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森林地帯(6)

 ウィリアは、魔法で作られたオレンジ色の壁の中にいた。

 どんなに叩いても壊れそうになかった。手が痛くなるだけだった。

 壁の外に剣がある。

「あれがあれば……」

 魔法剣を使えれば、魔法で作られたこの壁も破れるかもしれない。リョウ少年はそれも見越して、ウィリアと剣を引き離したのだろう。

 魔法壁で作られた部屋は、一面を除いて小屋の壁や床と同化していた。家具もその中にあるので、しばらくは生活していけそうだ。

 だが生活している場合ではない。一日以内に、ミネラ教会に黒水晶が現れる。そこでは虐殺が行われるはずである。

 葛藤はあった。

 行けばおそらく、死ぬ。リョウがここに閉じ込めたのは、ウィリアを死なせないためである。

 急に雨が降ったのは天気雨ではなくリョウの水魔法だ。おそらく透視で小屋があるのを調べて、ちょうどよく降らしたのだろう。

 ウィリアも死にたくはない。ここに留まれば死ななくて済む。そう考えなくもなかった。

 しかしそれは卑怯だとの思いは消せなかった。

「行かなければ……」

 壁の向こうにある剣を凝視する。

「念動力……!」

 剣を動かそうとしたが、できなかった。

「ああ、わたしに念動力はないんだった……」

 ジェンは、その剣には魂が宿っているかもしれないと言ってたが、魂が宿っているからって動いてくれるわけでもないようだ。

 使えるものがないか探した。

 戸棚の中にフルーツナイフがあった。

「魔法剣!」

 フルーツナイフに力を込めて、魔法壁に向かい振り下ろした。

 威力が壁に当たった。

 傷つけることはできたが、壁には修復能力があるらしく、傷はすぐ無くなった。さらにフルーツナイフが折れてだめになってしまった。

「ああ……」




 なにもできないうちに一晩が過ぎた。

 フルーツナイフは折れてしまった。ステーキナイフがあったので、力の入れ具合を工夫して何回かやってみたが、壁を破るにはまったく力不足だった。

 ウィリアは疲れ切って、いつの間にか家具にもたれて眠っていた。

 窓の隙間から朝日が差してくる。顔に当たり目を覚ました。

「あ、朝……」

 黒水晶は、今日の午前中に現れるという。

 もう一回、魔法の壁を叩いてみるが、やはりびくともしない。

 ウィリアの剣は壁の向こうにある。

 できることは試してみたが、どうしようもない。時間だけが過ぎていく。

 陽射しの角度が高くなった。

「時間が経ってしまう……」

 突然、壁が消滅した。ウィリアを閉じ込めていた半透明でオレンジ色の壁が無くなった。

「!」

 リョウ少年が言った言葉を思い出した。


「この壁は壊せません。解除するか、僕が死ぬまで、このままです」


「まさか……」

 ウィリアは鎧を着て剣を取り、小屋から駆けだした。

「いや……。勝って解除したのかも……。リョウ君……!」




 教会までは遠くない。森の中の道、ウィリアは走った。

 森の出口近くに小山がある。岩が張り出して曲がり道になっている。そこを曲がれば森から抜け、教会が見えるはずだ。

 ウィリアは曲がり道を抜けた。

「……!」

 足が止まった。

 そこに男がいた。

 黒鉄の鎧をまとった剣士。

 顔の部分は黒水晶の面頬で覆われていた。

 黒水晶。

 見間違えようもない。父を殺し、ウィリアを犯し、王国中で殺戮を行っている不倶戴天の敵。

 黒水晶も、走ってきたウィリアに目を止めた。

 黒水晶は岩に向かって立っていた。そして彼の正面には、なにかわからない黒い円があった。岩の表面に黒く丸い穴が空いているようだが、微妙に岩の表面から位置がずれているようにも見えた。

