ロンボス村(4)
ウィリアは戦士団の詰所に入った。
事務係の女性が、蒼白な顔で一人だけいた。
「ジェンさんはいませんか?」
「ジェンさん?」
「薬屋の……あ、ゲントさんです。いませんか?」
「ああ、あの方は、救護班の役をするからって、隊と一緒に行きました」
ウィリアは入口の方を見た。ジェンを追うべきか。二人でいれば、ドラゴンにもなんとか対処できそうな気がする。
そのとき、詰所に男たちが入ってきた。
「あ、隊長。おかえりなさいませ。どうでした?」
しかし入ってきた男たちは、女性の問いに何も答えず、詰所のロッカーからいろいろ持ち出した。
「ねえ、隊長、どうなったんですか! 隊長!」
隊長を含め、入ってきた男たちは、無言のまま出て行った。
「……」
女性はますます蒼白になった。
「行かなきゃ……」
ウィリアは詰所を出た。
「!」
ドラゴンはすでに、村に入ってきていた。
村の入口から続く道の遠くに、赤いドラゴンが見える。何かと戦っているようだ。おそらく、ジェンもあそこにいる。
向かうべきか、一瞬悩んだ。
しかし、あそこまで行っていては、入ってきたドラゴンが村を破壊してしまう。青いドラゴンは、すでに住宅地に入り込んでいた。
ウィリアはそちらへ走った。
住宅地ではすでに、いくつもの家が踏み潰されている。
火を吐いたのだろうか。火事になっているところもあった。
「ドラゴンは、どこ……!?」
物音のする方へ急ぐ。
前日訪れた、ヘディンさんの家の近くに来た。
「まさか……!」
大きな音が響いた。
ヘディンさんの家が半壊していた。ドラゴンが破壊したようだ。
「ヘディンさん!」
扉がゆがんで入れない。
「はっ!!」
扉を斬って、中に入った。
家の中には、材木に足を押しつぶされたヘディンさんがいた。
「今助けます!」
「いや! こっちじゃなくて、あっちを!」
彼女の指さした方を見ると、ドラゴンが壁を壊して、鼻面を家の中に突っ込んでいた。
その先には、アッシュ君がいた。恐怖のあまり、壁に背中をつけて固まっている。
ヘディンさんはウィリアにすがる目をしていた。
「おねがい! 息子を助けて! あたしはいいから!」
「……!」
ウィリアはドラゴンに向かった。
ドラゴンは大きな口を開けて、子供を丸呑みにしようとした。
ウィリアは剣を振るった。鼻先を斬る。
ドラゴンは大きな悲鳴を上げて、頭を引っ込めた。
ウィリアは壊れた壁から外に出る。
青いドラゴンは、ウィリアに向かってきた。息を吐きつけた。極寒の息だ。
霊気防御で防ぐ。
ドラゴンは牙を向けてきた。
ウィリアの動きは俊敏だ。攻撃をかわし、適当な間合いを取る。
「おそらく、あれは氷属性のドラゴン……。ならば!」
ウィリアは剣に魔法力を注ぎ込んだ。
ドラゴンは大きな体を使って、ウィリアを襲ってくる。
牙や爪をよけながら、剣に注いだ魔法力を増幅した。
魔法力が貯まった。
炎の魔法剣を放つ。
その力はまっすぐ進み、青ドラゴンに命中した。
ドラゴンの体が仰向けに倒れた。
「やった!」
ウィリアはドラゴンに近寄って様子を見た。
胸のあたりに大きな傷ができている。
だが、急にそのシッポが動いた。生きていた。シッポがウィリアを跳ね飛ばした。
「きゃっ!」
ドラゴンは体を起こした。
ウィリアに向かってくる。
だがその動きは弱々しい。かなりダメージを受けているらしい。
ウィリアに牙を向けた。
跳ね飛ばされたウィリアは立ち上がり、横っ飛びをした。
ドラゴンは首を回した。
その首を、渾身の力を込めて斬る。
首が落ちた。
「ふう……」
ドラゴンに勝った。
しかし、跳ね飛ばされた事で、ウィリアも大きなダメージを受けていた。
「不覚……。油断してはいけませんでした……」
休むわけにはいかない。もう一体ドラゴンがいる。
黒いドラゴンが、村中央の広場で暴れていた。
痛む体を押して、広場へ走る。さいわい骨折はしていないようだ。
近づくにつれて、黒いドラゴンの姿がはっきり見えてきた。
「あれは……何?」
ウィリアは戸惑った。
ドラゴンというのは、魔物の中でも別格の存在だ。その姿も、詩人が讃えるほどの調和を持っている。
しかし、その黒ドラゴンは異様だった。体はいちおうドラゴンだったが、ぐねぐねと形を歪ませ、表面は泡のような瘤のようなもので覆われ、さらに粘液がしたたっている。
こんな醜いドラゴンは、見たことも聞いたこともない。もしかすると、毒系のスライムとドラゴンが融合したものかもしれない。
このドラゴンもまた息を吐いていた。黒い煙の息。周囲にまき散らす。逃げ遅れた人がその煙に巻かれた。それらは痙攣してその場に倒れた。
「毒……」
強力な毒の息を持っている。近づくことはできない。
魔法剣で戦うしかない。
剣に魔力を込めた。
できる限り増幅する。
遠くから、魔法剣を放った。
それは黒ドラゴンの体を切り裂いた。
黒ドラゴンは倒れた。
「……」
今度は慎重に近づく。
しかし見ているうちに、泡のようなものが湧き上がり、傷を塞いだ。ドラゴンは立ち上がった。
「!」
ウィリアをめがけて襲ってくる。
また、魔法剣を放った。
命中し、傷つけた。しかしまた同じようになった。傷が塞がるのだ。
「再生能力……!」
不定形の魔物のような再生能力がある。
黒ドラゴンはウィリアに向かう。噛みつこうとする。ウィリアはよける。しかし、近づくだけで毒を感じる。
ウィリアは距離を取ろうとする。
ドラゴンは追う。
何度も炎の魔法剣を放つが、再生されてしまう。
「ハア、ハア……」
ウィリアも疲労がたまってきた。
「もう、いくらも戦えない。……一撃で倒さない限り、これは死なない。一撃で倒すには……首を斬るしか……」
だが、首を斬るには横から攻撃する必要がある。遠くにいてはそのチャンスがない。しかし近寄ると毒でやられてしまう。
魔法剣で大きなダメージを与えた後、すぐさま横に回って首を斬る。そう考えた。
剣に魔法を込めた。
「う……」
魔法を込める力が鈍ってきた。
体力だけではなく、魔力も残り少なくなってきている。
「……もう、これしか放てない……」
残り少ない魔力で、できるだけ魔法を増幅させる。
「やっ!」
ドラゴンに放った。
ドラゴンは大きな傷を負い、倒れた。
すぐさま近づく。横の位置を取る。
魔法剣は放てない。
見ているうちにも、傷は塞がってきていた。
「ここで打ち損じれば、何人も死ぬ!」
ウィリアは残った力で、黒ドラゴンの首を切断した。
切断された首から、黒い血が吹き出した。
その黒い血を浴びてしまった。血の中にも、猛毒が流れていた。
「ううっ……!!」
全身が痙攣した。ウィリアはその場に倒れた。
息が止まった。