フィクル山のほこら
ウィリアとジェンは翌朝、あらためてシンディさんに挨拶をして、ホートの街を後にした。
山へ向かう道を行く。寒い季節になっていた。
坂道を登っている途中、白いものが落ちてきた。
「あ、雪……」
「急ごう。積もると面倒だ」
向かうのは、フィクル山の祠である。魔法剣の達人ランバ氏に、祠で力を与えられたと聞いた。その鍵になるメダルも入手した。
力を得れば、魔法剣の力をもっと自由に操れるようになる。黒水晶との決戦に役に立つはずだ。
山に登ると、雪が強くなった。
すでに何回か降っていたようで、あちこちに雪が残っていた。本格的に積もれば踏破も困難になるだろう。急がなくてはならない。
進行方向を横切る谷があった。すでに雪が積もって雪渓となっている。
ウィリアは周囲を見渡した。
「……なにか、感じませんか?」
「……ああ」
二人とも魔素を感じていた。魔物がいる。
谷を抜けたところに魔物がいるのだろうか? 気をつけながら、渡り終わろうとした。
そのとき、雪渓の下から何者かが現れた。大きな体が雪で覆われている。二人に向かってきた。魔物だ。
ジェンが風魔法を放った。
それは魔物の体に付着した雪を飛ばしたが、ほとんどダメージを与えられなかった。
「これは、アイスゴーレム!」
雪と氷の塊が生命を持った魔物だ。
「風魔法はあまり効かない!」
「わたしにまかせてください!」
ウィリアは懐から魔法札を取り出した。
炎魔法を使う。
炎を剣にまとわせて、増幅する。
「やっ!!」
魔法剣を放った。そのエネルギーはまっすぐアイスゴーレムに向かった。
ところが、意外な動きをした。アイスゴーレムは雪と氷の塊。体が上下に分離して、上半分が飛び上がった。炎魔法剣の力はその間を通って外れた。
「え!?」
二人に近づいてくる。
「いけない! 逃げよう!」
二人は走った。
さいわい、アイスゴーレムはそれほど速くはない。しばらく離れると、その足が止まった。
「……」
諦めたように雪渓の中に戻っていった。
「雪がない場所には出たがらないようですね」
「助かった。だが、雪に覆われれば逃げるのは難しくなる。積もらないうちに急ごう」
祠は洞穴の中にあった。
寒々しい洞穴の奥、簡単な祭壇が設けられていた。夏の間は地元の人もお参りに来るのだろう。供物の残骸がいくつかあった。
祭壇の背後にはさらに洞窟が続いていて、縄で結界が張られていた。くぐって入る。
奥に向かう。
無機質な声が聞こえてきた。
〈何者ダ……〉
頭に語りかけるような声だ。
〈用ガナケレバ、スグ立チ去レ。望ミガアレバ、供物ヲ捧ゲヨ……〉
「供物……」
ここでメダルを渡すのだろう。
ジェンはメダルを取りだし、ウィリアに渡した。
ウィリアは手の中のメダルを見つめた。
「頂いていいのですか?」
「もちろんだ。そのために取ってきたのだから」
「でも、思い出の品なんでしょう?」
「……」
ジェンもメダルを見つめた。
子供の頃、馬の世話をして手に入れたメダル。
「ちょっと待って」
ジェンはメダルを取り返し、持っていた紙と鉛筆を使って拓本を取った。ランバ氏からもらったような拓本ができた。
「……はい。もういい。使ってくれ」
「すみません」
ウィリアはメダルを手のひらに乗せて、見えない相手に差し出した。
メダルは宙に浮き、光って、見えなくなった。
〈照合……。確認……〉
すると、周囲に光のようなものが満ちた。
暗い洞窟の中だったはずが、岩肌も地面も見えなくなった。
ウィリアとジェンは、浮遊するような感覚を受けた。
「!」
周囲は光っている。まぶしくてよくわからないが様々なものがあった。赤・青・黄、様々な色に光るランプや、超古代語らしき文字を表示する盤面や、たくさんの時計のような装置。
メアム遺跡の魔法機械を思い出した。
周囲の光るものは、人間的ではない言葉を発した。
〈潜在能力、確認〉
〈エネルギー充填完了〉
〈神経系解析完了〉
奇妙で複雑な槍のようなものが、二人に向けられた。一瞬緊張したが、もはや身を任せるしかない。
〈潜在能力、解放〉
槍の先から、電撃のようなものが二人に向かって放たれた。
それはウィリアに流れ込んで、体の奥に達した。
「……!!」
光は収まった。
〈作業、完了……。ナオ、ミダリニコノ経験ヲ、語ルベカラズ……〉
ふと見ると、さっきと同じ暗い洞窟の中にいた。
声も収まった。もう何も聞こえないようだ。
「ウィリア、どうだ?」
「……力を感じました。何かが変わったような……」
「そうか。僕も力を感じた。なにかが流れ込んできたようだ」
「ジェンさんも?」
「周囲にも効くのかもしれない。金を取って、何人か一緒に来ればよかったなあ」
「もうしかたありません。出ましょう」
「魔法剣は使えるようになったのだろうか?」
「すぐ試せると思います」
祠からの道を引き返す。
先ほどの雪渓に付いた。雪の中、歩き出す。
また雪の下から巨体が現れた。アイスゴーレムだ。
「……!」
ウィリアは剣を抜いた。
「魔法……」
イメージの中で、炎の力を思い浮かべる。
剣を持っている手が熱くなる。
炎の魔法が顕現して、剣にまとった。
「やっ!!」
炎の魔法剣をアイスゴーレムに飛ばした。
しかし、アイスゴーレムはまた、体を分離させてそれをかわした。
「……」
向かってくる。
ウィリアはもう一度魔法剣を使った。
炎が剣にまとわりつく。それが増幅される。
「やーっ!!」
振った。
アイスゴーレムはやはり、体を分離させてやりすごした。
「はっ!」
ウィリアは魔法剣のエネルギーに念を送った。その力は進行方向を変え、上空に向かった。
さらに上空から急降下して、アイスゴーレムの脳天に直撃した。炎の力が命中し、体を砕いた。
残骸は氷のかけらになっている。もう動きはしないようだ。
「やったな!」
「はい……」
ウィリアはジェンの喜ぶ顔を見て、ほっとした表情を見せた。
しかしその表情は、すぐに厳しいものになった。
「ですが……これだけでは、黒水晶に勝てません」
「え」
「奴の動きは、人間のものではありません。この技があったとしても、大きなダメージを与えることはできないでしょう。もっと……もっと力が必要です。なにか、前提を覆すような……」
「僕は出会っていないけれど、そうか……。黒水晶の力はそれほどのものなのか」
「森の魔女さまに教えていただいた人物は、あと二人。一刻も早く、会いに行きましょう」