森林地帯(7)
ウィリアとジェンはミネラ教会へ急いだ。
惨劇の後だった。敷地内では僧侶が無残に斬られ、倒れていた。ジェンはそれらを調べたが、蘇生できる者はいなかった。
教会の御神体、巨大な聖なる岩が安置されている堂に入った。
聖なる岩は無残に破壊されていた。何人かの老僧侶が死んでいた。
岩のすぐ前に、少年がいた。
「リョウ君!」
ウィリアがかけよった。
魔法使い姿の少年が死んでいる。ローブの上から、胸を深く斬られていた。
「ジェンさん、蘇生を!」
ウィリアはすがるような目でジェンを見た。ジェンは少年の死体に触れ、蘇生魔法をかけてみた。
「……だめだ」
蘇生できる時間を過ぎていた。
「リョウ君……!」
ウィリアは少年の亡骸を抱きしめた。
まだあどけなさの残る顔だった。斬られて死んだのに、それは不思議と清々しい表情をしていた。
右手には短剣を持っていた。ウィリアが渡した剣である。魔法が効かず、最後の抵抗に使ったのだろうか。
ジェンは僧侶たちも調べてみたが、やはり蘇生はできなかった。
そのとき、堂の中に数人が入ってきた。
ウィリアとジェンはそちらを見た。入ってきた者たちも驚いた表情で二人を見た。
年長の者が言った。
「そなたたち、ここで何をしている」
リョウを抱きかかえたまま、ウィリアが言った。
「旅の者です。あなた方は?」
「王国魔法省の要請で、遺体の収容と調査に来た」
「王国魔法省……?」
ウィリアは睨んだ。
「ひっ……」
彼らが後ずさりするほど、鋭い睨みだった。
ウィリアは視線をリョウに戻し、床に横たえた。
「手厚く、弔ってください……」
ウィリアとジェンは堂から出ようとした。調査員が呼び止めた。
「あ、あの、話を……」
ジェンが調査員を睨んで言った。
「われわれはただの旅の者で、この悲劇には無関係です。わかっているでしょう。黒水晶の仕業です。では失礼」
二人は教会を出て行った。
王国の首都エンティ。中央にある王城。
広大な敷地の一角には、魔法使いを束ねる部署がある。
魔法大臣アリストルを頂点に、多くの魔法使いが軍事、行政、研究などに関わっている。エンティス王国が強力なのも、その一端は魔法使いの力であると言われている。
魔法省の奥深く、秘密の会議室がある。
魔法大臣アリストルを中心とし、十数人の魔法使いが集められていた。
黒いカーテンで光は遮られている。壁の一部に白い布がかけられ、水晶玉に映った映像をそこに投射していた。
見ていたのはミネラ教会の惨劇だった。
黒水晶が襲撃する可能性が高いとわかっていた。壁や小動物などに細工して、王城で映像を見られるようにしておいたのだ。
映像は黒水晶の姿をとらえていた。
ミネラ教会での虐殺、そして教会を出て女剣士と戦い、黒い円の中に消えるまでの動きが映っていた。
その結果、黒水晶は速いだけではなく、魔法防御の能力や、魔法の実力も驚異的だということがわかった。
見ていたアリストルが口を開いた。
「皆の者、ご苦労だった。残念ながらミネラ教会は壊滅したが、貴重な資料が得られた。奴には魔法は効かない。空間を作り出し、すべて吸い取ってしまうと。我々は、対抗する手段を探さなければならない。それぞれの部署で検討してくれ。では、解散」
映像を見ていた魔法使いの中に、リョウの師匠であったウルラもいた。
「うっ、うっ、うっ……。おおお……!」
卓に突っ伏して慟哭した。
魔法大臣アリストルは、それを横目で見ながら大臣室に戻った。
「リョウ君には、すまなかった。わしも近いうちにあの世に行くので、そのとき謝らせてもらおう……」
付き従っていた副大臣が言った。
