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王城広間

 エンティス王国の首都エンティ。

 中央に広大な王城がある。

 王城は行政機関でもあるので、商人や役人が手続きをする建物があり、そこは人の出入りが多い。

 王族が住む城は奥にある。その前には綺麗な花壇と、噴水を備えた大きな池がある。こちらに来るのは高位の役人や貴族など、限られた人だけである。

 そこに、女性がやってきた。

 大きい帽子で顔は隠れている。雰囲気からするとかなり若いようだ。十代後半、もしかすると十代半ばかもしれない。

 肩にはマントを羽織っている。大きな杖をついているので、魔法使いらしい。

 しかしマントの下は、町娘が着るような、体の線が出るワンピースだった。魔法使い風の杖と、やや不似合いだ。

 女性は城門の前まで歩いてきた。

 城門の両脇には警護の兵士がいる。彼らはやってくる女性を見てとまどった。どう見ても貴族ではない。城で働く者でもなさそうだ。それにほとんどの訪問者は事前に連絡があるのだが、若い女が来るとは聞かされていなかった。

 女性は、城門の階段に足をかけた。

「止まれ」

 兵士の一人が声をかけた。

「そなた、どのような用件か」

 女性は顔を上げ警護の兵士を見た。帽子の下の顔はイタズラ好きの小娘のようだった。

 彼女は言った。

「国王に会いにきた」

 兵士たちの表情が変わった。

「国王陛下は、簡単にはお会いにならない」

「簡単でも複雑でも関係ない。あたしが会いにきたんだ。会わせな」

 声は若いが、口調はなぜか威厳があった。

「そ、そもそも、そなたは何者だ」

「あたしの名はホーミー。『森の魔女』と言えばわかるかい?」

 兵士たちはぎょっとした。森の魔女は、なかば伝説的な存在。童話や英雄譚によく登場し、比類なき力を持つ魔法使いとして知られている。

「も……『森の魔女』……さま?」

「そうだ。あんたんとこの王様は地上の支配者かもしれないが、あたしも地元じゃ神様と讃えられる身だ。不釣り合いじゃないと思うけどね」

 二人の兵士は顔を見合わせた。

「し、しかし……。それが本当なら取り次がなければならないが、なにか、証明できるものは……?」

「証明ねえ」

 ホーミーは少し考えた。

 持っていた杖を持ち上げた。それを降ろし、城門の敷石をトントンと叩いた。

 風の音がしてきた。

 城の前にある池の表面に波が立ち始めた。その波は高くなり、渦を作り出した。渦は激しくなり、中心が持ち上がった。

 池の水は空に向かって噴出した。すべて庭園の上空に登り、大蛇のような龍の形を取った。

 龍は巨大で透明な体を、城の上でくねらせた。

 ホーミーが言った。

「どう? この程度じゃ、名刺代わりにならないかな?」

「わ、わかりました。おまちください」

 一人は慌てて中に入った。もう一人は腰を抜かしていた。

 少しして、兵士が年配の武人を連れてきた。

「森の魔女さまでいらっしゃいますか」

「あんたは?」

「王城に使える、参謀部のワトーと申します。陛下はお会いになられるとのことです。どうぞ、お入りください」

 門が開かれ、ホーミーは城に入った。

「あ、すみません。あの空に泳ぐ龍、物騒ですので、片付けていただけないでしょうか」

「ああ、そうだね」

 上空の龍に向かって指を鳴らした。龍は形を失い水に戻った。

 大量の水が落ちてきて、腰を抜かした兵士がずぶ濡れになった。




 参謀長のワトーに連れられて、ホーミーは通路を進んだ。

 広間に通された。壮麗な造りの部屋である。

 王は玉座に座っていた。

 しかし、その前に、数十人が人垣を作っていた。

 どれも体格は普通だが、するどい目をしていた。ほとんどがローブを着て、杖やスティックを持っている。魔法使いの集団のようだ。

 その先頭に初老の男がいた。髪は灰色になっている。体は大きくないががっしりしていて、意志の強い目をしていた。王国の魔法使いを束ねる、魔法大臣アリストルであった。

 ホーミーは彼を見て足を止めた。

「おや……。アリストル。久しぶりだね」

 大臣はお辞儀をした。

「ホーミーさま、お久しゅうございます」

「偉くなったと聞いてはいた。元気そうだね。ところで、あたしは国王に用があるんだ。どきな」

「陛下はお会いになられるとのことですが、その前に一つだけお伺いします。ホーミーさまがここに来た目的は、王国に害を与えるためではございますまいな?」

「なんだ? あたしを試すのかい。もし害を与えるって言ったらどうすんだい?」

「まずないと思いますが、その場合は、この身をかけてもお止めしなければなりません」

「あんたがあたしに勝てるのかい?」

「私だけでは難しゅうございます。しかしながらここに、手塩にかけて育てた魔法使いたちがおります。これら全員が相手すれば、ホーミーさまもややご苦労なさるのではないかと」

