フレットの街
「剣が……剣が……!」
ウィリアの剣は折れてしまった。
中ほどから折れ、上半分は草の上に落ちた。
「なぜ……!?」
「魔力が飽和したか」
「魔力の飽和?」
「今まで何回も、魔法剣を使ってきただろう。魔力によるダメージが蓄積して、限界を超えたんだ。修行で魔力自体も上がったので、それもあるかも」
「魔力が……」
ウィリアは折れた半分を拾った。
「あ、そうだ! ジェンさん、治癒魔法で直してください!」
「うーん。やってはみるが……」
ジェンは折れた剣をくっつけて草の上に横たえ、治癒魔法をかけた。剣がわずかに光ったが、なにも起きなかった。
「やはり、だめだ」
「なぜ?」
「物体でも、外力が原因で壊れた場合なら修復できる。だけど、内在する理由によって壊れた物は直せない」
「そうですか……」
もはやどうしようもない。拾って歩き出した。
ウィリアは非常に落ち込んで、目には涙をためていた。
「ウィリア、残念だけど、元気を出して……」
ウィリアはうつむいたままだった。
「……これは使いやすかったんです。二番目にお気に入りだったのに……」
「二番目?」
「一番目は、黒水晶に折られてしまいました」
「ああ……」
他にも何本か持っているのだろうが、ゼナガルドに取りに行けるわけもない。
「わたしは、もうだめです……」
「そんな、気を落とさないで」
「剣のないわたしなど、ただの肉の塊です。どこかの街で、商店街の用心棒となって余生を送ろうと思います」
「いや、そこまでのことじゃないだろ! 剣なんて、買い直せばいいじゃないか!」
「買い直す……」
ウィリアは折れた半分を見た。
「これほどの剣は、手が出ません……」
二人の所持金を合わせれば一万ギーンぐらいは出せる。しかし、ウィリアの使っていたのはもっと高いやつだろう。
「そんないいやつじゃなくてもさ、君は実力があるんだから、とりあえず安いやつを買えばいいだろう」
「だけど、この剣で耐えられなかった魔法剣を、安い剣が耐えられるでしょうか?」
「うむ……。それはたしかに……」
また顔を落として、ウィリアは街道を歩いて行く。
街道の横の森から、なにか音がした。
タカほどある巨大なアブが出てきた。ウィリアに近づいてくる。
「はっ!」
ウィリアは反射的に、剣を抜いて斬りつけた。
しかし、空を切った。
「あ……」
剣は折れている。
アブはジェンが風魔法で倒した。
「……」
ウィリアはまた泣きそうな顔をしながら、折れた剣をじっと見た。
街道途中のフレットの街。
魔道士ランファリが、しばらく前まで住んでいたらしい。
領主の家が代々魔法を使うので、魔法使いが多く、研究も盛んである。
街の大通りはにぎやかだった。
「武器がなくては心許ないから、とりあえず安いやつを買おう」
「……」
気乗りしなさそうなウィリアを連れて、ジェンは商店街に入っていった。
古道具屋があった。魔法の盛んな街らしく、魔法用具が多い。武器や防具は店の片隅にあった。
ウィリアが使えそうな剣は数本ある。数十ギーンから百ギーンちょっとぐらいの値札が付いてある。
「ウィリア、どれがいい?」
「……」
ウィリアはいちおう、並んでいる剣を見た。しかしどれも気乗りしないようだ。武具マニアとしては、ここに並んでいる程度の剣は気に入らないのだろう。
ウィリアが決まらないので、ジェンが選んでみた。ジェンも剣については素人ではない。
「これはダメだ、剣身が曲がっている。これは材質が甘いな。これは研いでないし……。これかな……」
並んでいる中で、比較的よさそうでちゃんと研がれているものを選んだ。
「ウィリア、これでいい?」
ウィリアは力なく頷いた。
「すみません、これください」
「百二十ギーンだ」
「百にならない?」
「百十だ。それ以下はだめだ」
「わかった。百十ね……」
「あ、わたしが出します……」
