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キトの里(2)

 ウィリアとジェンはザンジ先生の元で、魔力を鍛える修行をした。足を組んで瞑想したり、山道を走ったり、滝に打たれたりをくりかえした。

 エリチェリ氏はザンジ先生と科学上の話をしていた。

 三日目の朝、二人は先生に呼ばれた。

「修行ごくろうだった。なかなか頑張ったな。さて、高速の相手に対抗する手段だが……」

 先生は丸い鏡を持ち出した。

「これは……?」

「この鏡を使って、『鏡心の術』というのを会得できると思う。簡単に言うと、相手にかかっている状態を、こちらのものにできるという技だ」

「相手の状態をこちらのものに……。では、高速化も! それができれば、黒水晶に対抗できる部隊が……」

「残念ながら、これは誰でもできるというものではない。魔法の潜在能力が高くないとだめだ。一般の戦士ではそれほど数はいないだろう。そして、特定の性格の人間しか会得できない」

「特定の性格?」

「簡単に言うと、やさしい人だ。心で相手の状態をとらえるのだが、その能力は、人を思いやる心と共通するものがある。短い間だが、適性を見させてもらった。君たちは大丈夫だろう」

「わたし、そんなにやさしくはないですが……」

「ま、やってみなさい。まず瞑想で念を高めなさい」

 ウィリアは足を組んで瞑想をした。

 念が十分高まったのを見て、ザンジ先生が鏡に術式を唱えた。

「覗いてみなさい……」

 鏡はウィリアの前の床に立てられた。顔が写る。

「……」

 その顔が、様々な表情に変わった。

 笑う顔、怒る顔。

 愛らしい顔、憎らしい顔。

 それを見ているウィリアにも、様々な感情が去来した。

「感情が起こるだろうが、心を平らにして。鏡の中の顔の感情に、こちらの心を寄せるのだ」

 変化する表情に対して、心を寄せようとした。

 集中するうちに、相手の表情から、その奥底が見えてきた。表情の下に潜む感情。さらにその奥。

 表情を読む。

 奥に潜っていく。

 なにかに触れた気がした。

 すると鏡から、輝く光が湧き上がり、それはウィリアに達した。

「あ……」

 体の中に、なにかが入った。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。気を取り直して周囲を見てみると、ザンジ先生が微笑んでる。

「成功だ。君は『鏡心の術』を会得した。おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

「よし、では次は君だ」

 先生は鏡の位置をずらし、ジェンの前に置いた。

「あっ……」

 ウィリアはそれを見て、思い出した。

 「鏡心の術」を会得するのは、黒水晶と戦うためだ。

 しかし、ジェンは以前、父のかたきを取るつもりはないと言っていた。彼は旅に付き合って、おおいに力になってくれている。しかしそれは治癒師としての修行で、黒水晶を倒しに行くつもりはなかったはずだ。

 もし一緒に戦えば、大きな力となってくれるだろう。だけどそれでも勝てるかどうかはわからない。

 ここで術を会得すれば、否応なしに黒水晶との戦いに巻き込んでしまうのではないか……。

「先生。ちょっと待ってください。ジェンさんは、黒水晶と戦うと決まったわけではありません」

 先生とジェンがウィリアを見た。

「そうなのかね?」

「いや……。ウィリア、こんな機会はめったにない。せっかくなので、術を伝授してもらおうと思う」

「ジェンさん……」

「治癒師としても、魔法使いとしても技は有効なはずだ。先生、よろしくお願いします」

 ジェンも念を高めた。

 先生がまた、鏡に術式をかけた。

 ジェンが鏡を睨む。

 鏡の中には、いろいろな表情が現れているようだ。

 それを見ているジェンの表情も、様々に変化していた。ウィリアは横から見た。いささか滑稽だった。

 さっき、わたしもあんな顔をしていたのかな……とちょっと思った。

「心を平らに……」

 先生の声を聞いて、ジェンの表情の変化がおだやかになった。やがて平穏な顔になり、鏡を見ていた。

 少しの静けさの後、また鏡から光が湧いて、ジェンに向かい、体の中に入った。

「君も成功だ。おめでとう」

 ジェンは先生に頭を下げた。

 ジェンとウィリアはつい、エリチェリ氏の方を向いた。

「あっ。僕はいいです。僕は科学に専念しようと思います」

 ザンジ先生は二人の前に座った。

「成功おめでとう。この後は、すぐ使えるように練習してくれ」

「どう練習すればいいでしょうか?」

「うむ……」

 先生はちょっと考える顔になった。

「特殊状態を活用する敵と戦うのがいいのだが……そういう種類の魔物はそれほどないな。まあ、魔物図鑑などで探して、試してみてくれ。たとえば戦闘中に防御力を上げる魔物などだ」