 黒水晶は、黒い円に手を伸ばしていたが、その手を引っ込めた。

 黒い円は小さくなって消えた。

 ウィリアを見た。

「これは驚いた。フォルティスの娘か」

 ウィリアの全身に恐怖が走った。

 奴は、強い。

 しかし、戦うほかはない。

 剣を抜いた。

 笑みを浮かべながら、黒水晶もまた剣を抜いた。

「ふ……」

 間合いはかなりある。

 黒水晶が駆けだしてきた。人間とは思えない速さだ。

「……鏡心の術!」

 ウィリアは集中し、黒水晶と同調を試みた。

 鏡心の術が働き、ウィリアの動作も高速化された。黒水晶が走ってくる。速いが、対応可能な速さになっていた。

 黒水晶がウィリアに斬りかかった。

 剣で、その攻撃を受ける。

 体を離し間合いを取った。

「……!」

 黒水晶が意外な顔をした。

「おまえも高速化の術を? なるほど。さっきの僧侶たちも似たようなことをしていたが……。おまえらも、いろいろ考えてはいるということか」

 まるで面白がっているような口調だった。

 ウィリアには面白がる余裕はなかった。剣に念を込めた。

 炎の魔力が剣にまとわりつく。

 魔力を可能な限り増幅する。

「やーっ!」

 渾身の力を込めて、黒水晶に魔法剣を放った。

 魔法剣の威力が黒水晶に向かう。だが、奴はまだ余裕の様子をしていた。

 手を前に出した。

 黒水晶の前方に、黒い円が現れた。

 それは深い穴のように、ウィリアの放った魔法剣の威力を吸い取って、消えた。

「あ……」

 もう一度魔法剣を振るう。

 黒水晶はまた、黒い円を作り出した。そしてその中に威力を吸い取らせた。

「ああ……」

 まったく効かなかった。

 黒水晶に魔法は効かない。その意味を、ウィリアは理解した。

 前回、ウィリアの魔法剣が奴の指を落としたのは、完全に油断していたからだった。油断していなければ、すべての攻撃を無効化することができるのだ。

 黒水晶は、数歩ウィリアに近づいた。

「フォルティスの娘よ……」

「……わたしは、ウィリアと言います」

「そうか。ウィリア……。お前には驚かされる。犯されて、向かってきた女はお前だけだ。俺に四度会った人間も、傷をつけた人間も、世界でお前一人だ。俺を倒すために魔法剣や、高速化の術を身につけたか。見上げたものだ。自らを誇るがいい」

「……」

「だがな……」

 黒水晶は縦に剣を振った。

 剣から、黒い炎が刃となって飛んできた。

 魔法剣である。それはウィリアの右腕を切断した。

「うっ……!」

 剣を持った腕が地面に落ちた。

「俺の強さが、速いだけと思ったんじゃないだろうな。お前ができる程度のことは俺にもできるのだ。魔法剣だけではない。何なら魔法で焼き尽くすこともできる。闇の炎で……」

