森林地帯(1)
女剣士ウィリアと治癒師ジェンは街道を北に向かっている。魔道士ランファリを探して教えを受けるためである。
道々、魔物狩りをしながら行く。
「やっ!」
新しい剣はウィリアの手に馴染んだ。
「良さそうだね」
「ええ!」
ウィリアは赤く光る剣を見つめ、誇らしげだった。
「使った中でいちばん斬れる剣です。それに、魔法武器の名人の作だけあって、魔法剣もまったく負担にならないようです。逆にこの子が、もっと力を込めて! と応援してくれているような気さえします」
ウィリアが武具に注ぐ愛情は普通ではない。武器の気分や感情もわかるらしい。ジェンもそれに同意した。
「そこまでの名剣となると、魂のようなものが宿ることがある。実際に応援してくれてるのだろう」
「はい!」
しかし、悩みがあった。
「鞘をどうしようかと……」
「鞘ねえ……」
剣は、ドラゴンの体に突き刺さっていたものだ。
鞘は見つからなかった。とっくに分解されたのだろう。いくら魔法武器の名工でも、鞘まで特別な材料で作るわけがない。
妖しく赤く光る剣である。人に見られればいらない注目を集める。盗賊に見られたら狙われそうだ。
いまはぼろ布を巻いて隠しているが、いちいち解いて出すのは手間だ。それにとっさの対応がしにくい。
二人は宿の部屋で、今後の進路を相談した。
「北東に、武器産業で有名なネルグの街があります。鞘の職人もいるでしょうから作ってもらおうと思います」
「うん。それとね、僕もこの近くのミセラテ村に行こうと思う」
「なにかあるのですか」
「老人の多い村で、山の中なので薬屋も来ないらしいんだ。二回ほど行ったけど、また来てと頼まれているので、行かないと悪いような気がして」
「やっぱり人がいいですね。では、ネルグの次に行きますか?」
「ん? ちょっとまてよ」
ジェンは地図を広げた。
「あ……。まずいな。方向がまったくの反対だ」
北に向かうには、現在地から北のランゲカールの街を通ることになる。しかし、ネルグの街とミセラテ村は、現在地とランゲカールを一辺とした三角形の頂点のような位置で、東西に逆である。
両方行くと、直接向かうのに比べて三倍以上の時間がかかりそうだ。期限のある旅ではないが、あまり時間をかけたくはない。
ウィリアが提案した。
「それぞれ、行きましょうか?」
「東西に分かれて?」
「両方行くのは、かなり無駄みたいですし」
「じゃあ、ランゲカールの街で落ち合うことにしよう」
「鞘を作るのに、一週間ぐらいはかかるかもしれません」
「ミセラテ村は山奥なので、付くまでにけっこうかかる。ちょうどいいぐらいだろう」
「別れるのはちょっと心細いですが……」
「うん。あのねウィリア、くれぐれも、無理しないようにね。魔物狩りもそんなに強いのを狙わないように」
「はい。ジェンさんも、気をつけてくださいね。危ないところには入らないでくださいね」
「ああ、気をつける。ところで、鞘代は千ギーンぐらいかかるかな?」
「豪華にするつもりはないので、そんなにかからないと思います」
「その剣は、ただあるだけでも生気を発している。生気シールドが付いた鞘の方がいい。するとあまり安くはできない。作れる人も限られるだろうし」
「あ、そうですか」
「高くて二千ギーン見ておこうか。旅費も入れて三千ギーンあればいいかな。ウィリア、覚えてる? 僕は従者として雇われたよね? 給料を渡してほしい」
「えっ? あ、はい」
「それから、ジルフィンの街で盗まれた金を返すと言ってたよね。三千ゴールドくらい残して渡して」
「はい……」
ウィリアは魔物退治などの礼金で、それなりに金は持っていた。しかし、薬屋としてあちこちで商売をしているジェンの方が稼ぎは多い。
「そんなにお金が必要なんですか?」
「そうではない。ウィリア、ネルグの街に行くのは初めて?」
「はい! ずっと行ってみたかったんです」
「無駄づかいしないでいられる?」
「そんな。無駄づかいなんかしませんよ」
「ネルグの街は武器で有名だね。武器屋も何軒もあるんだろうね」
「ええ。そう聞いてます」
「剣や鎧だけではない。いろいろな武具があるかも」
「はい。たぶん」
「高いのから安いのまでいろいろあるんだろうな。店に入れば、数々の種類の武器が」
「ええ……」
ウィリアは想像したようで、夢見ているような表情になった。
ジェンが言った。
「無駄づかいしないでいられる?」
ウィリアははっとなった。
「……しない……とは思いますが……」
「しないかもしれないが、念のために必要以上のお金は預かっておく。再会したらまた同額ぐらいに分けるから」
「ハイ……」
ウィリアとジェンは別れて出発した。
ランゲカールの街では「ボウフラ亭」という宿屋で落ち合おうという約束をした。以前ジェンが泊まって、変な名前だったので覚えているということだ。
久しぶりに一人旅になる。
落ち着かない。
「心細いなあ……」
なにかあったら生き返れないと思うと、慎重にしないといけないと思った。
ジェンのことが頭に浮かぶ。
彼も心細いと思っているだろうか。
旅の経験が長いので、それほど苦には感じていないだろうか。
気をつけるとは言っていたが、危険な目に遭わないだろうか。
魔物と戦わなくても、人がいいから治癒魔法をあちこちで使うかもしれない。
魔力が少なくなったら、どうするのだろう。
娼館に行ったりしないだろうか。
「……」
そんなことも想像したが、よく考えると、ジェンとは恋人ではないので彼が娼館に行こうと行くまいと自由だ。
なるべく考えないようにした。
ネルグの街で、職人を見つけて鞘を注文した。やはり一週間ぐらいかかるという。
ウィリアにはすることがない。魔物狩りも危険なのでやめておく。
街を見物した。
噂通り武具の街だ。武器屋、防具屋が多い。
見事な鎧が店先にあった。
「ああ……」
じっと見入る。
三万ギーンの値が付いている。とても買えない。それ以前に、今の鎧を着たままで他の鎧を買っても持ち運べない。
見ていても仕方がないのだが、しばらく見とれていた。
武器屋に入る。多種の武器を扱っている。
片隅に石弓があった。
「これは……すごく精巧な作り……。この機構が美しい……」
千ギーンとなっていた。ぎりぎり買える値段だ。
悩んだが、脳裏にジェンの顔が浮かぶ。
「いらないでしょ!」
絶対そう言う。それはそうだ。
理性が働いてそこを離れた。
別の店で、剣があった。細身の剣で、優雅なフォルムだ。
「ああ……」
魅せられる一方で、こうも思った。
「ジェンさんにお金を持ってもらって、本当によかった……」
一週間経って鞘ができた。剣を収める。
ウィリアはネルグを後にした。
武具の街である。武具マニアであるウィリアは滞在中、がんばって自分を抑えた。
デザインが素敵な短剣を、三百ギーンで買っただけだ。
「ま、まあ短剣なら、かさばらないし、なにかで使うかもしれないし……」
いいわけを考えながら、森林地帯を進んだ。
ジェンがいない状態では危険なので、魔物と出会わないように進む。しかし、道は森の中を通っている。油断はできない。神経を働かせる。
先の方で、なにか気配がした。
人の気配もする。
ウィリアは走った。
少年がいた。十四、十五ぐらいだろうか。まだ幼げな顔をしている。服装はローブだった。
少年の周囲を、犬ほどもある巨大シデムシが取り囲んでいた。
シデムシが少年に襲いかかった。
「!」