森林地帯(2)
少年がシデムシの魔物に襲われている。
犬くらいに大きいシデムシが、少年に襲いかかった。
女剣士ウィリアは走ったが、間に合いそうにない。
しかし、少年は襲ってくるシデムシに手のひらを向けた。
手から光が放たれた。それはシデムシを攻撃した。
襲いかかったシデムシが、はね飛ばされた。
少年が放ったのは魔法。雷魔法だった。
「あ! 魔法使い!」
しかし雷に打たれたシデムシは起き上がってきた。魔法に対して耐性があるようだ。
少年は一歩下がった。
他のシデムシも、少年に向かって襲う体制を取った。
そのとき、ウィリアが走ってきて、二匹を続けざまに斬った。
「!」
少年は驚いた顔をした
もう一匹が少年を襲う。
だが少年はまた手のひらを向けた。今度は雷魔法ではなかった。周囲の地面からいくつもの石が飛び出して、弾丸のように虫に向かった。
虫はボロボロになって倒れた。
「あ、土魔法も……」
今度はウィリアが意外な顔をした。
襲ってきた虫たちは倒した。
ウィリアは少年と向き合った。
背はウィリアより頭一つ以上低い。まだあどけない顔をしている。
ウィリアから声をかけた。
「大丈夫でしたか?」
少年はとまどった様子だった。
「あ、はい」
「怪我はありませんか? よく効く薬を持っています」
「ど、どこも痛めてません」
「そうですか。よかった」
「あ、あの、ありがとうございます」
少年はウィリアに頭を下げた。
「お邪魔だったかもしれません。土魔法もお使いになるのですね。見事です」
「いえ、二匹を斬ってくれなければケガしていたと思います」
「ところで、一人旅ですか? まだ、お若いのに」
「……実は数日前まで、兵士二人と旅してました。ですが、ちょっと離れた間にエレメント系の魔物が襲ってきました。剣の効きにくいやつです。魔物は僕が倒したけど、二人は死んじゃいました……」
「まあ……」
「どうしようもなくて、前の村で駐屯兵に埋葬をお願いして、僕だけ旅を続けています」
「そうですか……。旅は、どのような目的で?」
「あっ、その……。それは言えませんので……」
「そうですか。すみません。無理にお聞きはしません」
少年はやはりとまどっている表情で、服の汚れを払った。
ウィリアがまた訊ねた。
「どこまで行くのですか? ランゲカールまで行きますか?」
「ランゲカールのちょっと手前までです」
「よければ、そこまでご一緒していただけませんでしょうか」
「え? 一緒に?」
「ランゲカールで仲間と落ち合う予定ですが、そこまでは私も一人です。剣が効きにくい魔物もいるので、魔法使いの方と一緒なら心強いです。剣で倒せるものは倒しますので、いかがでしょうか?」
少年は少しの間考えたが、ウィリアに頭を下げた。
「お願いします」
ウィリアは笑顔になった。
「よかった。よろしくお願いします」
ウィリアと少年は並んで歩き出した。
「あっ、あの、僕は魔法学園の二年生で、リョウ・ジダンと言います」
「あ、リョウ君ですね? わたしも名乗りを忘れていました。わたしは旅の剣士で……リリアと言います。よろしくお願いします」
ウィリアは、普段は偽名を使っている。
「……」
二人はまた並んで歩き出した。
リョウ少年は、ウィリアの横顔を見た。
少年の瞳が、金色に光った。
「!」
次の瞬間、少年はびっくりした表情で足を止めた。
「? どうしました?」
ウィリアが不審がって振り向いた。
「い、いえ、なんでも……」
「なにか付いてますか?」
「そういうわけではないです……」
表情は緊張していた。ウィリアは気になった。
「本当に、どうしました? なにか気になることがあれば、おっしゃってください」
「あ、あの……」
少年は言いづらそうにしていたが、話し出した。
「さっき、リリアさんと言ったけど、嘘ですね?」
「あ……」
「すみません。僕は読心ができるんです。ちょっと怪しく感じたので、用心のため心を読ませてもらいました。あなたは、ゼナガルドを出奔した公女の、ウィリア・フォルティス様ですね?」
