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ニコモの街(2)

 二人は宿に戻って、ダンジョン攻略の作戦を練った。

 目的は最下層にある泉の水をんでくること。

 ダンジョンのマップは、二十階のうち十階ぐらいまでしか信頼できるものがない。最下層まで行ったパーティーもあるようだが、ダンジョンのマップは冒険者にとってはメシの種で、容易に公表されるものではなかった。

 サポートメンバを雇うことも考えたが、ウィリアの足手まといにならないレベルの冒険者を探すのは難しい。結局二人で行くことにした。

 ジェンが準備品を考える。

「一日で制覇するのは無理だ。三日分ぐらいの食料はいる。寝るときのために防寒布もあった方がいいな」

 ウィリアは意外な顔をした。

「魔物が棲息するダンジョンの中で、眠ることができるのですか?」

「この手の人工ダンジョンは、魔物の出る場所と出ない場所が別れている。出ない場所なら簡単な結界を張るだけで安全になる。眠っても大丈夫だ」

「ふーん……」

「さて、水をくむビンはいくつ持って行こう」

 専用の保存瓶でないと泉の水が劣化してしまうので、できるだけ多く持って行く必要がある。以前来ていた冒険者は二〇本ぐらい持ち帰ってきたらしい。病院からは空の瓶を多数借りた。ジェンが瓶を見ながら悩む。

「しかし、魔力が切れたときのため、魔力瓶も持っていきたいな……」

 大きな街なので、魔力補給のための瓶入り飲料が売られている。一本飲むと、ジェンの魔力の一割程度が回復する。

「魔力瓶を一〇本ぐらい持って行くとして、持って行ける保存瓶は二人で一五、六本くらいかな」

 重量としてはもっと持って行くことができるが、ダンジョンの中では魔物との戦いがある。そのとき、動きを妨げるようでは困る。それを考えると、持てる瓶の数はおのずから決まってくる。

 しかし、ウィリアがジェンの前に立って反対した。

「魔力瓶はいりませんよ。非常用に二三本も持って行けば十分です。その分、保存用の瓶を多く持っていきましょう」

「だけどね、ダンジョンの中で魔力が切れたら命取りだ。もし君と……その……キスしてもらっても、何回か連続すると効果が薄れるので、補充ができなくなるかもしれない」

 ウィリアは腰に手を当ててまっすぐ立ち、ジェンを見つめて言った。

「キスで魔力が補充できなくなったら、もっと別のことでさせてあげます」

 何を言ってるかジェンにはわかった。体を提供してもいい、つまり、抱いてもいいということだ。

「……いや、それは、さすがに、悪い」

 ジェンはうつむいた。しかしウィリアはまっすぐ見たまま言った。

「悪いとか言っている場合ではありません。ジェンさんは、わたしのこだわりを受け入れて、抱くのをやめてくれました。それは感謝してます。しかし、今回は人の命がかかっています。水を一本多くくんでくれば、何人もの命が助かります。その価値は、わたしの男性に抱かれたくないという思いや、ジェンさんのわたしに嫌なことをさせたくないという思いよりも、ずっと大事です。手段がある以上、魔法瓶を減らして保存瓶を持っていくべきです」

