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ピエト教団(2)

 朝になった。

 雨はやんでいる。青空になっていた。

 ウィリアとジェンは朝食を取るために食堂に行った。

 昨夜の親子が来ている。

「おお! おはようございます!」

「おはようございます!」

 父と子はジェンに力強く挨拶をした。

「おはようございます。その後どうですか?」

「はい! ちゃんと動きます!」

 男の子は、松葉杖なしで立って見せた。

「それはよかった。ただ、急に負荷をかけるとよくないから、徐々に歩くようにしようね」

「はい!」

 父親が言った。

「あの、昨夜はあまりのことに興奮して、あなた様のお名前を聞くことを忘れてしまいました。どうか、教えてくれませんか」

「いえ、名乗るほどの者では……」

「そんなことおっしゃらずに。お願いします」

「あー……治癒師の、ゲントと言います。まあ、忘れてくださって結構です」

 偽名を言っておく。

「いえ。けして忘れるわけにはいきません。私はぶどう農家のアキノと言います。いつか必ずお礼をいたします」

 宿の人が朝食を運んでくる。

 火傷をした女の子も、食事を運ぶのを手伝った。ジェンの所にお膳を持ってくる。

「ちゆしのおじさん、どうぞ」

 彼女なりのお礼らしい。

「ありがとう」

 ジェンは女の子に微笑んだ。

 額の火傷の跡は、まだかさぶたが残っているが、部分的にはがれてきて、血色のいい肌が見えている。あと数日もすれば全部きれいになりそうだ。

 朝食を取ったが、渡し船が出るまですることがない。

 ウィリアは窓から外を見た。川の様子が見下ろせる。

「晴れましたね。この分ならもうすぐ船が出そうですね」

 しかし、横にいた宿の主人は首を振った。

「いやー、だめですね。あと二三日は出ないと思います」

「え? なぜ?」

「雨は止んでも、流れがかなり急になってます。渡し船はほとんどが小型なので、流れの速いときは出せないのです」

「でも、水面は荒れてないので、このくらいなら行けるのでは」

「渡ることはできるんですけどね、対岸に着くのが、だいぶ下流になっちゃうんですよ。動力のない船なので、一度下流に行くと上げるのが大変で、やりたがらないんです」

「ああ、なるほど……」

 そういう話をしていると、川の方で、大きな船が出発するのが見えた。

「あれ? あの船は出てますが?」

「あれは教会の持ち船で、十人ほどの漕ぎ手がいます。多少流れがあっても大丈夫なやつです」

「そうですか。あれに乗ることはできないのですか?」

「できないことはないですけどね、高いですよ」

「どれくらい?」

「一人、百ギーンほどかかります。」

 ここの宿代の十日分くらいある。

「高すぎませんか?」

「僧侶さまや役人が乗る船なので、他の人を乗せたくないようです。それに、旅の方だとすぐには乗れません。教会の方で人物を調査するので」

「うーん……。じゃ、いいです」

 ウィリアもジェンも偽造通行証で入っている。

 仕方ないので、二人とも自室に戻ることにした。

 ジェンはややうかない顔をしている。

「どうしました?」

「子供から見ると、僕は、やっぱりおじさんなのかなあ」

 女の子に言われたのを気にしているらしい。

「いや、子供の感覚ですから、気にしなくてもいいですよ。ジェンさん体も大きいし。子供にとっては、成人はみんなおじさんおばさんなんですよ」

「そう……?」

 わりと細かいことを気にするタイプだ。




 大人たちは時間を潰すのに苦労するが、子供たちはそうでもない。

 足が悪かった少年と、宿の女の子はすぐに仲良くなって、追いかけっこをやりだした。男の子は松葉杖をつきながらだが、両足も地面につけて女の子を追いかける。二人は宿の庭で走り回った。

「おや?」

 宿の隣で、庭の手入れをしていた女性が女の子を見た。

「こんにちは。カーリーちゃん」

「あ、おばさん、こんにちは!」

 女の子は隣家の女性に明るく挨拶した。

「カーリーちゃんが外に出るなんて珍しいねえ。あれ? 火傷の跡が、よくなったの?」

「うん。あのね、ちゆしのおじさんが泊まったの。それで、治してもらったの!」

「へえ? 治癒師?」

 男の子も言った。

「ぼくも、足を治してもらったんだよ!」

「そうなの? 旅の治癒師ねえ。いくら払ったの?」

「しゅぎょうちゅうだから、ただでいいって、お金はらわずにしてもらったんだ」

「へえ……」




 昼食の時間になった。また宿屋の食堂に集まる。

 終わると、子供たちがまた庭に遊びに出た。

「無理するなよ」

「うん!」

 元気に動いている。この分ならじきに松葉杖を外せそうだ。

 庭に出る息子の姿を見て、父親が、ほろりと涙を流した。

「……失礼ながら、昨夜寝るまで、本当に息子の足が治ったのか信じられませんでした。ただの幻術で、一晩寝れば元通りになっているのではないかと……。ですが、本当に治ったのですねえ」