「嘘をついてすみません。その通りです。人に知られるわけにはいかないため、通常は偽名を使っています。お許しください」
「いや、それはいいんですが……。僕は平民なので、公女様と話すのは、畏れ多くて……」
「身分は捨てました。もう公女ではありません。普通に接してください」
「は、はい……。あの、僕も勝手に読心をしてごめんなさい。むやみにはしませんので」
「いいですよ。用心は大切です」
また並んで歩く。
次の村まではまだ遠い。ウィリアが話しかけた。
「先ほど、雷魔法と土魔法を使っていましたね。複数の属性が使えるのはかなりの腕前と聞きました」
「いや、僕はそれほどじゃ……」
照れた顔をした。
「他にも使えるのですか?」
「水魔法もいちおう」
「すごいですね」
「いえ、別に、すごくないんです。技術でできるようになったわけじゃなくて、たまたま属性が多いだけです」
「え? 『属性』って、いくつもあるのですか?」
「ふつう属性は一つだけなんですが、僕はなぜか三種類あるらしいんです。でも僕の兄は、さらに炎属性も持ってます。兄はすごい才能があるんです。絶対、王国でもトップの魔法使いになると思います」
「へえ……」
「父も四つの属性を持ってました。父はさらに修行を積んで、ほとんどの種類の魔法を使えるようになっていました」
「すばらしいご一家なのですね」
「いや、父と兄はすごい魔法使いですが、僕はそれほどではないです」
「だけど、先ほど、無詠唱で魔法を使ってましたね。それができるのはかなりの腕だと聞きます」
「いえ、それほどでも……」
少年は恥ずかしがりらしく、とまどった顔をしていた。
森の中の道を進む。
二人は、なにか気配を感じた。
「!」
藪の中から、黒い煙のようなものが出てきた。気体状の魔物だ。
リョウ少年が言った。
「これは、まかせて!」
少年の手から雷魔法が出た。煙の魔物は消滅した。
「ふう」
「やっぱり、すごいじゃないですか」
「いえ……」
また照れる。
歩く。
ぽつぽつと、雨が降ってきた。
「あ、雨……」
まだ寒い季節である。次の村は遠い。二人は隠れられるところを捜した。
森林の管理小屋がある。
鍵がかかっていたが、リョウ少年が解錠魔法を使った。
小さな小屋だった。暖炉もない。床はいろいろな資材が置かれている。隅に長椅子があるだけでベッドはなかった。
「ちょっと休むだけの小屋のようですね」
リョウ少年は窓を開けて見てみた。雨はやまないようだ。氷雨である。
「やみそうにないですね」
ウィリアが言った。
「今日はここで寝ましょうか?」
「え? ここで?」
「この気温で濡れるのは体に毒です。一晩寝て、晴れたら進みましょう」
「は、はい……」
ウィリアは鎧を取って汚れを拭いた。
二人は隅の長椅子に座った。
「……」
「……」
やることがない。まだ寝るには早い時間だ。
「あ、あの、ウィリアさん、どこを目指してるんですか?」
沈黙に耐えられず、リョウ少年が話し出した。
「北部の、コルナの街周辺に行くつもりです」
「なぜ?」
「魔道士のランファリ様を探しています」
「ランファリ様! 魔法学園でも憧れる人は多いです。僕もそうです」
「そういえばリョウ君は魔法学園でしたね。なにか、噂を聞いていませんか?」
「ときどき噂にはなるんですが、魔法で隠れているらしくてどこにいるかわからないと……。先生たちも知らないみたいで」
「やっぱりそうですか」
「コルナの街にいるんですか?」
「わかりません。ある方の占いでそう出たというだけです。でも手がかりはそれだけなので、行ってみようと思います」
「ランファリ様に会いたいというのは、なぜ?」
「これも占いなのですが、三人の人に教えを請えと出ました。二人までは会えたのですが、ランファリ様だけ会えていません。この前はニコモの街で、物理学者のマリガッチヨ先生に教えを受けました」
「え? マリガッチヨ先生?」