「何をおっしゃいますか。アリストル様にもしものことがあれば、魔法省だけではなく王国はおしまいです」
「わし程度がいなくなっても困ることはあるまい。大事なのは未来だ。黒水晶を残していくわけにはいかぬ。命に代えても倒さねば……」
「それは私たちも同じ思いです。ですが、あの能力に、どうやれば対抗できるでしょうか」
「空間生成……。いくつかの文書に記述はあるが、実現できる者はいなかったな……。ところで、ランファリ様はまだ見つかってなかったな」
「大魔道士ランファリ……。ええ。何回か調べましたが、隠蔽の魔法を使っているらしく、わかりませんでした」
「あの先生も難しいお人だからな。もう一度、占ってみるか」
「ランファリ様と空間生成に関係が?」
「以前、ちょっとだけ研究内容を伺ったことがある。詳しいことは教えてくれなかったが。それに関連することを言っていた。教えを受けることができれば、なにかのヒントになるかもしれん」
「そうですか。ところで、最後に戦った女剣士は、ゼナガルドを出奔した公女ウィリア・フォルティスのようです。ゼナガルドに伝えますか?」
「いまは一領国の都合を考えてる場合ではない。そのままにしておけ」
「わかりました。あと、今日の結果は魔法省以外は秘密にするとのことですが、参謀部にも提供しないでいいんですか?」
「知っている者が多ければ、情報が漏れやすくなる。知らせんでいい」
「もしかして、情報を漏らしているのが、参謀本部とお考えですか?」
「いや……。そういうわけではない。一般論だ」
「そうか……。そんなことが……」
道すがら、ウィリアはジェンに事情を説明した。
リョウ少年に出会ったこと。黒水晶と戦い死ぬつもりだと聞いたこと。計略で閉じ込められたことを語った。
「それで、ジェンさんはなぜ来てくれたのですか?」
「宿で作業をしていると、教会の方からただならぬ気の乱れを感じた。そちらへ向かったがその途中、また別の場所から気の乱れを感じた。まちがいなく、君の気だと思った」
ウィリアはうつむいた。
「わたしがおとなしくしていれば……。黒水晶に出会わなければ……。ジェンさんはそのまま教会に行って、蘇生が間に合ったかもしれないのですね……」
ジェンは上を向いた。
「正直、教会では多数の死者が出ているだろうと思った。だけど、君が危ないと思うと、そちらに向かわない選択は考えられなかった。知らない多数の命より、親しい一つの命を優先したんだ。僕の罪だ……」
「ジェンさんが悪く思うことはありません」
「いや。客観的には、これは悪なのだろう。死ねば、地獄に堕ちるだろうな」
ウィリアはジェンの顔を覗き込んだ。
「それで地獄に堕ちるなら、わたしも付き合います」
「わかった。死んだら、同じ所に行こうな」
二人はランゲカールの宿屋「ボウフラ亭」に着いた。亭主が新聞を読んでいた。
「あ、お客さん、お帰りなさい」
「ご主人、この人が前に言った連れの剣士だ。一部屋おねがい」
「あいよ。それと、あんたに手紙が来てるよ」
「手紙?」
亭主は封書を取り出した。
ウィリアが出した手紙だ。
「あっ!!」
亭主がジェンに渡した手紙を、ウィリアは強引にひったくった。
「え? どうしたの?」
「こ、これは、わたしが出した手紙です。来ることができないかもしれないと思ったのです。来られたのだから、見る必要はないんです!」
「へえ……。でも、見たっていいだろ。なんて書いたの? 見せてよ」
「絶対、ダメです!!」
暗い空間。
黒水晶の剣士は玉座に座り、コウモリの魔物から報告を聞いていた。
「なるほど……。ウィリアと一緒にいたあの男、シシアスの息子か……。ということは、俺の敵だな。わかった。次に会ったら殺しておこう」