気乗りしない様子ながらも、ウィリアが剣を買った。
「……」
やっぱり満足してないようだ。
探せばもっと上等なのはあるだろう。しかし、魔法剣を使うとまた折れることが予想できるので、高いのを買うのは得策ではない。
街の外れ、雑然とした空き地があった。
いま買った剣を抜き、ウィリアが素振りを始めた。
縦、横、斜めに、何回も剣を振る。
振っているうち、ウィリアの表情が変わってきた。
やる気のない顔からだんだん真顔になる。額に汗がにじんできた。
空き地の隅に、枯れた枝があった。
素振りを見ていたジェンはその枝を拾った。ウィリアの方に投げる。
「はーっ!!」
枝は空中でいくつにも斬れた。落ちてきたのを見ると6片あった。5回斬ったことになる。
「おみごと」
「この剣だとこれが限度ですね。でも、使えそうです」
ウィリアは剣を収めた。表情は前向きなものに変わっていた。
この街に来た目的は魔道士ランファリを探すためである。あてはないが、とりあえず魔法ギルドに行ってみる。
魔法が盛んな街らしくギルドは大きな建物で、様々な部署に分かれているようだ。二人は受付に向かう。
「魔法ギルドへようこそ。どんなご用件でしょう」
「人を探しています」
「どなたでしょうか」
「魔道士のランファリ様なのですが、ご存じないですか」
ランファリ、という名前を出したとたん、周囲の空気が変わった。
「ランファリ様……。すみません。ギルドではわかりかねます」
「そうですか……」
オフィスの中から、かっぷくのよい中年男が現れてきた。
「ランファリ様をお捜しですか?」
「そうです。事情があってお会いしなければならないのです。なにかご存じではないですか?」
「たしかに、しばらく前までこの街に住んでいたのですけどね。『いろいろうるさくて研究ができん!』と言って、街を出られました。ギルドでも探したのですが、居場所はわかりませんでした。あれほどの使い手なので、隠蔽の魔法をかけているのだと思います」
「そうですか……。では、ご存じの方は、この街にもいらっしゃらないのですね」
「おそらくは……。ん……? ちょっと待ってください」
男はギルドの窓口近くで、長椅子に座っている老人の方に向かった。
かなり年配の老人だ。つばのある帽子をかぶり、背広を着ている。服はいい物のようだがかなりくたびれていた。長椅子にだらしなく座って、ほとんど寝そべっている。
「トースさんこんにちは。今日はどんなご用で?」
「年金もらいに来ただけだ」
酒臭かった。
「トースさん、こちらの方たちが、ランファリ様を探しているそうです。なにか知りませんか?」
老人は二人をじろりと見た。
「ランファリか……。よく一緒に飲んだが……。街を出るとき行き先を聞いたが『それはお前にも教えられない』と言ってたな。だから俺も知らねえよ」
「そうですか……」
職員の男はおじぎをして去って行った。
老人は、ウィリアとジェンを見た。
「女剣士と、薬屋……いや、治癒師……治癒師で魔法使いか」
落ちくぼんでいるが鋭い目を二人に向けた。
「あんたら、ランファリになにか用か」
「はい。教えを受けたいと……」
「あのジジイ倒して、名を上げようってんじゃないのか」
「そんなことしませんよ」
「なんで教えを受けたいと思った」
「占いで、教えを受けろといわれたのです」
「占ったのは誰だ」
「あの……『森の魔女さま』です」
「森の魔女さま? フカしてるんじゃねえだろな?」
「本当ですよ。証拠になるかわかりませんが、紹介状も書いてもらいました」
ウィリアは、ホーミーに書いてもらった紹介状を取り出した。それは手からすっと浮いて、老人の顔の前で空中に静止した。
「……なるほど。本当らしいな」
「なにか心当たりがあったら、教えていただきたいのですが」
「心当たりなんかねえ。ただ……。ちょっとウチに来てみるか?」
