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皇太子戦争

 かつてのファガール国について話そう。

 ファガール国は、エンティス国の南東に接していた。間に山岳地帯があるので陸路では行きにくい土地だが、海に開けているので交易はあった。

 わがエンティスとは歴史上何度も戦火を交えてきた。ファガール国は、面積はエンティスの一割くらいで、人口もそのくらい。だが、勇猛で知られていた。エンティスのみならず、大陸の他の国もその強さについては一目置いていた。

 その構成は特殊だった。民族として、ファグ族とカロ族に分かれていて、人口では二割に満たないファグ族がカロ族を支配する、厳しい身分制度の国だった。カロ族は、従順にしていれば平穏に暮らせたのだが、不満を言ったり、政治的発言をすると、厳しく罰せられることになっていた。ファグ族は戦士階級で、幼いうちから戦いの術をたたき込まれ、ほとんどの男が屈強な戦士に育つのだ。

 過去に戦いはあったものの、その当時はエンティスとファガールはそれなりの友好関係を結んでいた。王子ヤールが留学生として剣術学園に入り、王都で学んだこともある。

 王子ヤールは当時の皇太子であったネス様と年が近く、友人となっていた。お互いの国を行き来したりなどの関係があり、良い状態を保っていた。

 だがあるとき、国境で、土地争いが起きた。

 よくあることだが、局地的な土地争いが双方引けなくなって、武力衝突が起こった。それが拡大し、国の威信などがからんで、事態が複雑化していった。

 規模としては一割ぐらいの国なので、本気で戦争をすればこちらに部がある。しかし勇猛であり、戦えば大きな損害が予想されるので、戦いたくはなかった。

 一方で、和平への努力も行われていた。特に、王子ヤールと、皇太子のネス様は友人同士だったので、戦争を終わらせたいと強く願っていた。

 どちらも沈静化のため努力をした。ファグ族は民族性もあって好戦的であり、意見をとりまとめるのは苦労したらしいが、なんとか和平を実現できそうなところまで来た。

 和平の調印のため、ネス様がファガールに赴いた。戦争をしている国ではあるが歓迎されて迎えられた。調印の前に、王城で晩餐会が行われた。

 だがその夜、ネス様が苦しみだした。体の自由がきかなくなり、呼吸が乱れた。急速に衰弱して、体中の肌が青痣のように紫色になった。毒を盛られたのは明白だった。

 随行の医師や治癒師が診ても、どうしようもなかった。あちらでも医師を用意したが、その状況で任せられるわけもない。

 夜のうちに、ネス様は亡くなった。

 随行の部隊長は激怒し、ファガールの役人をなじった。

「これが貴国のやり方か! 本国に戻らせてもらう! 次は戦場で会う!」

「いや、これは、なにかのまちがい……。我々は何もしていない……。急病になっただけでは……」

「こんな急病があるものか!!」

 部隊長は帰ろうとしたが、ファガールの役人は善後策を見いだせず、彼らを止めようとした。

 帰ろうとする部隊と、止めようとする兵士の間で、戦闘になった。戦いになればあちらの土地だ。部隊はほとんど全滅した。

 しかし、随行者の中に跳躍魔法を使える者がいたので、それが帰還し、何があったかを報告した。




 緊急の会議が行われた。陛下以下、国の主だった者が出席した。

 マリウスとレオンは、卒業してすぐで軍人としての地位は低かったが、有力領主の資格で出席していた。

 僕(ホーバート子爵)もまだ若かったが、軍の参謀本部にいたので、書記役としてその場にいた。

 会議では、主戦論が大勢を占めた。当然だろう。皇太子を殺されて黙っていられるわけがない。ネス様は若かったが聡明なお方で、臣下たちからも敬愛されていた。

 マリウスなどは涙を流しながら、戦争を主張した。ほとんどが同じ思いだった。陛下は黙ったまま、議論を聞いていた。

 だが、その中で一人、反対する者がいた。

 王国の重鎮のニモ伯爵は、ほとんど主戦論の会議の中で、和平を主張した。

「ネス様と、ヤール王子は昵懇じっこんの間柄。ファガールの貴族たちの間では主戦論が大勢で、ヤール王子が主になって和平を説得したと聞きます。であれば、暗殺は王家の意図ではありません。主戦派によるものです。このまま全面戦争に至れば、ネス様の御意志にも適わないばかりか、真の犯人が誰かさえわからないままになります。真相究明を約束させた上で、和平を行うべきです」

 ニモ伯爵は大変な碩学せきがくであり、人間的にも立派で、人格随一と言われていた。また、ネス様の教育係でもあり、信頼も厚かった。貴族の中では最もネス様との距離が近かった人物だ。その人の言葉は説得力があった。

