ジーマ村(1)
女剣士ウィリアと、治癒師ジェン。二人は街道を北に歩いている。
ウィリアは伯爵公女だった。何不自由ない生活をしていたが、黒水晶の面頬の剣士に父を殺され、自らは犯された。復讐のために領国を出奔し、修行の旅を続けている。
治癒師ジェンもまた、伯爵家の人間だった。事故により親友を死なせてしまい、武人の道を捨てて治癒師となった。一年ほど前からウィリアと行動を共にしている。
ウィリアの仇である黒水晶の剣士はあまりにも強く、王国さえも対処する方法を見いだしてはいない。ジェンの師匠である魔女ホーミーは二人に「三人の人物から教えを受けろ」との占いを示した。
二人はその三人目、魔道士ランファリを探して、北部の街へ向かっている。
小さな宿場町。夕食時、食道に客が揃ったところで、宿屋の女将が言った。
「あの、北に行くみなさん、ジーマ村に泊まろうと思ってる人多いだろうけど、行っちゃだめですよ。あそこは滅びました」
何割かの客には初耳だったようだ。ウィリアとジェンもそうだ。
「滅んだ?」
客の一人が聞いた。
「そう。魔物の軍団があそこを滅ぼしたって。どうも噂の『黒水晶』の一味じゃないかって」
「だけどウワサでは、黒水晶が暴れるのは、有力な領国とか、教会とかでしょ。あんなちっぽけな村で、なんでまた」
「わかんないねえ。とにかくもう生き残りはいないらしくて」
「あそこに泊まれなきゃ困るよ。次はけっこう遠いし」
「野宿するぐらいだねえ。準備していきなよ」
ウィリアとジェンは顔を見合わせて、小声で話した。
「……黒水晶に滅ぼされた村、ですか」
「……調べてみるか」
食後、ウィリアは女将に訊ねてみた。
「すみません。先ほどの話ですが、滅びたというのは、具体的にどういう……」
「あたしもよく知らないんだけどね。一人だけ逃げてきた人がいるのよ。詳しいことを知りたかったら、聞いてみたら?」
二人は女将に居場所を聞いて、逃げてきたという人の所に向かった。もう夜になっていた。
一軒家をノックする。
「は……はい……。どなたでしょう?」
中からおびえたような声が聞こえてきた。
「宿の女将さんから紹介されてやってきました。ジーマ村の事件を目撃されたとか。よろしければ、お話を聞かせていただけないでしょうか」
中から若い男が出てきた。
「ジーマ村の話ですか……?」
「はい。詳しいことをお聞かせいただければ」
男は頭をかきむしって頭を振った。
「いやだ。いやだ。あんな悲惨なことは思い出したくない」
「あ……でも……」
「いやだ。いやだ。三十ギーンぐらいもらえなければ、いやだ」
「……」
ウィリアは三十ギーン取り出して、男に与えた。
「……お入りください」
男は二人を小さな家に迎え入れた。
「……僕はあの村に住んでいたのです。父も母も少し前に亡くなって、一人で猟師をやってたのですが……。二ヶ月ほど前のある晩、黒い鎧を着た軍団がやってきました」
「黒い鎧……」
「黒い革鎧でした。着ていた兵士はどれも奇妙で、背中が丸くて、顔が上下につぶれたように短くて、目が飛び出ていて、口が左右にやたらと大きいやつらでした。噂になっている『変化兵』だと思いました。
村戦士もいない村です。戦えるわけがありません。それぞれの家の中に逃げ込むぐらいでした。
軍団は、村の者には手を出さず、中央の広場に進んできました。
僕の家は広場の近くで、窓の隙間から様子が見えました。中に一人だけ服装の違う者がいました。
魔法使いか錬金術師風の、ローブを着た老人でした。ちらりと見ただけですが、頭ははげていて、鼻が奇妙に大きかったのを覚えています。
それが、ビンを取り出して、内部の液体を周囲に撒き始めました。
毒だ、と思いました。毒よけのお守りがたまたま家にあり、それを握りしめて、体を小さくしていました。
そのうち朝になりました。外を見るとやつらはいませんでした。
僕は村の中を調べました。
静かでした。
ほとんどの家のカギがかかっていましたが、かかっていない家に入ってみると、住人が死んでいました。体中が青痣のように紫色となって、呼吸をしていませんでした。
できる限りの確認はしましたが、生きている人はいませんでした。毒よけを持っていなければ、僕も死んでいたに違いありません。
走ってこの村に来て、事情を駐在の軍人に報告しました。
その後、軍人は村の全滅を確認したようです。
僕自身は、この家に軟禁されました。毒ではなく疫病であるかもしれず、危険だということで。しかし、一ヶ月が過ぎて何もなかったので、軟禁は解かれました。
いまは、ここに住んだまま、生活を取り戻そうとしているところです」
「村に、毒はもう残っていないでしょうか」
「残っていないと思います。調査した軍人はなんともなかったらしいので」
「ありがとうございました」
ウィリアとジェンは席を立った。男はどんよりとうなだれていた。思い出したくないというのは本当のようだが、経験を話すことで生活の足しにしているらしかった。
