えた。
「死にたいやつからかかってこい!」