少年は驚いた目でウィリアを見た。
「はい」
「そこでは、何を?」
「物理学の基礎を教えてもらいましたが、その後、実験室を見せてくれてそこで大きなヒントを得ました」
「実験室を見て、ヒントを……? すみません、魔法学者のザンジ先生のところにも行ってませんか?」
「え? なぜわかるのですか? ザンジ先生のところにも行き、技を授けてもらいました」
「やっぱり……」
「?」
「実は少し前、王城の魔法部に、マリガッチヨ先生から連絡が来たんです。『黒水晶』の動きの速さと、先生がやっている研究が関係があるかもしれないって。先生は物理学者ですが、もともと魔法使いとしても一流の人です。ザンジ先生の助言も頂いて、高速化の術式を編み出したそうです。実験を見た人の言葉がきっかけになったって聞きましたが、ウィリアさんだったんですね」
「え!! マリガ先生が、そんなに早く! さすがです。では、『黒水晶』に負けない高速化が使えるようになるのですね!」
「はい。でも、それが……」
「問題でも?」
「その術式は、土属性の魔法と、雷属性の魔法を同じくらい使える人でないとダメなんです。雷属性は魔法戦闘でよく使われますが、土属性は戦いに役立てにくいので、両方修めている人はそんなにいません」
「そう……。あ、でも、リョウ君は両方使えますよね。高速化ができるのですか!?」
「はい。たまたま両方の属性を持っているので、術式を教えてもらいました」
「すごいじゃないですか!」
「いえ……」
「リョウ君、わたしがザンジ先生のところで習った技は、相手の状態と同じになる技です。すみませんが明日にでも、高速化に使えるかを試させてもらいませんか?」
「あ、はい。いいですよ」
また会話が途切れた。
ウィリアが話しかけた。
「魔法学園は、どのようなところですか?」
「どのような……。うーん……。基本的には学校なんですが、年の違った人がいるのが特徴です」
「楽しいですか?」
「ハイ、まあ……」
「どんなことが流行っていますか?」
「流行り、何があったかな……」
「聞いた話では、媚薬作りが盛んだとか」
「ああ、媚薬はみんな一回ぐらいは興味を持ちますね。でも実際にはあまり効果ないって言われてます。それにどちらかというと女の子が夢中になります」
「男の子では、なにか夢中になることはありますか?」
「男で流行ってるのは、やっぱり透視魔法……」
「透視魔法? それはなぜ?」
そう聞かれて、なぜかリョウ少年は赤くなって慌てだした。
「あっ! いや! 特に何をするとかじゃないんです! ただ流行ってるだけです!」
「ふーん……?」
世間話をしているうちに、眠るべき時間になった。
ウィリアは荷物から防寒布を出した。
一方、リョウ少年はローブを着ているが、荷物は少ない。
「リョウ君、寝袋とか防寒布はないのですか?」
「兵士の人が持ってたんですが、そのままにしてしまいました」
「そうですか。では、この布を一緒にかけましょう」
「えっ! いや、そんな、畏れ多いです!」
「畏れ多くなんかないですよ。普通にしてください。それからリョウ君、魔力は十分にありますか?」
「魔力は……途中、魔物が予想より多かったので、だいぶ減ってます」
「じゃあ、手をつないで寝ましょう」
「えっ!? 手!?」
「わたしは魔法は使わないですが、人に魔力を与えやすいらしいのです。手を握って一晩寝ると、魔力が回復するようです」
「ああ、身体接触の魔力回復……。だ、だけど、それもあまりにも……。いや、いいです!」
そう言って少年は、長椅子のウィリアから離れた方に座り直し、目をつぶった。
ウィリアも移動して少年の横に座り直し、二人の体に防寒布をかけた。そして布の下で手を握った。
「あ……」
「冷えるのはよくないですよ」
「ハ、ハイ……」
ウィリアは目をつぶった。じきに眠りに入った。
しかし、リョウ少年は、夜半頃まで目をつぶったり開けたりで、なかなか眠れなかった。