将軍の別荘(2)
ホーバート子爵の話を聞いているうちに、外は暗くなっていた。
「もう遅くなった。二人とも今夜は、ここに泊まりなさい」
「はい。ですがその前にお聞きします。ホーバート様はわたしたちを領国へ護送するおつもりですか?」
「そうしたいところだが、無理にするつもりはない。帰ってもらえればありがたいのだが……。まあ、その話は明日以降にしよう」
そのとき、部屋に年配のメイドが入ってきた。
「ご主人様、ちょっとお話が……」
「何だね?」
子爵は立ってメイドの話を聞いた。
「困ったな……」
腕を組みながら帰ってきた。
「どうなさいましたか?」
「いやね、明日、祭を主催すると言っただろう。大地に供物を捧げる儀式があって、それは若い乙女が行うんだ。姪に頼んでいたのだが、体調が悪くて来られないらしくて……。ん? 待てよ……」
子爵はウィリアをじっと見た。
「ウィリア君、すまないが、かわりにその役をやってくれないか? 君ならぴったりだ。頼むよ。ここには若い女性がいないんだ」
「え? いやそんな。無理ですよ」
「そこをなんとか」
結局、ウィリアがやることになった。
翌日の午後、近在の村人たちが集まってきた。ホーバート子爵夫妻が先頭になって、近くの祠にお参りする。
そのあと、雪がうっすら積もった広場に、ウィリアが供物を捧げる儀式が行われる。
彼女は純白のフードをかぶっていて、手には麦や豆が入った籠を持っている。
広場の中央で、籠から穀物をばらまく。白い雪の上に舞った。
大地への捧げ物の儀式は無事に終わった。
一行は別荘に戻った。
「はあ……。緊張しました」
「ごくろうさん。後は、パーティーがあるから」
「え!? パーティーがあるなんて聞いていません!」
「あ、すまない。村の人たちを招いて、ちょっとした宴を開くことになっているんだ。君が出ないと、あの乙女はどうしたという話になるから、悪いが出席してほしい」
「ですが、わたしは正体を隠している身です」
「まあ、君の顔を知るものはいないだろうし。……まてよ。近くの別荘の、ヒブリス伯爵の御次男が来ているな。面識はあるかな?」
「ヒブリス伯爵ですか? 財務大臣などを歴任した方ですよね。お名前は存じておりますが、本人にもご家族にもお会いしたことはありません」
「それなら大丈夫だ。何か聞かれたら、僕の姪だということにしておくといい」
「姪御さんのふりをして下手なことをしたら、その方の評判や縁談に差し障りがあったりしませんか?」
「あまり社交には出ない子だし、縁談ももう決まっている。気にしなくていい」
「ところで、ヒブリス伯爵の御次男という方は、こんな冬になぜ山の別荘に?」
「山スキーと狐狩りに来ていると言っていた。正直、彼とは立場が違うので、あまり話が合わないのだが……。近所だし、呼ばないのは角が立つ。まあ、挨拶だけしてくれればいい」
急遽、パーティー用にお色直しが行われた。メイドたちはウィリアの体格に合うドレスを探しだしてきた。
子爵の奥様が直々に、ウィリアに化粧を施した。
「まあ、本当に、おかわいらしい。土台がいいから化粧のしがいがありますわね」
「あの、わたし、あまり化粧ってしたことがなくて……」
「こんなにかわいいのに、もったいないこと。女の子はかわいくていいですわね。うちも女の子が欲しかったですわ」
一方、ジェンは客としての出席を固辞した。
「いや、パーティーは、僕はいいですよ」
「そうおっしゃらずに。一人だけほっておくわけにはいきませんので」
「僕は従者をやってるんです。どうしてもと言うなら、ウィリアの執事として出させてください」
そう希望して、執事服を着せてもらった。
「こんなところでいいですか?」
「……」
執事服を着た自分を鏡で見た。わりと似合ってる。
自分は本質的に使用人タイプなのかもしれない。
そう思っていると、ウィリアの用意ができてきた。
「あ、ジェンさん、執事の格好で出るんですか」
「あ、ウィリア……」
ジェンは入ってきたウィリアを見た。
息を呑んだ。
きれいな青いドレスを着て、首筋から肩の線が見えている。髪はまとめ上げられて、髪飾りで留められている。顔は、見慣れない化粧した顔で、唇は薄紅色に輝いている。アイシャドウなども入っていて目の輝きが強調されていた。
「あ……」
「どうしました?」
「い、いや、化粧した顔って、初めて見たから……。その、なんだ、そうしていると、まるでお姫様みたいだね」
