ドラスの街(1)
ウィリアとジェンは、王国の北部を目指すことにした。
しかしその前に、フレットの街の北西にあるドラスの街へ向かう。ウィリアの魔法剣に耐えられる剣を探すためである。
「ところで、ウィリア」
「はい」
「折れた方の剣、持っててもしかたないだろ。捨てたら? いや、ものはいいから下取りしてもらえばよかったかな。短剣に仕立て直すこともできそうだから、売れば百ギーンぐらいにはなったかも」
「……」
ウィリアはまた、落ち込んだ表情になった。
「ずっと、一緒に旅してきたのに……」
思い入れが強すぎて、捨てたり売ったりすることに抵抗があるようだ。
街道を歩いていると、脇にほこらがあった。
「奉納しようと思います」
ウィリアはほこらの奥に折れた剣を置いた。
そしてまた、街道を歩く。
「……」
二人とも足を止めた。魔素を感じる。
茂みの中から獣が襲いかかってきた。
とっさにウィリアが斬る。獣は地面に落ちた。
野犬のようだ。
しかし、野犬の死体から霧のようなものが立ち上ってきた。それは空中に凝集して、残忍そうな顔になった。
「!」
霧の魔物が野犬に取りついていたらしい。ウィリアに襲いかかる。
ウィリアは斬る。しかし、剣ではダメージを与えることはできなかった。
「魔法剣!」
剣に炎魔法をまとわせ、相手にぶつける。霧の魔物は一撃で消滅した。
「ふう……」
ウィリアが一息つく。しかし、手に持った剣が振動して、そしてまた折れてしまった。
「あ!」
「うーん。やっぱり、安物だとこの程度か……」
ウィリアは落ちた半分を拾って、泣きそうな顔になった。
「この子だって、わたしが使わなかったらまだ折れてなかったのに……。せっかく剣に生まれたのに……。ごめんね……」
「いや、剣にいちいち感情移入してたらきりがないから!」
道を進むと、またほこらがあった。
「奉納します」
ウィリアはまた、折れた剣をほこらの奥に置いた。最低レベルの剣である。ジェンはさすがに迷惑だろうと思ったが、特に何も言わなかった。
ドラスの街は山沿いにあって、そんなに大きくない。工芸品などが特産である。昔は栄えていたのだろう。街の中に入ると、古びた石造りの家が目に付く。
とりあえず武器屋を探して入ってみる。
「いらっしゃい」
剣が並んでいた。百ギーンから数千ギーンのものまでいろいろある。武器の品質は悪くないようだ。
ウィリアはいくつかを手に取った。悪くはないけれど、満足できるものはないらしい。
ジェンが主人に聞いてみた。
「魔法剣などに使える魔法武器はないですか」
「魔法武器……。置いてないねえ」
「この街には、魔法武器の職人がいたと聞いたのですが」
「ああ、たしかにいたが、もう百年ほど前の話だよ。名人と言われていてね、王都や外国からも求めに来たらしい。あんたらみたいに探しに来る人がたまにいるんだが、もうここにはないよ。たまに古物が出たりするんだけど、数万ギーンで取引される。手が出るもんじゃない」
「そうですか……」
しかし剣がないと困るので、数百ギーンの、比較的コストパフォーマンスが良さそうな剣を購入した。
「……」
やはりウィリアは不服そうな顔をしていた。
空き地を見つけて素振りをした。そのうちにまた前向きな顔に戻っていった。
「使えそうです」
「よかった。魔法剣も何回かは耐えられるかな?」
「……」
ウィリアは悲しそうな顔になって剣を見つめた。
「何回か魔法剣を使ったら、この子も折れちゃうんですよね……」
「だから感情移入しなくていいから。そもそも、君の魔法剣の力が強すぎるのも原因なのだから、入れる力をセーブしたらいいんじゃないか?」
「戦うときはいつも本気です。力を抜くと言われても」
「まあ、そうか。とにかく、どうしても必要なとき以外は魔法剣を使わないようにしないと。僕も協力するから」
宿を取った。まだ日は高い。予定もないので、二人で街の中を見て回る。
公園を歩いていると、物売りがいた。
「お団子、いらんかねー。おいしいお団子だよー」