「……」

 ジェンは考える顔になった。

「わかった。そうしよう」

 その返事を聞くと、ジェンをまっすぐ見ていたウィリアが目をそらした。そのとたん、頬と耳が真っ赤になった。

「……あの、もし魔力が足りなくなったらの話ですからね?」

「う、うん」




 石でできた祠。ダンジョンの入口である。

 ウィリアとジェンは中に入った。下に向かう階段がある。

「行きますよ……」

 ウィリアが階段を降りる。続いてジェンも降りる。

 階段の中程まで降りたとき、入口のあたりがふっと光った。

「今のは?」

「結界だ。人工ダンジョンは、たいてい人数制限がある。一度に入れるのはここでは四人までだそうだ。結界によって、しばらく他の人は入れない」

 二人は地下一階に着いた。

 さっそく、スライムが群がってきた。

「やっ!」

 ウィリアが斬る。スライムたちは死体の山を築いた。

「地図にあったとおり、スライムが出ますね」

「いや……」

 ジェンは、もらった地図を広げてみた。フロア構造と出現する魔物が記されている。

「一階に出るのは、この地図によると普通種のスライムだ。いまのやつは毒スライムだ。だいぶ強さに差がある。やはり、全体的に強くなってるようだ」

 ウィリアにとってはスライムも毒スライムも誤差みたいなものだが、駆け出しの冒険者なら生死を分けるほどの違いがある。

 壁に発光性のコケが付いているので、暗くて見えないということはない。二人は地図を頼りに奥に進んだ。

「ところで、ここは人工のダンジョンということですが、作った人は、何が目的なんでしょうか」

「魔道士がダンジョンを作るのは、主に二つの狙いがある。ひとつは、魔物を呼び寄せて、魔物の繁殖や殺し合いで発生した魔素を収集すること。もうひとつ、魔物狩りに来た冒険者が中で死ぬと生命力が得られる。それを収集すること」

「……」

「他にも、冒険者が身につけていた装備などを横流しすれば、けっこうなもうけになるらしい」

「なんと邪悪な。そんなもの、破壊すべきでは?」

「そう思うだろうけどね、ダンジョンがあると、冒険者が寄ってきて街が潤うので、歓迎されてたりする。破壊という話にはなかなかならない」

「人の命を吸い取るのに?」

「命を提供しようと思っている冒険者なんかいない。誰も、自分は大丈夫。宝を持ち帰ってこれると思うんだ。成功することもあるし、死ぬこともある」

「やっぱり邪悪だと思います」

「構造としてはカジノと同じだ。損しようと思って行く人はいない。だけど全体としては、必ず胴元が儲けることになっている。賭けるのが金か命かという違いだ。それに、ダンジョンがあるから聖水を取りに行けるので、マイナスばかりじゃないよ」

「うーん……」

 ウィリアは納得できないまま進んだ。




 十階までは地図の助けを借りてさくさく進んだ。とはいえ魔物は強くなっている。すでに大型犬ほどのサイズの魔物が出てきていた。

「これからが本番だ。気をつけよう……」

 ジェンが周囲に気を配る。ウィリアも剣を握りしめる。

 ジェンが方眼紙を取り出す。

「じゃ、ウィリア、進んで」

「はい。いち、に……」

 数を数えながらダンジョンを進む。歩幅で距離を測り、方眼紙に記入していく。地図を作りながら行かないと、帰りがわからなくなる。

 ウィリアの足が止まった。

 ただならぬ気配を感じる。

 前方の通路の壁に、なにかいる。

 通路の壁にコブのようなものがある。それが一斉にこっちに移動してきた。

「ラルヴァ!」

 魔素によって発生した、ウジのような芋虫のような魔物である。

 その大群が二人に襲いかかった。

「きゃあ!」

 虫が得意ではないウィリアは剣を振り回した。

「う!」

 ジェンにも向かってきた。かみついてくる。周囲に風魔法を放ち倒した。

 数が多すぎる。ウィリアは剣を握りしめた。

「炎魔法剣!」

 剣をぶん回し、炎の威力を周囲に広げる。

 ラルヴァの大群は焼けて死んだ。

「はあ、やった……。う?」

「うっ!?」

 ウィリアとジェンは、一瞬、気が遠くなるような感覚を覚えた。

 息が苦しい。深呼吸する。

 苦しくなったのは一瞬だけのようで、なんとか回復した。酸欠だったようだ。

「あ、苦しかった……」

 ジェンが難しい顔をした。

「はあ、はあ。ウィリア、密閉空間だ。広範囲に炎魔法を放つとあぶない。使ってもいいけど、範囲を絞って」

「はあ、はあ、わかりました」

「さっきのようなのが出てきたら、僕が風魔法で倒す。間に合わなかったら風の魔法剣を使ってくれ」

 さらに進む。

 魔物は次々と出てきた。スライムやラルヴァのやや強い種類。虫とかミミズとかが魔物化したもの。光や闇などのエレメント系。それらを、ウィリアの剣とジェンの風魔法で次々に倒していく。

 しかし、どうにも数が多い。簡単には進まない。

「ウィリア、魔力が少なくなってきた。ごめん、キスしていい?」

「ええ。どうぞ」

 薄暗い中、二人はキスをした。

 魔力を回復し、進み続ける。

「……」

「……」

 無言で進む。



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