翌朝、二人は出発した。街道を北に進む。
ジーマ村は街道から少し離れた所にある。午後になって、ジーマ村への分岐点に着いた。
「行ってみましょう」
「気をつけよう。なにか残っているかもしれない」
二人は村へ向かった。
村の周囲、畑が広がっている。
「おや?」
何人か、耕している人がいる。
「生き残りはいないと言ってましたが……?」
ウィリアは畑にいる人を見た。そちらもウィリア達の方を一瞬見たが、すぐ目線をそらし作業に戻った。
村の門をくぐった。
人がいた。
大人たちが立ち話をしていた。人家の横では女が洗濯物を干していた。子供たちが駆け回っていた。
「……?」
「……?」
村の中央に広場がある。広場の近くで、家が一軒解体されていた。
「ほら、その材木そっちに運んで……」
作業を指示している老人がいる。
二人はそれを少しの間見ていた。老人が振り返った。
「おや、旅のお方ですか。私はここの村長です。ようこそジーマ村へ」
「あ、お世話になります。これは、家を解体しているのですか?」
「ええ。ここに住んでいた猟師が行方不明になりましてな。魔物にさらわれたという噂です。気味が悪いので取り壊そうということになりまして」
ウィリアは村人たちをじっと見た。
血色は良さそうだが、よく見ると、肌に何かある。ところどころに、紫がかったうすい痣が見える。
思い切って聞いてみた。
「あの、この村は、二ヶ月ほど前に大変なことがあったと聞いたのですが」
「ああ、それをご存じですか。たしかに二ヶ月ほど前、魔物の軍団がやってきて、毒を撒くという事件がありました」
「ご無事だったのですか?」
「その撒いた毒が、人々を数日間、仮死状態に陥らせるというものだったらしいのです。事件から数日後、村人は目を覚ましました。たぶん、魔物か魔法使いが、村を使って薬の実験をしたのではないかと考えています。さいわい死んだ者はおりませんでした。一人の猟師が行方不明になりましたが」
二人は宿屋に向かった。ごつい顔つきの主人がいた。
「いらっしゃい。旅のお方」
「二人用の部屋をひとつ……」
「わかりました。夕食は五時以降になりますが」
「野宿を想定して食料を持ってきたので、食事はなしでお願いします」
「そうですか? 名物のジビエ料理があるのですが、残念ですね。ではごゆっくり」
夜になった。闇が村を包む。
広場近くの村長の家に、村の人々が集まってきていた。
それぞれ挨拶をすることもなく、静かにやってくる。
村長の家は村人で一杯になった。
部屋の一方に、村長が立った。
「皆の者、ごくろうだった……」
部屋中の村民に語りかけた。
「今日で、実験開始から二ヶ月が過ぎた……。道師様にも連絡をしたが、危険期間はもう過ぎたそうだ。成功だ。我々は、ずっと、この地上で過ごしていけるのだ……!」
村人の顔が明るくなった。静かな歓声が上がった。
「よかった……」
「これで、心配はなくなる……!」
村長が言った。
「陛下もお喜びだということだ。めでたいことだ。だがしばらく我々は、この体を使う練習を続けよう。今まで通りの活動をしてくれ。では解散……」
「長老さま」
村人の一人が手を上げ、村長を長老さまと呼んだ。
「なんだ?」
「成功を祝って、お祝いをしませんか?」
「お祝い? 何をして?」
「ひさしぶりに、宿に人間が来てるでしょう。あれ、みんなで、食っちゃいましょうよ」
村人たちがざわついた。
「いかん!」
村長は厳しく言った。
「なぜですか?」
「わからんのか。あの二人はどうやら強い。只者ではない。気づかないうちに、出てってもらうのだ。手を出すではない。では、解散」
村人たちは静かに村長の家から出て行った。
ほとんどは家に戻ったが、数人が近くに屯していた。その中には先ほど手を上げた村人と、ごつい感じの宿屋の主人がいた。
「長老さまはああ言ったけど、人間ぐらい食ってもいいよな」
「だな。強くったって結局は人間だ」
「……行くか」
「お前の宿だな。やっちゃおうよ」
「あの肉はかなり生命力があるぞ……」
「生命力もだが、薬屋の方はけっこうな荷物を持ってたし、剣士の鎧と剣は上等そうだ。売れば、かなりの金になるぞ」
「おまえ、人間の金なんか欲しいのかよ」
「あれば便利だし……。それと、この体に入ってから、なんだか欲しくなってきたんだよ。以前はそんなことなかったんだけど……」
「依代なんかに影響されるんじゃねえよ。ところで、男の方は食うとしても、女の方はつかまえて少し閉じ込めておかないか?」
「なんで?」
「あの女、なんか、犯したくなっちゃって……」
「おまえ人間の女なんか犯したいのかよ」
「いや、この体に入ってから、どうも……」
「おまえだって依代に影響されてるじゃねえか。しょうがねえな。でも気持ちはわかる。よし。女の方は閉じ込めて、犯し飽きてから食おう」
「そうしよう」
数人の村人が、ウィリアとジェンが眠る宿に向かった。