子供たちが集まっている。売れているようだ。
ウィリアがじっと見た。
「ジェンさん、お団子食べませんか」
「いいね」
ウィリアが二人分買う。
団子を売り切ると、荷車からなにか取り出した。
「はいはい。お団子買った子は見ていってね」
紙芝居のようだ。
「はいはい。今日のお話は、『勇者とドラゴン』。いくよー」
子供たちが歓声を上げる。ウィリアとジェンも、団子を食べながらベンチに座って眺めていた。
「むかし、このドラスの街には、鍛冶屋がおりました。魔法武器を作る名人で、彼が作った刀は、どんな魔物でも倒してしまうのです。
鍛冶屋にはディーンという息子がおりました。とても勇気がある若者でした。ある日父親に、『修業をして、勇者になりたい』と打ち明けました。
父は息子に『立派な勇者になるんだぞ。これを授けよう』と、今まで作った中でもいちばんよくできた剣をさずけました。
ディーンはその剣を持って街を出て、修行に旅立ちました。
さて、そのころ、悪いドラゴンがあらわれました。国中をあちこち動き回って、あっちの街、こっちの村を襲い、家を壊し、人々を食べておりました。
王国の戦士が退治に向かいますが、その体は硬く、剣で傷つけることはできませんでした。
『ふふふ。人間どもの武器が通用するものか』
そのドラゴンがこの近くにもやってきました。王国の戦士たちがドラスの街に集まりましたが、剣で傷つけられないのでは、どうしようもありません。
そのとき名人が、『ドラゴンを倒すため、魔法武器を使ってくれ』と戦士たちに言いました。戦士たちは名人が作った武器を持ち、ドラゴン退治に出発しました。
名人が作った剣は、ドラゴンの体に傷をつけました。しかし、ドラゴンはあまりにも強く、倒すことはできませんでした。ドラゴンは傷だらけになりながらも、戦士たちを全滅させました。
『痛い。痛い。なぜわしの体が斬られるのだ。そうか。こいつらが持ってる剣のせいだな。これを作ったやつを殺してやる』
ドラゴンは街の中に入り込んで、鍛冶屋の店を壊し、名人をふみつぶしました。そして山の中の洞窟に入って、傷を癒やそうとしました。
その少し後、修行に出た息子ディーンが、街に帰ってきました。治癒師や魔法使いを仲間にしていました。
勇者ディーンは自分の家がつぶれているのを見て、驚きました。
『何があったんだ』と町の人にたずねました。
町の人がわけを話すと、ディーンは涙を流して言いました。
『許さない。父のかたきをとる』と言って、仲間とともにドラゴンがこもっている洞窟に向かいました。
ディーンたちはドラゴンと戦いました。ですがやはり、ドラゴンは強大で、勝つことはできませんでした。仲間の治癒師や魔法使いも必死に戦いましたが、魔力がなくなってしまいました。
仲間がディーンに言いました。
『もう魔力がない。逃げよう』
しかしディーンは、倒すことができなければ、また街にやってきてたくさんの人を殺すだろうと思いました。
『倒せないなら、封じる!』
そう叫んで、みずから、ドラゴンの口の中に飛び込みました。
ディーンはドラゴンの腹の中から、剣を地面につきさして呪いをかけました。
『この剣が絶対に抜けないように!』
ドラゴンは、剣で地面にしばりつけられて、動くことができなくなりました。
勇者は息絶えましたが、そのおかげで街は守られたのです。おしまい」
子供たちが拍手をした。
「へえ。そんな伝説があるんだ……」
ジェンはちょうど団子を食べ終わった。
ふと横を見ると、ウィリアが涙をぽろぽろ流していた。父のかたきということろが琴線に触れたのだろうか。
子供たちは去って行く。ウィリアは紙芝居屋に話しかけた。
「すばらしいお話でした。この街に伝わる伝説なのですか」
「あー、伝説というか、実際にあったんですよ。百年ほど前に、有名な魔法武器の職人がいたんですけどね。その親子の話です」
「そんな実話が……」
