森林地帯(5)
一緒に死ぬという言葉を聞いて、リョウ少年は驚いた。
「そんな! だめですよ! ウィリアさんはランファリ様に会うんじゃないですか!」
「それは仲間に託します」
「いや、それでもだめですよ! 一体、なぜ!?」
ウィリアは真剣な表情になった。
「わたしは、頑なな性格のようです。自らの倫理観に従って生きたいと思っていました。
その倫理観にはいくつも偏見が含まれていました。旅をすることで、見直した部分もあります。
でも、卑怯者でありたくないという思いを変えることはできません。あなたと同行し、死にに行くと知りながら離れるのは、卑怯だと思います。
昨夜、悩みました。黒水晶と戦うにしても、ランファリ様に会ってからの方がいいのではないかと。しかし、その道を選ぶことはできません。あなたと一緒に、命をかけて黒水晶と戦います」
「そんな……。そんな……。そんなことを求めたわけではないんです。来ちゃだめです。ウィリアさん、街でお仲間が待ってるじゃないですか」
「彼には手紙を書きました。宿に届くと思います」
ウィリアは昨夜、ジェンに手紙を書いた。
リョウ少年との出会いのこと、彼の運命を知ったことを、詳しく書いた。
ジェンに届けられる最後の言葉だと思った。
……なので、わたしはリョウ君と一緒に、戦うつもりです。
高速化できたとしても、黒水晶の剣技は圧倒的です。魔法が効かなければ、勝つことはできないでしょう。
そのときは、死ぬのだと思います。
ジェンさん、一緒に旅をしてくれてありがとうございました。
何度も助けてくださいました。あなたがいなければ、わたしはすでに死んでいたと思います。
せっかく救われた命を捨て、先に死ぬことをお許しください。
勝手なお願いではありますが、できればランファリ様に会って教えを請い、黒水晶討伐のためその教えを、王城に伝えていただければと思います。
ジェンさん、わたしはいつも面倒なことばかり言っていました。そんなわたしに寄り添ってくれて、感謝しています。
あなたに会えてよかった。あなたとの旅は、楽しい時間でした。
できればずっと、あなたと旅をしたかった。一生でも。
どうか、長生きしてください。領国へ戻ることをお奨めしますが、無理にとは言いません。信じた道をお進みください。
さようなら、ジェンさん。
あなたの友人 ウィリアより
涙があふれるのが自分でわかった。しかし泣けば自分が崩れてしまいそうだった。流す涙は、左右一滴にとどめた。
「……」
リョウ少年はウィリアの様子を伺っていた。
口の中で、なにか術式を唱えた。
すると少年の姿が消えた。隠蔽の魔法を使ったらしい。
「あ、リョウ君!」
姿を消して逃げるようだ。
ウィリアは精神を集中した。
「……鏡心の術」
リョウの心に同調した。ウィリアにも隠蔽の魔法がかかる。
隠蔽された者同士は見ることができる。少し前にリョウが走っていた。追いかける。すぐ追いついた。
「あっ……」
「逃げてもだめですよ。それに、教会の位置はわかっています。先回りするだけです」
「……そうですね」
少年はあきらめて、ウィリアと一緒に歩いた。
うつむいている。
「考えれば……。いや、考えなくても……言うべきではありませんでした。僕の中に、誰かに聞いてほしいとの思いがあったようです。それに勝てませんでした。ウィリアさん、あなたを巻き込みたくはない……」
「リョウ君、辛い思いをさせるのは申し訳なく思っています。ですが、わたしは魔法剣を使います。剣が有効な場合には、黒水晶との戦いに役に立つかもしれません。一緒に戦ってください」
「はい……」
二人は道を進んだ。
道は森の中を通り、ランゲカールの街へつながっている。その途中にミネラ教会がある。
あとわずかで、教会に着く距離になった。
リョウ少年はウィリアの少し後を歩いていた。
少年はそっと、手のひらを上空に向けた。
ウィリアがその動きに気づくことはなかった。
空は晴れている。
しかし、ウィリアの鼻に冷たいものが当たった。
「え?」
雨だ。それは急に降ってきた。
「何? 天気雨?」
強くなってきた。
「ウィリアさん、通り雨のようです。隠れるところを探しましょう」
少し走ったところに小屋があった。この前の小屋より大きい。
リョウが魔法で解錠する。中に入る。
誰かの別荘のようだった。だいぶ使われていないようだが、中にはベッドやトイレもあり、生活ができる建物らしかった。
「もうすぐで教会だったのに……」
「予想時刻は明日なので、急がなくても大丈夫です。ウィリアさん、鎧がずいぶん濡れてますが」
このままだと鎧の下の服まで濡れそうだ。ウィリアは剣を置き鎧を脱いで、布で拭いた。
まだ雨音がしている。止むまで待つ。
リョウが言った。
「ウィリアさん、あそこに絵がありますね」
部屋の奥にある絵を指さして言った。
「絵?」
ウィリアは絵に近づいた。この近所を描いた風景画のようだ。ちょっと間それを見ていた。
リョウ少年は、入口近くに移動した。
とつぜん術式を唱え、両手のひらを突き出した。
すると、部屋の中にオレンジ色で半透明の壁があらわれた。その壁は室内のほとんどを包んだ。リョウ少年のいる入口近くだけが、その外側だった。
「え!?」
ウィリアは振り返った。
ウィリアとリョウの間にはオレンジ色の壁がある。ウィリアの鎧と剣も壁の外側にあった。
ウィリアは近寄って壁に触ってみた。物質でできた壁ではない。
「リョウ君! 何するの!」
「この壁は壊せません。解除するか、僕が死ぬまで、このままです」
「リョウ君! 出して!」
リョウはウィリアにお辞儀をした。
「魔物から助けてくれて、一緒に旅をしてくれて、ありがとうございます。すばらしい思い出になりました。
ウィリアさん、あなたに会えてよかった。お別れです。さようなら」
リョウ少年は小屋を出て行った。ウィリアだけが残された。
「リョウ君!!」