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キトの里(1)

 女剣士ウィリアと治癒師ジェン、そして、物理学者マリガッチヨ先生の助手であるエリチェリは、馬車でキトの里に向かっている。魔法基礎論の研究者であるザンジ先生を訪ね、黒水晶に対抗する方法がないか聞くためである。

 ウィリアが訊ねた。

「エリチェリさんは、ザンジ先生に会われたことはあるのですか?」

「ええ、何度か。実は今の実験を行うときにも、相談させていただきました」

「どのような方でしょうか」

「飄々とした人で、世間のことには関心がないようです。奥さんを亡くしてからはますますそうで、たまに街に下りてくるぐらいです」

「キトの里というのは、遠いのですか」

「距離的には遠くはないですが、途中から馬車が入れない山道で、歩いて行くしかありません。里といっても、誰もいなくなった集落の家を先生が買い取って、一人だけでお暮らしになってます」

 山のふもとで馬車は止まった。ここからは歩きになる。

 エリチェリ氏を挟んで魔物から護りながら行く。

 数時間ほど山道を歩く。ウィリアとジェンの鍛えた体にはなんでもない道である。

 しかしエリチェリ氏が、木の枝を杖に使って、大変そうにしている。

「はあ……。はあ……」

 山登りには慣れてないようだ。

「背負いましょうか?」

「いえいえ。そこまでご迷惑をかけるわけにはいきません。もう少しです」

 風景が開けてきた。

 畑が見える。何人かの人が耕していた。

「あれ? 他に人はいなかったのでは?」

 エリチェリ氏が声を上げた。

「すみませーん。ザンジ先生はいらっしゃいますでしょうか?」

 耕していた一人がこっちを向いた。すると、その人の体が急に小さくなり、紙のようになって、空中を漂ってこちらに来た。

 三人の前で、また人間の姿になった。

「お客様ですね。先生は山の上で修行していらっしゃいます。あちらに少し登ったところです」

 それを伝えると、また紙のようになって畑に戻っていった。

 三人は教えられた方に登る。

「あ……あれは、何なのですか?」

式神しきがみと言います。先生が魔力で作り出したもので、使い魔みたいなものです」

 少し登ると、岩の高くなっているところに座っている人がいた。ゆったりした白い服を着ていて、向こうを向いて、足を組んで座っている。

 この人がザンジ先生なのだろう。研究者というよりは、仙人か哲人のような雰囲気だった。

「ザンジ先生……」

 エリチェリ氏が声をかけた。振り向いた。白い髭が長かった。

「おお。マリガのところのエリチェリ君か。よく来たな。何か用かな? そういえば実験はどうなってる?」

「実験は順調に進んでいます。そのこととも関係するのですが、こちらのお二方に、先生のお知恵を借りたくて」

「その二人? 剣士と、治癒師か。話を聞こう」




 三人はそれぞれ岩に座り、ザンジ先生に説明をした。黒水晶のこと。それがマリガ先生のしている実験と関係がありそうなこと。速さに対抗するための方法を探していること。

「ふむ……」

 一通り聞き終えて、先生は髭をなでた。

「黒水晶……。噂は聞いていたが、そこまでの事になっていたか……。うむ、相手の速さに対抗する方法か……。ちょっと考えさせてくれ」

 そう言って、ウィリアとジェンの顔を、それぞれじっくり覗き込んだ。

「お二人も魔力に縁があるようだ。お嬢さんは魔法は使わないようだが、潜在的に力はあるらしいな」

「はい。魔法剣を使います」

「魔法剣か。これも結局は魔力を使うからな。ところで、考える時間として二三日ほしい。その間、修行をしていかないか?」

「修行? 魔物退治ですか?」

「この辺にはそれほど強い魔物はいない。ここで行う修行は、魔力を鍛える修行だ」

「魔力の修行……。やってみます。教えてください」

「おねがいします」

 二人は先生に頭を下げた。

「うむ。それからエリチェリ君、いい機会だから君もやってみなさい」

「え!? 僕も?」




 先生に指導された修行の最初は、滝行だった。滝壺に身を置いて、薄着を着て、水に打たれる。

 ウィリア、ジェン、エリチェリ氏の三人が滝に打たれた。

 まだ寒い季節である。大量に流れる水は肌を刺すようで、下手すると気を失ってしまいそうだ。ウィリアとジェンは、精神を集中して、なんとか耐えた。

 水の音がした。

 エリチェリ氏が、気を失って滝壺の中に倒れ込んだ。すぐにウィリアが抱えて助けた。