「多少脚色は入ってますけどね。たとえば息子が家を出るとき、剣を授けられたわけでなくて勝手に持って行ったそうですけど、だいたい本当の話です。ほら、あそこに銅像があるでしょう。名人と勇者の姿です」
公園の一角に、二人の像があった。
「ドラゴンは剣でしばりつけられているとのことですが、まだいるのですか?」
「いるんですよ、それが。ときどき役人が調査に行くのですが、まだ生きてるそうです」
「倒さないのですか?」
「なにしろドラゴンですからね。危ないし。剣で留められているかぎり街に被害はないし、数百年動けなければドラゴンだって弱って死ぬでしょう。それを待った方がいいらしいです」
ウィリアは紙芝居屋にいろいろ話を聞いた。
ジェンもその会話を横で聞いていた。だが、そのとき、なにか妙なものを感じた。
「ん?」
魔素のような感じもするが、「気」の流れも乱れているようだ。以前に経験のない感覚だ。
「何だ……?」
空を見た。
なにかがゆらめいている。ゆらめきが凝集してきている。
公園の上空、風が集まった。それは、ドラゴンの形を取った。
ウィリアは紙芝居屋と話をしている。
「ウィリア!」
「え?」
ウィリアと紙芝居屋が空を見た。
「!」
「あ、ありゃ何だ!?」
半透明なドラゴンが体をふるわせ、炎を吐いた。それは勇者親子の銅像を破壊した。
「ド、ドラゴンが動き出したあ!」
紙芝居屋は腰を抜かしてへたりこんだ。
ドラゴンは半透明である。飛ぶ種類でもなさそうだが、空中に浮いている。
「ジェンさん、あれは、何でしょうか?」
「思念体のようだ」
「思念体!?」
「生霊みたいなものだ。動けないから、思念体を飛ばしてきたのか……」
ドラゴンは火を吐く。周囲のものを破壊していく。
こちらに目が合った。
向かって下りてくる。紙芝居屋がへたり込んでいる。巻き込んではいけない。二人はその場を離れた。
ジェンが風魔法を放つ。
ドラゴンは顔をしかめた。効いてはいる。しかし、大きなダメージにはなっていないようだ。
思念体は地上に降りた。
ウィリアが駆け寄り、斬る。
「やっ!」
だが、剣は空を切った。
「あ……!」
物体としての剣は役に立たないようだ。
ドラゴンはウィリアに火を吐いてくる。横っ飛びによける。
「……魔法剣!」
剣に念を込め、ドラゴンに向けて魔法剣を放った。
〈ギャオ!〉
効いてはいる。だが倒すまでにはいかない。
二人に向けて炎を吐く。
それぞれ、障壁を作って防御した。
「ジェンさん、風魔法をください。重ねがけの魔法剣を使います」
「わかった!」
ウィリアがまた剣に剣を込めて、炎の魔法剣を用意する。それにジェンが風魔法をまとわせる。そして、炎と風をさらに増幅する。
「やーっ!!」
渾身の力を込めて魔法剣を放った。灼熱の突風が巻き起こり、思念体を切り裂いた。
〈ギャアアア!!〉
思念体は分解され、ゆらめきになって消えていった。しかし消える直前、声が聞こえた。
〈覚えておけ。何度でも来てやる。皆殺しにする……〉
ゆらめきは消え、もとの空が戻った。
「……。ドラゴンが、なぜ思念体を……?」
「おそらく、活発化している魔素を元に、作り出したのだろう」
「何度でも来る、と言ってましたね」
「うむ……」
そのときまたウィリアの剣が振動して、折れた。
「ああ……」
折れた半分を拾って泣きそうな顔になった。
ジェンは治癒魔法で、破壊された銅像や、公園の建物などをできるかぎり直してやった。
ウィリアは紙芝居屋に声をかけた。
「お怪我はないですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。だけど今のはなんなんだ? 銅像も壊されたと思ったのに直ってる。幻覚?」
「え、まあ、そのようなものらしいです」
「だけど、幻覚だってこんなことがあったのでは、しばらく商売もできない……。困ったな……」
「大変ですね……。ところで、すみません、この街にほこらはありませんか」
「ほこら? 街の北東あたりに小さいのがあるよ」
「ありがとうございます」