ロンボス村(1)
ウィリアとジェンは南部の街を目指して旅をしていた。
山のふもとに沿う道になる。
途中、魔物狩りしながら進む。森の中に入れば、スライムや、魔物化した獣がいる。
「やっ!」
襲ってくるのを剣で一刀両断にする。
ウィリアの実力からするとたいした強さではないけれど、一般の人にとっては十分危険である。
ここ二年ばかり、全国で魔物の力が強くなっているらしい。犠牲者も多いようだ。
強くなってきたのは、黒水晶の出現と時期が重なる。なにか関係があるのかもしれなかった。
火山のふもと、ロンボス村に着いた。
村の規模は中ぐらい。街道ともそれほど離れていないので、そこそこ活気があるようだ。
「宿はこっちだ」
「ジェンさん、来たことがあるんですか?」
「薬の行商で、何度か……」
ウィリアとジェンは宿の扉を入った。
ジェンは、なぜか前後左右を見て、落ち着かないようだった。
「ジェンさん、どうしたのですか?」
「……いや、なんでもない」
台の上のベルを振ると、受付の人が奥から出てきた。
「はい。お泊まりですか」
「ええと、部屋を……」
そのとき、背後から女の人が入って、ジェンの肩に抱きついた。
年齢は二十代半ばだろうか。オレンジに近いブロンドで、濃いめの化粧をしていた。体の線が出るぴったりしたロングコートを着ていて、大きい胸が目立った。
「ゲンちゃーん。おひさしぶり(ハート)」
「わっ!?」
「しばらくだったわね。今回も行商? 泊まっていくんでしょう?」
「あ、あの、その」
背後にいたウィリアがジェンに聞いた。
「すみません。この方は?」
女性がウィリアの方を振り向いて、ひきつった顔をした。ジェンから体を離す。
「……あ。お連れさんがいたのね。あは、は、はは。じゃ、また!」
女性は、後ずさりして、宿屋の扉から出て行った。
ジェンは冷汗を流していた。
ウィリアはジェンを、きわめて冷静な目つきで見ながら、再度聞いた。
「で、あの方は?」
「あ、あの……以前この村に来たとき、お世話になった、プルナ・ヘディンさん……」
「ふーん。お世話になった方ですか。だったら、旧交を温めてきたらいいんじゃないですか?」
「い、いや、いいんだ……」
受付の人は、ややこしい事態を見なかったふりして、ジェンに聞いた。
「で、お部屋は」
「あ、あの……」
「個室を二部屋お願いします」
ウィリアがきっぱりと言った。
受付が訊ねた。
「ところで、明日はどの方向へ行く予定ですか?」
「ロンボ火山を超えて、南へ行きます」
「ああ、それはちょっと行けません。少なくとも三日ぐらいはだめです。お泊まりになるなら明日と明後日の分も予約を取ってください」
「え? なぜですか?」
「火山観測の係がいて、蒸気の様子とかを見ているのですが、噴火が近いらしいです。こうなると危ないので、道は通行止めになります」
ウィリアとジェンは顔を見合わせた。
「……しかたないね」
「……ですね」
魔物などの危険なら買ってでも行くのだが、火山の噴火となるとどうしようもない。それに、回り道をするとはるかに長くかかりそうだ。
「ピエティカル以来足止めされてばかりだな……。うまくいかないもんだ。じゃ、二部屋、とりあえず三日分おねがいします」
宿を取ったが、ウィリアにはすることがない。
魔物狩りでもしたいところだが、アントズ山のように炎の魔物が出るわけでもないようだ。
宿に荷物を置いて、とりあえず村の中を歩く。
道端に、ベンチに座っていたお爺さんがいた。隣に座り、尋ねてみた。
「すみません、お爺さん」
「あ?」
「この近くに、魔物が出るような場所はありませんか?」
「なんだって?」
「魔物が出る場所はありませんか?」