 ウィリアは黒水晶を睨んだ。

 左腕で剣を拾った。魔法剣を放とうと思った。

 だが、黒水晶の方が速かった。また魔法剣を放って、ウィリアの左腕も切り落とした。

「あうっ……!!」

 両腕が落ちた。

 もはや勝ち目はない。

 死ぬのだと思った。

 ウィリアは腕を失いながら両足で立っていた。黒水晶を睨んだ。

 黒水晶は剣を手に、ゆっくり近づいてきた。

「おまえはよくやった。褒美をやろう。死ぬ前に好きなことを言わせてやる。言いたいことがあるか?」

 ウィリアは黒水晶をまっすぐ見ながら言った。

「……亡国の王子よ……」

 黒水晶の表情がわずかに引きつったような気がした。

「わたしが使った技は高速化ではありません。鏡心の術です……。あなたの心と重なったとき……悲しみが押し寄せてきました……。

 あまりにも巨大な、悲しみ……。わたしがあなたの立場なら、同じことをしたかもしれません……。

 ですが……殺戮を続けるあなたを、許すわけにはいきません……。きっと……倒します。わたしは死んでも……糧となり……誰かがきっと……」

「くだらないことを、言うもんだな」

 黒水晶はウィリアの前に立った。

「それだけか?」

「言いたいことは言いました。どうぞ」

 黒水晶は剣を構えた。

 ウィリアは遠くを見た。

 わずかの時間が流れた。

「ウィリア……」

 黒水晶が口を開いた。

「?」

「お前、魔にならないか?」

「え?」

「魔となり、俺たちの仲間となるのだ。ここで肉塊となるより、その方がよくはないか。魔となれば、人間よりはるかに生きることができる。欲望もかなえることができる。その腕も治してやる。悪い話じゃないだろう。どうだ?」

「……あなたも、くだらないことを言うものですね。答えは、いいえです。魔となって生き延びるのと、ここで死ぬのと、比べるまでもありません」

「命を落としてもか」

「ええ」

「わかった。希望通りにしてやる」

 黒水晶は、剣を握った腕を上げた。

 そのときだった。

 北の方から、人の気配がした。

「む?」

 旅人姿の男が、道を走って来ている。

「ウィリアーっ!」

 それはジェンだった。

「あっ!!」

 ウィリアの目が丸くなった

 黒水晶もそちらを見た。

「おまえの仲間か?」

 ウィリアは声を張り上げた。

「来ちゃだめーっ!!」

 両腕のないウィリアは体を支えることができず、その場に膝をついた。

 黒水晶は走ってくるジェンの方向を見た。手を付きだし、魔法を放った。黒い炎。闇魔法だった。

 ジェンは足を止め、とっさに防壁を張った。間一髪、闇魔法の直撃を逃れた。

「ほう……」

 黒水晶はジェンの方へ風のように走った。

 ジェンはそれに気づいた。次の瞬間、ジェンも高速で移動した。鏡心の術だ。攻撃をかわし、間合いを取る。

 少し距離を取ったジェンに向かい、黒水晶は手のひらを向けた。

 ジェンの動きが止まった。

「うっ……!」

 麻痺の術だ。

 だが、ジェンは麻痺の術を無効化した。

「術を無効化した? きさま、何者だ?」

 黒水晶は剣を構え、ジェンを見た。

 ジェンは身構えた。

 わずかの時間、二人はにらみ合った。

 しかし、次の瞬間、黒水晶に異変が起きた。

「……ぐ」

 動きが鈍くなった。

 黒水晶は、前にいるジェンと、背後にいるウィリアを交互に見た。

「つくづく、運のいいやつだ……」

 そう言って、岩のところへ走った。手を付きだして黒い円を作り出すと、彼自身がその円に入った。

 円は小さくなって、消えていった。

 ジェンはウィリアに駆けよった。

「ウィリア!」

 両腕を失ったウィリアを見て、ジェンは治癒魔法を発動した。地面に転がった腕が浮き上がり、体にくっついた。

「ジェンさん……!」




 暗い空間の中。

 黒水晶は玉座に座っていた。

 声が聞こえてきた。自らの体の中から聞こえる声だ。

親友ともよ……〉

「……」

〈なぜ遊ぶ? あの女は殺すと言っただろう……〉

「すまない。もう少し時間があると思ったんだ」

〈お前はどうも……あの女を殺したくないのではないか……? 惚れたか?〉

「そんなんじゃねえよ」

〈では、なぜだ〉

「あいつは、俺と四回会った唯一の人間だ。珍しいものは惜しくてな……。子供の頃、変わった色の石を見つけると、捨てるのがもったいなくなったのと同じだ。まてよ。こう言ってわかるかな。魔界に石はあるか?」

〈石くらい魔界にもあるが、その感覚はわからんな……。まあ、とにかく、次に会ったら殺すのだ。それと、勝手に魔に引き入れようとするな。あの手の魂に取りつくのは、かなり難しい……〉

「ああ、悪かった。ところであの男、ウィリアの仲間らしいが、ただの魔法使いではなさそうだな。何者だ……?」



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