「はい。では、ご案内をおねがいします」
「ちょっと待て。年金が出てからだ」
二人は老人につれられて、住宅地区へ向かった。
古びた町並みだ。
ウィリアが聞いた。
「トースさんとおっしゃいましたね。ランファリ様とはお友達だったのですか?」
「飲み友達な。あいつはここに十何年か住んでたかな。なんか知らねえがよく一緒に飲んでたな」
「気が合ったのですね」
「ははは。気なんて合わねえよ。なにしろ名立たる偏屈だったからな。飲むとさらに偏屈になってな。あれはもう、偏屈の芸術品だな。それ見てるのが面白かったな」
煉瓦造りの家に入った。
中はいろいろなものであふれていた。多くは魔法用具のようだ。どれもほこりをかぶっている。
ジェンが言った。
「魔法をなさっていたのですか」
「俺は魔法使いというのとちょっと違って、魔法用具作るのが専門だった。けっこう羽振りがよかったんだぜ。金も十分貯まったと思って、五十半ばで商売をやめたんだ。ただまずいことに、この年まで長生きしちまってな……。年金だけじゃろくな酒が飲めねえや……」
連れられて入った部屋は台所のようだ。部屋の一方に、空いた酒瓶が山のようにあった。
「ちょっと待ってくれよ」
トース老人は酒瓶の山をごそごそ探した。中から一本見つけ出した。
「あった」
これも中身はないが、高そうな酒のビンだった。
老人は大きな地図を持ってきて、テーブルの上に広げた。その上に酒瓶を置いた。
「これは……?」
「この酒はな、あいつが街を出るときくれたんだ。中身はとっくに飲んじまったが、捨てる気になれなくて、ビンだけとっておいた。他にももらったものはいくつかあるが、残ってるのはこれだけだ……。いいか、見てろよ」
老人は口の中でなにか術式を語り、ビンに念を込めた。
ビンが震えだした。
地図の上で、カタカタと振動している。
やがて、水平にすべりだした。
「……」
しばらくして、地図のある場所で止まった。エンティス王国の北部だった。
「……北部か。コルナの街あたりだな」
「そこに、ランファリ様がいらっしゃるのですね?」
「さあな」
「さあな、って……」
「ここにいるかもしれない。ここで居場所のヒントがみつかるかもしれない。また、俺の腕が落ちていて、まったくの的外れかもしれない。ま、いまの俺にできるのはこれだけだ。ああ、もしかしたら墓があるだけかもしれねえな。俺とだいたい同じだったから、生きていても相当な年になってるだろ」
ウィリアは老人に頭を下げた。
「ありがとうございます。目標ができました。そこへ行ってみます」
二人は去ろうとした。
「待ちな」
老人は二人の後から声をかけた。
「タダで行く気かい? よければなんか気持ち、置いてってくれねえかな」
「あ……そうですね。失礼しました。おいくらほど?」
「いくらでもいい。気持ちだ」
「うーん……」
ウィリアは悩んで、財布から三百ギーン取り出した。
「少ないかもしれませんが……」
「三百!? こりゃ驚いたな。思ってたより一桁多いや。だけど、くれるっていうならもらうぞ。いいんだな?」
「はい。お受け取りください」
男はほくほく顔で金を受け取った。
ジェンが思い出した顔をした。
「あ、そうだ。魔法用具を作っていたそうですね。ちょっと専門とは違うかもしれませんが、おたずねしていいですか?」
「ん? 何を?」
「彼女のことです。魔法剣を使うのですが、剣に込めた魔力が飽和したみたいで、少し前に折れちゃったんですよ」
「魔法剣? そうか。魔法使いでない割にはなんか感じるなと思ったが」
「そういう場合でも使える剣を、ご存じないでしょうか」
「属性はなんだ。炎か。炎は貯まりやすいからな。武器のことはよく知らねえが、北西のドラスの街で昔、魔法武器の職人がいたとは聞いた。ただ、今はいないらしいが……。なにか残ってるかもしれないから、行ってみるといい」