 伯爵は、ネス様と一緒に王子ヤールにも教えを施したり、ファガールを訪問したりもしていたので、向こうの王族に対しての理解もあったようだ。

 さらに会議の途中で、ファガール国から急ぎの書状が届いた。非公式な謝罪と、紛争中の領土の割譲、そして和平が実現したら暗殺犯の捜査をする約束をしていた。

 会議の空気が変わってきた。主戦の声は強かったが、もしかしたら戦争を回避できるのでは、と思った。

 だが、それまで何も語らなかった陛下が、口を開いた。

「皆の者、議論ご苦労だった。ニモよ。真の犯人がわからくなるとの懸念だが、無用である」

「え……?」

「すべて、滅ぼす。ファガールの者、一人たりとも逃がさぬ」

 結論は決まった。




 全面戦争となった。

 その過程で、エンティスでも、ファガールでも、多数の命が失われた。

 たしかにファガールは勇猛だった。同数の戦いでは押されることが多かった。しかし、人口規模が一割ぐらいの国だ。その上、戦士階級が限られているので、兵力になるのはさらに少ない。

 また、支配されているカロ族の反体制派と連携したり、中間地帯にいる山岳民族の協力も得られたので、こっちがはっきり優勢になった。

 最終的に、わが軍がファガールの王都に攻め入った。その戦いではマリウスもレオンもかなりの働きをした。

 王城は落ち、ファグ族の王家は滅ぼされた。




 ファグ族の男たちのほとんどが、戦いの中で死んだ。

 残った捕虜に対しても、陛下の命令は厳しいものだった。

「斬首か、断種か、選べ」

 つまり、断種して宦官となれば、命だけは助けてやるということだった。誇り高いファグ族の男たちは、ほとんどが斬首を選んだ。

 女性と子供だけが残された。それに対しても、扱いは過酷だった。歴史的にエンティスは征服した相手に寛容だったが、この時は違った。カロ族はすぐにエンティスの市民権を与えられたが、ファグ族の市民権は認められなかった。

 また、集団で居住することも禁止された。このため、ファグ族の生き残りは、山に入って猟師になるか、農奴となるくらいしか生きる道がなかった。

 勇猛で知られた民族が、事実上消滅したのだ。




 ファグの王族は滅ぼされたが、一人、生き残りがいた。

 ヤール王子は五人の子供がいた。長男と次男は戦死が確認された。長女は王城陥落の時に自殺した。末っ子で、二歳くらいの娘がいたらしいが、その生死は確認されなかった。おそらく火災に巻き込まれて死んだようだ。

 当時七歳の三男が残された。

 王城に突入した兵士も、子供を殺すのは忍びなかったようだ。とりあえず捕獲して、王都に護送した。

 どうするかという話になった。

 陛下が、「殺せ」と仰るだろうと誰もが思ったが、何も言わなかった。

 戦争直後は次々とファグ族に対し過酷な命令を出していた陛下だが、少し時間がたつと、それをぴたりと止めた。ファグ族関係の問題を上奏しても、「おまえたちで適切に扱え」と仰るのみで、関心がなさそうだった。もしかすると、思い出したくなかったのかもしれない。

 残された三男は、捕獲した隊の司令官のところにいたが、あるときニモ伯爵が「育てたい」と言い出した。その三男、名前はレイズと言った。伯爵とその子は面識があったらしい。

 陛下は「好きにするがいい」と、それを許した。レイズはニモ伯爵のところで育てられることになった。




 レイズ少年は、ニモ伯爵の元で、大事に育てられた。

 ニモ伯爵は武の家ではなく、学問を主とする家であるが、レイズ少年は剣術の方を好んだ。終戦の時七歳だったが、幼い頃から剣の練習をしていたらしい。

 伯爵もそれを応援し、指導者をつけてやったようだ。その実力は順調に伸びていったらしい。

 あるとき、レイズ少年が、希望を言った。

 「剣術学園に行きたい」と。




 ホーバート子爵の話を聞いていたウィリアとジェンが、驚いた。

 ジェンが言った。

「それは、無茶です」

 子爵は頷いた。

「そう。誰が聞いても無茶だ。少し前まで大戦争をしていた国の遺児が、王国の軍人を育てる学校に行って、うまく行くわけがない」

 子爵は難しい表情になって、話を続けた。

「だが、伯爵はその望みをかなえてやろうとした。陛下も『好きにしろ』というだけで、反対もされなかった。

 誰よりも知恵があるはずのニモ伯爵だったが、ファグへの同情で、目が曇っていたとしか思えない。

 もしかしたら、ヤール王子とネス様のように、友人ができることを期待したのかもしれない」




 レイズ少年は剣術学園に入った。

 さすがに、正体を明かしてはいけないとわかっていて、偽名を使い、偽の経歴で入った。

 最初のうちは、周囲ともうまくやっていたようだ。

 しかし、剣術の練習が始まると、状況が変わってきた。彼は非常に幼い頃から剣の練習をしていた。また、ファグの王族は剣の達人揃いで、その血を引いていたようだ。剣の腕は、周囲とはかなり差があった。同学年でかなうものはいなかった。