「わたしいちおうお姫様なんですけどね?」
パーティーが始まった。
ウィリアは子爵夫妻の後について、お辞儀をして回った。村長や、村の旧家の方々が出席していた。ウィリアの後にジェンもついて回った。
若い男がいた。
肉感的な美人を連れていた。そして、背後に何人もの警備係がついていた。
「トニイ君、ようこそ」
男は笑みを浮かべて子爵と握手した。
「いやあ、お招きいただきありがとうございます。ホーバート閣下もおかわりなく……。おや、そちらの方は、姪御さんですか?」
「え、ええ」
男はウィリアと握手をしてきた。
「こんなに美しい姪御さんがいたとは。僕は、ヒブリス家のトニイと言います。お見知りおきを……」
「は、はい。お目にかかれて光栄です」
一通り回った。
「ウィリア君、ジェン君、ごくろうだった。あとは食事をしておいてくれ。よければワインも」
「あ、わたしはお酒はちょっと。料理をいただきます」
立食パーティー形式で、一口料理が並んでいる。ちょうど夕食の時間にかかっている。ウィリアとジェンはいくつかをつまんだ。
食べているウィリアに、黒い服を着た男が近づいてきた。
「閣下の姪御さんですね?」
「え? あ、はい! そうです」
「ヒブリス様がお話ししたいとのことです。おいでいただけませんか」
「え?」
ちょっと悩んだが、行かないとまずいと思って、ついて行った。
「やあ、どうも」
ヒブリス家の次男が座って待っていた。周囲には黒い服を着た警備係が何人もいた。先ほどいた美人は、近くにいなかった。
ウィリアは横の席に座らせられた。
「お、お招きいただきありがとうございます」
「どうか緊張なさらずに。あなたが、捧げ物の儀式を行ったのですか? 見たかったなあ」
「ど、どうも」
「閣下の姪御さんなんですよね。僕も閣下にはたいへん親しくさせていただいております。いやあ、ホーバート閣下は大変実力者であられて、若くして国軍大将の重責を担っていて、頭が下がります」
「は、はい。ありがとうございます」
「なかなかできる事じゃありませんよ。やはり、人物が違いますね。貴族の中でも数少ない、真に有能な方だと思っているのです」
「え、ええ」
「武の家の貴族と言っても、名前だけの人もいますからね。ゼナガルドのフォルティス伯爵や、ソルティアのシシアス伯爵も、達人と言われていた割に、襲撃されて亡くなったと言うじゃないですか」
「……ええ……」
「多少剣ができたってね、戦いなんて、結局は兵力なんですよ。強い兵士を十分に備えるのが大事。彼らは兵力を集めるのを怠ったんです。金の使い方をわきまえていなかったんでしょう」
「……はあ……」
「ホーバート閣下も二人の同級生で、剣術学園では優勝できなかったと言ってましたがね、ああいうのは、結局、接待でしょう? まあ、伯爵家の生徒がいたら、そっちに優勝させるってことになりますよねえ」
「……」
「建国祭の剣術大会でも、その二人は優勝したそうですが、それも、結局は……」
「……」
そのとき、ジェンが後から声をかけた。
「お嬢様。村の方がお話があるそうです。あちらへ……」
「あ……はい」
ウィリアはトニイにお辞儀をして、席を離れた。彼は鼻白んだ顔をしていた。
大広間を横切る。
中は暖房が効いていて、暑いぐらいだった。ジェンはウィリアをつれて、ベランダに出た。
「ありがとうございます。あのまま話を聞いていたら、暴力を振るっていたかもしれません」
「わからない奴には、言わせとけばいい」
冬の風だが、火照った体にはむしろ心地よい。二人は手すりにもたれかかった。
「貴族になると、パーティーなんかもしなきゃいけないんですよねえ。わたしはあまり出たことがなくて。好きじゃなかったので」
「うん。僕の父もパーティーを主催することがあったけど……。わかると思うけど、ああいう性格だから好きじゃなくて、いつも『面倒なことだ』と言っていた。『面倒なら、やめたら?』と言ったことがあるんだけど、『そういうわけにもいかんのだ』ということだった。貴族にとっては義務のようなものらしい」
「ですね……」
空には月が出ていた。
「シシアス伯爵……。わたしの生まれたときに、集まってくれたのですね。だけど、嫁にくれなんてね……。ちょっと気が早すぎますよね」
「だね」
「でも、弟が生まれていれば、そうなった可能性もあるのですよね……」
「……」
ウィリアはジェンの顔を見た。
ジェンはウィリアを見つめた。
二つの顔が近づいた。