「刃物がどうしたって?」
耳が遠いようだ。
「魔物ですよ。スライムとか、アンデッドとか……」
「おお、少し登った所に、いっぱいある」
「本当ですか」
「だけど今はない。春に出るんだ。毎年山ほどとれて、おひたしとか天ぷらにするんだが」
何かとまちがえている。
「いや、おたずねしたいのは、魔物です。キマイラとか、ドラゴンとか……」
ドラゴン、と言ったとき、老人の顔つきが変わった。
「ドラゴン……。あんた、その伝説をどこで聞いた?」
「いえ、聞いたわけじゃないですが……。ドラゴンがいるのですか?」
「あんた、この村の名前を知っとるか」
「ええ。ロンボス村と聞きました」
「よくお聞きなさい。この村の名前はロンボス村と言うのだ。それはロンボ火山に由来するが、そのロンボ火山の『ロン』とは、古代語でドラゴンを意味するのだ」
「火山の名前に、ドラゴンが?」
「はるか昔、ここらは多数のドラゴンが生息していた。ドラゴンのいる火山なのでロンボ火山と名前が付いたのだ。ドラゴンは近隣を襲って、多大な被害が出ていた。やがて、ここに賢者がやってきた。賢者はドラゴンたちを、火山の地下深くに封印したのだ」
「そんな伝説が……」
「この村の村戦士は、野盗や魔物から村を守るのも勤めだが、いつか復活するというドラゴンを撃退する使命があるのだ。ワシが戦士隊にいた頃、ドラゴンがやってきたら退治してやるとずっと思っていた」
「お爺さん、戦士だったのですか」
「しかし、ドラゴンは……」
老人は言葉を切った。
しばらく経った。
「?」
ウィリアは老人の顔を覗き込んだ。眠っていた。
「……」
話を最後まで聞くことはできなかったが、要するにドラゴンは現れなかったのだろう。
結局、魔物のいる場所はわからなかった。
しかたないので、剣の素振りをする。
村の中に小川が流れている。手すりもない小さな橋がかかっていた。
小川のほとりで、ウィリアは素振りの稽古をした。
そうしていると河原に、五歳ぐらいの男の子がやってきた。魚すくい網を持っていて、小さな橋の上に立った。小川を見ている。川エビか何かをすくいに来たのだろうか。
男の子は、橋のへりに手をかけて、川に顔を近づけた。
ウィリアはおもわず素振りの手を止め、危ないなあと見ていた。
男の子は、さらに体を乗り出した。
危ないな、危ないな……と見ていたら、男の子はバランスを崩して、川に落ちた。
「あーん!」
ウィリアは慌てて助けに入った。大人なら足の付く川だ。川へ入って子供を抱え、橋に座らせた。
「だいじょうぶ?」
「ウン……」
男の子はべそをかいていた。
「ぬれちゃったから、おうちに帰りなさい。帰れる?」
「うん……。あれ? クツがない」
男の子の片方の靴がなかった。
落ちたときに外れたのだろう。ウィリアは小川に戻って、靴を探した。
しかし見つからなかった。すでに流されたか、どこかの淵に入り込んだのだろう。
「ごめんね。靴は見つからなかった。お姉ちゃんが、おうちまでおぶってあげるから」
ウィリアは男の子を背負って、住宅の方に行った。
「キミ、名前は?」
「アッシュ」
「おうちの名前は?」
「ヘディン」
「そう。ヘディン……ん?」
どこかで聞いたことがある。
思い出した。ジェンに抱きついた女の人の名前だ。
「あの……ママはいる?」
「ママいない。お仕事」
「パパは?」
「パパはいない」
「……」
子供に道を教えられて、家の前に来た。表札にヘディンと書いてあった。
「ちゃんと体をふいて、乾かすんですよ」
「お姉ちゃん、ありがとう」
ウィリアは住宅地を離れた。
ウィリア自身も濡れていた。その日は宿に帰って、温泉でゆっくり体を休めた。