 闘技会にも出場した。一年度前期の大会では敗退したが、後期では優勝した。一年生での優勝は剣術学園始まって以来のことで、その後ライド君まで現れなかったらしい。

 あまりの強さに、周囲が怪しみだした。彼の正体をつかもうと、一部の生徒が調べ始めた。

 あるとき、レイズ少年が誰かと接触しているところを見られた。相手はニモ伯爵のところの役人だった。

 ニモ伯爵がファグの遺児を育てていることは知られていた。

 ある生徒が、彼に聞いた。

「おまえは、ファグ族のレイズ王子か?」

 レイズ少年もまた、誇り高いファグ族だった。嘘を言うことは恥だとの信念があった。

 彼は「そうだ」と答えた。

 それ以来、周囲の環境がまったく変わった。剣術学園には、戦争で親を亡くした生徒も多い。激しいいじめがあったという。

 彼はそれに耐えていたが、あるとき、限界を超えた。

「卑怯なファグ族の生き残りが! なんで、この学園に来た!」

「ファグ族は、卑怯じゃない……」

「皇太子様を毒殺しておいて、何が卑怯じゃないだ! この! 劣等民族が!」

 ファグ族を侮辱した生徒に、彼は我慢ができなかった。剣を持ち、その生徒を斬り殺した。そして、学園を出奔した。




 ニモ伯爵は責任を取り、すべての公職を退いた。謝罪のため領地の半分と伯爵位を返上した。陛下は断ったが、どうしてもと言って実行した。今はニモ家は子爵となっている。

 レイズの行方はわからなかった。

 数年が経ち、ある場所に現れた。元ファグ族の領主のところだ。

 陛下は「すべて滅ぼす」と仰ったが、完全に実行できたわけではない。ファグ族の中でも和平派の領主で、

「愚かな主戦派と心中したくはない。エンティスが受け入れてくれればその配下となる。受け入れられなければ戦う」

 と言ってきたところが二箇所ほどあった。受け入れるのと受け入れないのでは損害がかなり異なる。結局、陛下の許可を取った上で、その申し出を受け入れることにした。

 戦後、それらの領主はエンティスの男爵となった。ただし、王国で重く用いられることはないし、いろいろ制約がついていた。しかし彼らも、ここで不平を言えば身の破滅だということはわかっていたので、おとなしく過ごしていた。

 その片方に、レイズが現れた。ファグ族の戦士を数人連れていたらしい。

「ファグ族とファガール国を再興する。そなたも、エンティスの元で白眼視されているのだろう。我々に協力せよ」

 そう言ったようだ。

 領主は利口な男で、申し出を受けるふりをして油断させ、レイズたちを捕獲しようとした。

 レイズ以外は殺すか捕獲したが、レイズは強かった。兵士たちを斬って、逃走した。

 それ以来、彼の行方はわからない。




「それが、十年ほど前のことだ」

 ウィリアは子爵を見つめた。

「……では、『黒水晶』は、王子レイズだとお考えなのでしょうか?」

「証拠はない。だが、我々はほぼ、確信している。二年……三年近く前に、『黒水晶』とその配下の変化兵へんげへいが現れた。黒水晶が最初にその姿を現し、破壊の限りを尽くしたのは、話に出てきた元ファグ族……彼らに協力しなかった領主だ」

「……」

「一ヶ月後に現れたのが、もう一つの元ファグ族の領主のところだ。そしてその二箇所では、男たちのほとんどが虐殺されたが、ファグ族の女たちは命を奪われなかった。ただし、どちらも領主一族の娘が暴行を受け、出産に至った……」

「……」

「他に襲撃されたところも、皇太子戦争で大きな働きをした武将や戦士、そして王国に関係するところばかりだ。奴の目的は、エンティスへの復讐。そして、ファグ族とファガール国の再興だ。奴は、王家の血を残すため、妊娠と出産にこだわっているのだ……」

「ですが、そのお話しによると、王子レイズの年齢は三十過ぎのはず。わたしは『黒水晶』を複数回見ましたが、もっと若いように思われました。また、奴は魔法を使い、魔の者を従えています。これについては?」

「黒水晶の配下に『真魔』がいることは、魔物学者の調査でも確認されている。おそらく逃避行のどこかで、魔界から来た真魔と出会い、その力を得たに違いない」

 滄浪そうろうとの戦いを思い出し、ウィリアもその意見に納得した。ウィリアの眉が険しくなった。

「お話しいただき、ありがとうございます。悲惨な……。哀れむべき話でした。その立場なら、同じ事をせざるを得ないかもしれません。しかし、破壊と殺戮を繰り返す黒水晶を、許すわけにはいきません。彼を止めるため、この命を差し出すつもりです」



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