「命は大切にしろと教えたはずだけどね」

「……」

「安心しな。ケンカしにきたわけじゃない。大事なことを伝えに来たんだ」

 魔法大臣アリストルはほっと息を吐いて、国王の前に出た。

「陛下、ご安心ください。この方は、ガラは悪いですが策を弄するような人ではございません」

「ガラが悪いは余計だよ」

 魔法使いたちの人垣が開いて、ホーミーは王の前に進んだ。

「あんたが国王かい?」

「いかにも……。わしが国王のディドです」

「あたしはホーミー。人には森の魔女って呼ばれるもんだ」

「お伝えいただけるとのことですが、何を……」

「いま大事なことと言えば、わかるだろう。黒水晶のことだ」

 王も含めて、周囲の者たちは表情が変わった。一部のものは、退出するべきかどうかまごまごした。

「あんたら魔法使いも、そこの武人さんも聞いておきな。あんたら王国は、黒水晶とやり合ってるそうだね」

「さよう……。奴の手下とは各所で戦いが起こっています。また奴自身が出てくる戦いでは、正直申して、対処のしようがありませぬ。魔女さまが、手を貸してくださるのですか?」

「その前に、あたしの立場を説明しておこう。森の魔女ってのは代々引き継いでいる名前でね、伝えられる教えに、人間の戦いに関わるなというのがある。戦いなんてもんは、どっちも自分が正しいと思ってやってるもんだ。どっちがどうとか言ってたらきりがない。人間世界のことなんて、完全な正義も悪もあるもんじゃない。あんたの国だって、だいぶ戦をしたようだけど、いつでも品行方正ってわけじゃなかっただろう?」

「その通りです。我が国も、常に正しいことをして大きくなったわけではありませぬ」

「そんな教えがあるので、黒水晶のこともこっちからは関わる気はなかった。ただ、そうも言ってられなくなったようだ。あんたら、『黒水晶』の最終的な目的をわかっているかい?」

 国王は眉を寄せて答えた。

「復讐、かと」

「ああ、黒水晶の人間の部分はそうかもしれないね。だがもっと大きい目的がある。あんたたちも、あいつは人間と魔物が融合したものとわかってるだろう? 魔物の方の目的だ」

「?」

「少し前に、ジーマという村が滅んだ。そこでは、死んだ人間に『真魔』がとりついて生活をしていた。……わかるか? あいつらの目的は、多数の『真魔』をこの地上に送ること。そして人間を、依代として使おうとしてるんだ」

 広場にざわめきが走った。

「奴の手下が殺戮を繰り返すのはおそらく、それで得られる『恐怖』『絶望』『生命力』が真魔たちの栄養となるため。その点で人間の黒水晶と魔の黒水晶の利害が一致しているわけだ。魔の黒水晶にとっては、人間は単なる獲物。奴が月と太陽の制限を克服したら、標的はこの国だけじゃない。この世界の人間全体を狩り、依代にしようとするはずだ」