「はい……。あっ、それから、ザンジ先生、魔道士のランファリ様の居場所をご存じないですか? ランファリ様にも会わなければならないのです」

「ランファリ様? うーむ。ここ十年ばかり噂を聞いていないな。以前、何回かお会いしたことはあるが」

「どのような方でしょうか。頑固……という噂も聞きますが」

「たしかに、頑固で偏屈で、礼儀にはうるさいがおべっかや追従が大嫌いという、付き合いにくい性格ではある。だが、悪い人じゃないし、筋は通っている人だ。会ったなら、とにかく単刀直入に話をするといい」




 翌日、エリチェリ氏とともに山を下りた。再び馬車でニコモの街へ向かう。

 マリガッチヨ先生の屋敷に戻って報告をし、預けていた荷物を受け取る。

 二人は先生とエリチェリ氏に礼を言って、出立した。

「大変お世話になりました」

「いや、こちらこそ、孫を助けてくれて世話になった。それに、思わぬ研究のヒントをもらえた。この研究が国難に関係するとわかった以上、できるだけ早く成果を出して、王城に報告しようと思う」




 二人はまた、街道の旅に戻った。

 次は魔道士ランファリに会わなければならないが、居場所がわからない。とりあえず、しばらく前まで彼が住んでいた街に向かうことにした。

 また、鏡心の術の練習もしておきたい。「状態強化」の能力を持つ魔物を探す。

「魔物図鑑によると……自らを強化する魔物は少ないですね。この辺では、川に住む魔物化したカニが、危険が迫ると防御力強化を使うらしいです」

 二人は、カニが出る川に向かった。

 魔物のカニは人間ぐらいの大きさがあるらしい。川に沿って歩き、探す。

「……魔素を感じるぞ」

「……ですね」

 波が立ち、カニが現れた。

 二人を襲ってくる。ハサミを振り回した。

 ウィリアは剣で叩く。甲羅の一部が傷つく。

 カニは距離を取った。川の中程で、体を縮めて力を入れた。すると全身が光った。

 再度襲ってきた。

 ウィリアの剣で斬る。しかし、斬れなかった。先ほどよりもかなり固くなっている。防御力強化を使ったようだ。

「鏡心の術!」

 ウィリアは、ザンジ先生のところで鏡に向かった時のように、精神を働かせてみた。自分の心がカニの心に達した。すると、カニの持っている力が流れ込んできた。

 体の感覚がいつもと違う。防御力が強化されたのだろう。

「……」

 防御力が強化されたようには思うが、確かめるためには攻撃を受けなければならない。

 ウィリアはあえて、カニに攻撃されに行ってみた。

 カニはハサミの根元で、ウィリアをぶん殴った。ウィリアの体がふっとんだ。

「ウィリア!」

「へ……平気です。ケガしてません。たしかに防御力が強化されたようです」

 ケガはしていないが衝撃は受けている。なんとか起き上がる。

 ハサミの攻撃を剣で受け止める。

 ジェンも風魔法で加勢するが、強化された甲羅にはあまり傷つけることができない。

 ウィリアは飛び下がって、距離を取った。

「魔法剣……!」

 剣に念を加える。その周囲で炎の力が沸き起こった。

 カニが襲ってくる。

 ウィリアは剣を振り下ろした。

 魔法剣の力がカニの体を貫いた。甲羅が二つに斬れ、カニは倒された。

「やったな!」

 ウィリアは笑顔で応えた。




 そのあともう一体と戦って、ジェンも鏡心の術が使えることを確認した。こちらもウィリアの魔法剣で倒した。

「ちゃんと鏡心の術が使えてよかったです。それに、修行のおかげか、魔法剣の威力も増したようです」

「うん。僕の魔力も強くなっているようだ」

 二人は川を離れ、街道に戻った。次の街へ向かう。

 二人で歩く。

 なにか、音が聞こえた。

 ブン、ブン、ブン、ブン。

 だんだん大きくなってくる。

 音源は近くにあるようだ。

「何でしょう?」

「?」

 立ち止まって、音のするものを探してみた。

 ジェンの荷物ではない。ウィリアの方から聞こえる。

 ブン、ブン、ブン、ブン……。

 ウィリアの体の方から聞こえてくる。

「な、何なの……?」

 そのうちに気づいた。腰に下げている剣からだ。

 ウィリアは剣を抜いてみた。

 振動している。

 ブン、ブン、ブン……。

「これは!?」

「?」

 振動が大きくなった。

 突然鋭い音がして、剣の中ほどから折れた。

「!」


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