ジーマ村(2)
夜の闇。
ウィリアとジェンは同じ部屋で寝ている。
窓の外に村人が二人がいた。
宿の中からは、主人を含む三人が、二人が寝ている部屋に近づいてきた。
主人が合鍵で扉を開ける。
部屋に入る。
二人はベッドをくっつけて寝ていた。どちらも毛布を頭までかけていた。毛布の間で手をつないでいた。
入ってきた村人たちはそれを見てちょっと笑った。
太いロープを取り出す。
一人が毛布に手をかける。
三人が目で合図をした。
毛布を剥ぎ取った。
毛布の下には女剣士がいた。なぜか、鎧を着て、剣を持ったままだった。
次の瞬間、女剣士はベッドから飛びはねた。
空中で剣を振った。ベッドのそばにいた村人二人の首が一瞬で落ちた。
三人目があわてて後ずさりしたが、女剣士は踏み込んでその首も斬った。
ジェンも毛布を取って起き上がった。同様に服を着たままだった。
「やはり……」
「……」
ウィリアは、いま斬った三人の死体を見た。
斬った首の一つがしゃべり出した。
「くそ……。きさまら……。なんでわかった……?」
ウィリアが答えた。
「違和感は最初からありました。確信したのは、魔素の匂いです。昼間は拡散を抑えていたようですが、夜になると村中から魔素を感じました。そしてこの魔素は普通の魔物でもなく、人間の魔法使いでもありません。……あなた達は魔界から来た者。『真魔』ですね?」
「わかったか……。ちくしょう。せっかくこの体なじんだと思ったのに……。しかたねえ……!」
村人の死体から、半透明で淡く光る、不定型なものが立ちのぼってきた。それは三つの塊になった。
「その体、よこせ!」
光の塊はウィリアを襲った。
ウィリアは飛び上がり攻撃をよけ、同時に剣で塊を斬っていた。しかし、塊に傷はつかなかった。
「へっ! 剣が効くかよ!」
ウィリアは塊に向き直ると、剣に念を込めた。
「はああっ……!」
剣を振るう。炎の魔法剣が三つの塊に向かった。
三つのうち、二つは魔法剣の威力を食らって四散した。
淡い赤色に光る一つだけが残った。
「へ……へへ……効かねえよ! ああ、炎属性でよかった」
背後にいたジェンが、ウィリアの剣に風魔法を巻き付けた。
「やっ!!」
風の魔法剣を発した。赤い塊が四散して消えた。
ジェンは窓を開けた。
すぐ外に二人の村人が立っていた。内部の様子を伺っていたらしい。
仲間がやられたのを察して、村人は逃げだした。
ウィリアが背後から魔法剣を振った。二人は斬られた。
半透明の塊が体から空中に出て行った。
「何事だ!?」
騒がしさに気づいて、村長が出てきた。
「ちょ、長老さまあ……」
不定型な輝きが長老に語りかけた。
「お、おまえ、その姿は……。人間の肉体はどうした!」
「斬られちゃいました。宿の女剣士に」
「バカモン! 手を出すなと言っただろう!」
「す、すいません。それでそいつ、魔法剣も使います。この体でも危な……ギャッ!」
不定型なものは四散した。
村長の前に、女剣士が現れた。後から仲間の薬屋もついてきている。
女剣士が村長に語りかけた。
「村長さま……」
「……」
「詳しいことをお聞かせください。なぜ、この村の人々に、『真魔』が取りついているのですか」
「……」
「昼のうちは魔素の放出を抑えていたようですが、夜になると感じました。あなたがた『真魔』は、単独では太陽の光に耐えられず、依代としての人間の体が必要ということでしょうか」
「……」
「あなたがたは黒水晶……いえ、黒水晶に取りついている魔の眷属で、人間を依代とするためこの村で実験を行った。そういうことでしょうか」
村長は顔を下げた。かすかな笑い声を発した。
「く、くくく……」
その声はだんだん大きくなり、哄笑となった。
「わっはははははは。はははは! いや、旅のお方、あなたは聡明なようだ。何もかも、おっしゃる通りですよ! ですが、それほど知られてしまっては、生きて返すわけにはいきませんね!」