「しっかりしてください!」

「あ……。あ……」

 ジェンが治癒魔法で生命力を注ぎ込んで、なんとか正気に戻した。




 次の修行は山の踏破である。

 草鞋わらじを履いて、岩だらけの山道を走って回る。

 二人は山道は慣れている。それほどきついものではなかった。

 しかし、エリチェリ氏は、少し歩くだけでもうダメだった。

「はあ……。はあ……」

 ウィリアが戻って、様子を訊ねる。

「大丈夫ですか?」

「もう僕はダメです。一歩も動けません。先に行ってください」

 とは言っても、一人残して行くわけにもいかない。ウィリアとジェンで交互に背負って運んだ。普段鎧を着ているウィリアと、薬の荷物を背負っているジェンはそれでも余裕があった。




 次に、捨身しやしんの行を教えられた。

 岩にロープを結び、それを足に結ぶ。そして、崖から飛び降りる。

 ザンジ先生が見守っていた。

「ロープは十分に丈夫なものを使っているので、切れることはまずない。しかし崖のところでは、勢いよく飛び出さないとケガするぞ」

 ウィリアが足を縛った。

「……行きます!」

 ウィリアの体が宙に舞った。

 ロープで吊り下げられる格好になった。上にいるものが引き上げた。

 次にジェンが行く。

「やっ!」

 ジェンの場合、いざとなれば風魔法でなんとかなるからか、あまり逡巡せず飛び出していった。

 エリチェリ氏の番になった。

「……」

 蒼白な顔をしている。

「大丈夫ですか? やめますか?」

「い、いえ。みなさんがやってます。僕もなんとか……」

 徐々に、崖に近づく。

 崖の下を覗き込んだ。

 千尋の谷。

「うーん……」

 ふらふらと倒れて、落ちた。貧血になったようだ。

「あっ!」

 ジェンがとっさに上昇気流を起こして、エリチェリ氏の体が崖にぶつかるのを防いだ。ザンジ先生も魔法を使って浮かせた。

 引き上げたときには放心した顔をしていた。




 先生の家で夕食をごちそうになった。式神たちが身の回りのことをやってくれるので、生活に不自由はないようだ。

 夜、先生に促されて、庭に出た。山の夜は肌を刺すように寒いが、空には星が輝いていた。ウィリアは夜空を見上げた。

「きれい……」

「山だから、星がよく見えるだろう」

「ええ。こんなによく見えるのは、ひさしぶりです」

「星を見てきれいだと思う。それも修行になるのだよ」

「え? 見るだけで?」

「そう。魔力とは、生命の喜びに伴って得られるものでな。きれいと思うその心からも湧いてくるのだ。昼間やった修行にしても、肉体を極限状態に置くことで、逆に生命の喜びを感じるという効能があるのだ。辛いときには辛いと思い、感動するときには心から感動する。そうしていけば魔力は鍛えられる。そのうちに、何もしなくても魔力が補充されるようになるだろう」

「何もしなくても魔力が補充されるようになる……。そうですか……」

 話を聞いていたジェンはなんとなく残念そうな顔をした。エリチェリ氏は寒さに体を震わせていた。

 ウィリアは星を見ている。

「天の川が、はっきり見えますね」

 先生も眺めた。そして語り出した。

「知っているか。人間はもともと、魔法を使うことはできなかった。世界に魔法が存在しなかったのだ」

「?」

「今は滅びた超古代文明のころだ。そのとき、世界に魔法はなかった。人間は科学と技術でやりたいことを実現していたのだ。

 超古代文書の研究でわかってきたことだが、その頃の科学はいまでは考えられないほど発展し……夜空に輝く星にも、さらに天の川より遠くの宇宙にも行ったそうだ。それだけに留まらず、別の空間へ行ったり、空間自体を生成することもできたという。そしてついに、人間の思考を実体化する方法、魔法を使えるように、宇宙自体を改造したということだ」

「そんな時代が……」

「人間は、ほとんどすべてのことが実現できるようになった。ところが、そんな人間の間に争いが起きた。

 宇宙を改造する者たちの戦争だ。戦いは凄惨を極めた。多くの者が死に、貴重な知識は失われた。

 いまの我々は、その時の生き残りが、なんとか文明を作り直しているところだ。しかし、その我々がまた戦いを繰り返し、お互いに殺し合っている……」

「……」

「愚かなことではあるが、愚かだから、では滅びよう、というわけにもいかんからな。愚かなりにやっていくしかないようだ」



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