 国王の顔の皺がさらに深くなった。

「なんと、恐ろしい……」

「もはや、戦とかの話じゃない。真魔と人間の間で食うか食われるかだ。あたしは人間だ。こっちに付くことにした。守るために必要な魔法や術式を教えてやる」

 広場に感嘆の声が上がった。

「ただ……」

 ホーミーは周囲を見回した。

「聞くところによると、こっちの王城からは情報が筒抜けで、すべて先回りされてしまうそうだね?」

 王が眉をひそめながら答えた。

「はい。情けないことですが、その通りです」

「漏れてるところはわかってる?」

「いえ。残念ながら……」

「噂に聞くとおり、ここの魔法防御はしっかりしているようだ。魔物は入り込めない。となれば、内部の誰かしかいないね」

「考えたくないことですが……」

 ホーミーは振り返って、一同を眺めた。

 ある方向に進んだ。

 その先に、参謀長のワトーがいた。

 彼はホーミーに見つめられ、身構えた。

 ホーミーは彼の目の前に立った。

「な、何ですか?」

 ホーミーは皮肉なような苦笑いのような笑みを浮かべている。

「私が裏切り者だとでも言うのですか!?」

 ざわめきが走った。参謀長のワトーは代々王家に仕えている家柄だ。

 ホーミーは懐からなにかを取り出した。五色の織物の下にに小さな鈴が付いている。鈴がチリンと鳴った。

「これね、魔除けのお守りだ。特に真魔にはよく効く。武人さん、ちょっと触ってみてよ」

「お安いご用です」

 ワトーはお守りに手を伸ばした。

 手を引っ込めた。

 また手を伸ばした。

 また引っ込めた。

「……!?」

 ワトーはお守りに触れようと手を出している。しかし、その手は触れる直前に引っ込んでしまう。

 周囲の目線が鋭くなった。ワトーは焦っていた。

 出した右手が戻ってしまう。力を込めて手を出す。しかしそれはまた戻ってしまう。とうとう、左手で右手をつかみ、力を入れてお守りに触らせようとした。だがその手も引っ込んだ。

 ホーミーが手を伸ばして、お守りをワトーの体にくっつけた。

〈ギャッ!!〉

 奇妙な声が出た。彼は倒れ込んだ。

 倒れた体から漆黒が立ちのぼってきた。それは広間の上に登って、人のような形を取った。

「なんだ! あれは!?」

 ワトーが起き上がって叫んだ。

 ホーミーは漆黒の魔物を睨んだ。

「あんたは……人の影に取りつく、影魔だね?」

 漆黒のものが言った。

〈そうだ。俺は影魔シュード。魔王さまの眷属よ〉

「魔法防御があっても、取りついてれば出入りできたわけか」

〈森の魔女と言ったな。余計なことをしやがって。お前から始末してやる!〉

 影魔は体を伸ばした。不定形に伸び縮みする黒い幕が、ホーミーの周囲を円形に囲んだ。

 上も下も影を伸ばして、その体の中に取り込んだ。

「ホーミーさま……!」周囲がざわめいた。

 広間の中央に、ホーミーを取り込んだ黒い球体が浮かび上がった。

「む!?」

 魔法大臣アリストルが、とっさに防壁を張った。

 次の瞬間、黒い球体が膨張した。それが破れて、中から太陽より明るい光が放たれた。

〈ギャアアアア!〉

 光に焼かれ、影魔の体は分解し、消失した。

 ホーミーは広間の床にすとんと着地した。周囲を見回した。

「目が……」

「ま、まぶしい……」

 光にやられた人が何人かいた。国王はアリストルがとっさに放った障壁で守られていた。

「ごめんね。光魔法って普段使わないから、加減がわからなくてね。大丈夫?」

「は、ハイ……」

 広間の隅にうずくまっている人がいた。参謀長のワトーであった。呆然とした顔をしていた。

「なんたることだ……。私に魔がついていたなんて……。情報が漏れたのも私から……。フォルティス伯やシシアス伯が死んだのも、そのせい……」

 ホーミーが寄って、なぐさめた。

「まあ、あんたの責任じゃないよ。誰にだって取りつくし。気にすんな」

「死んで、お詫びを……」

 ホーミーは杖でワトーの頭をぶんなぐった。

「痛い!」

「だから武人は嫌いなんだよ! すぐに死ぬのなんのって鬱陶しい! 悪いと思ってるんならね、生きて、働きで返しな! 死んだって誰の得にもなりゃしないんだよ!」

 ワトーは後頭部を押さえながら顔を上げた。

 国王もそれを見て言った。

「森の魔女さまの言うとおりだ。ワトー、おまえの責任ではない。これからも働いてくれ」

「はっ……」

 ワトーは深々と頭を下げた。

「さて、こういうのがあるから、警備はちゃんとしなけりゃいけない。人に取りついている魔は厄介だから、このお守りでチェックするといいだろう。アリストル! 作り方はわかってるね?」

「はっ」

「多量に作って、各所で魔の侵入を抑えるんだ。ああ、チェックの役は、かならず兵士と魔法使いの組でやるようにしなよ。今のような魔物だと、剣は効かないからね」

 国王も頷いて、臣下に対策を命じた。

「それから、黒水晶の軍団で厄介なのは変化兵へんげへいだ。上級変化解除の魔法を教えてやるから、聖魔法が使える者は聞いておきな」




 それから数日、ホーミーは王城で魔法使いたちに対真魔の魔法を教えた。王の求めに応じ、防衛作戦にもアドバイスした。

「できることはやった。あとはあんたら頑張りな」

 ホーミーは王城を後にした。国王以下、魔法大臣アリストルなど多くが入口まで見送った。

 王城から退出する。

 ぽつりと独り言を言った。

「……さて、あたしも、腹をくくんなきゃいけないようだね」



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