村長の容貌が変化して、はっきり魔の顔になった。
ウィリアは村長に魔法剣を振った。
だが村長は、極度の素早さで飛び上がり、魔法剣の威力をよけた。ウィリアの頭上を飛び越え、口から液体を吐きかけてきた。
「うっ!」
毒しぶきがかかる。ウィリアの体が痙攣した。
「ウィリア!」
ジェンが解毒の魔法を放った。
「ふう……。ありがとうございます」
村長はジェンにも毒液を吐きかけた。しかしジェンは防壁で防いだ。
ウィリアとジェンは鏡心の術を使った。
村長が動く。だが、二人も高速で動く。
「ぐ……」
条件が同じなら村長よりも二人の方が速い。ウィリアが村長に追いつく。
また毒液を吐いてきた。
だがこんどは、ウィリアも霊気防御で防いだ。
「魔法剣!」
ウィリアが炎の剣を振るった。村長の体は斜めに切断され、倒れた。
だが本体までは倒せていなかった。体から半透明の光が立ちのぼり、村の夜空に広がった。
〈くそ……。だが、こいつらを逃がすわけにはいかぬ……。皆の者、集まれ! 人間の体を捨てて、わしと合流せよ!〉
村の家々から、それぞれ半透明の光が登ってきた。それは村長の光と融合し、大きな塊となった。
その塊は、村の広場に降りてきて、形を取った。
白く光る怪物になった。背中に四本の腕が付いている奇怪なガマガエルのようだった。
怪物は二人に向き合った。
〈死ね!〉
口から暗黒の塊を放った。闇のエネルギーのようだ。ウィリアとジェンの体が跳ね飛ばされた。
だが二人は立ち上がった。防壁で肉体を守り、それほどのダメージを受けていなかった。
〈この……〉
背中から生えた腕で殴りつけようとするが、ウィリアの動きは素早く、それが当たることはなかった。
ウィリアは怪物と対峙した。
「ひとつ聞かせてください。なぜ、魔界から人間界へ来たのですか?」
〈なぜ来たって? 引っ越してきただけだ!〉
怪物は毒液を吐いた。
ウィリアとジェンは防壁を作って毒を遮る。二人はすでに防壁を自由に操れるようになっていた。
ウィリアは剣に念を込めた。炎の魔力が剣の周囲に渦巻く。
ジェンはその剣に、さらに風の魔法をまとわせた。
魔力が剣の周囲で増幅する。
「やっ!!」
ウィリアが剣を振るった。
それは怪物を正面から斬った。怪物の体は左右に分かれた。
別れた体が分解し、やがて、光が消えていった。
ウィリアとジェンは少し離れて怪物の分解を見ていた。大量の魔素が放出される。
ややしばらくして、怪物は完全に分解された。残った魔素も風が吹きとばしていった。
遠くの山際が明るくなり始めた。
「夜明けのようですね」
明るくなってから、ウィリアとジェンは村の中を見て回った。
死体ばかりだった。
腐敗してはいないが、死んでかなり経っているような、奇妙な状態だった。
一部のものは、指の先端から、ぼろぼろと粉末状に分解してきていた。
「埋葬してあげたいですが……」
「この数では無理だな……」
二人は、亡くなった村人たちにお祈りをし、村を後にした。
一連の様子を、遠くから見ている者がいた。
魔女の住む森。
森の魔女ホーミーは、水晶玉を通じて、ウィリアとジェンの様子を見ていた。ジーマ村に二人が泊まり、襲撃者を撃退したこと。村人全員が死者で、真魔に取りつかれていたことを見た。召使い兼助手であるドワーフのクラインも水晶玉を覗いていた。
「……」
様子を見て、ホーミーは難しい顔をした。
クラインが言った。
「これはどうも、容易ならざる事態のようですな」
「ああ」
ホーミーは腕を組んで考え込んだ。
「人間同士の争いには口を挟まない、それが先代からの教えだ。黒水晶のこともこちらから関わる気はなかった。でも、そう言ってもいられないようだね」
森の魔女ホーミーは椅子から立ち上がった。
「クラ、ちょっと行ってくるよ」
「どちらへ?」