 ジェンは照れくさそうな顔をしていたが、嬉しそうではあった。

 そのとき、入口を叩く音がした。

「はい……」

 主人が出て行く。

 少しして、困った顔で戻ってきた。ジェンに話しかける。

「あの……」

「なんでしょう」

「隣の爺さんが、治癒師さまに、腰痛を治してもらえないかと言ってきまして……」

「え? 腰痛?」

「孫娘が庭で、治してもらったって言ったらしいんです。それで、治してもらえないかって……。お礼はすると言ってます」

「わかりました。やってみましょう」

 お爺さんが入ってくる。

「治癒師さまでしょうか」

「そうです」

「腰を治していただきたいのですが……」

「どんな感じですか?」

「歩けはするのですが、痛くて痛くて……。時々、ものすごい痛みが出ることもあって……。医者では治せないと言われたのですが、教会に頼むこともできず……。なんとか痛みを治してもらえれば……」

 ジェンはお爺さんを部屋に連れ込んで、ベッドの上に腹ばいにさせた。服をめくって背骨に手を当てた。

「……背骨の骨や軟骨がすり減ってるようです。生命力を注ぎ込んで、あるべき形に戻します……」

 しばらく、手を当てて、念を込めていた。

「……どうですか?」

「痛くなくなりました! ありがとうございます!」

 お爺さんは大喜びで、ジェンが固辞するにもかかわらずいくらかのお礼を押しつけて帰って行った。

「……」

 ジェンは手元の礼金を見て、渋い顔をした。ウィリアが言った。

「もらっておけばいいんじゃないですか? 正当な報酬だと思いますよ」

「そうなんだけどねえ……。報酬をもらって治癒行為をすると、法律的にいろいろ面倒な決まりがあって……」

「ああ……」

「もう、これまでにしよう。きりがない。すみません、また同じような依頼が来たら断ってください」

「わかりました」

 宿の主人はそう言って、仕事に戻った。

 少しして、また人が来た。主人が出る。

 主人が、困った顔をしてジェンの所にやってきた。

「あの……すみませんが……もう一人、おねがいできないでしょうか……」

「え?」

「ご迷惑だとはわかっていますが、来たのが町内会長でして、普段お世話になってる人なんですよ。この宿を建てるときもいろいろしてもらって……。断れなくて……」

「そうですか……。いいです。やってみます」

 ジェンが出て行って、話を聞いた。

「何がお困りですか?」

「五十肩が、痛くて痛くて……」

 治癒術を使って、治してやった。

「ありがとうございます! 痛くなくなりました! これはお礼で……」

「いや、お礼はいいですから、お帰りくだ……。いや、ちょっと待って! ここで治したということは、他の人には言わないでくれませんか?」

「え? 言わないのはいいですが、わりと街の噂になってて、私も人づてで聞きましたよ」

「……そうですか」

「とにかく、お礼を受け取ってください。では」

「……」

 町内会長は帰っていった。

 しばらくして、また人が来た。

 主人が出て行こうとした。

「……またかな。今度は断らないと……」

 ウィリアが呼び止めた。

「ご主人、待ってください。縁のある方だったら、断りにくいのでは?」

「ええ、まあ……」

「かわりにわたしが断ってきます」

 ウィリアが出て行くと、初老の男がいた。

「何かご用でしょうか」

「あの、こちらに、治癒師の方が泊まっていると……」

「治癒師の者はわたしの仲間ですが、もう治癒行為は行わないと言っています。どうか、お引き取りください」

「そんな。なんとか、おねがいできませんか。ずっと痛みがあって……」

「お気の毒ですが、無制限にお相手することはできないのです。ご理解ください」

「頼みますよ。ずっと苦しんでるんです。お礼はいたします。どうかお願いします」

「できません。お帰りください」

「なんとかお願いしますよ。そこのお爺さんを治したって言うじゃないですか。私だってずっと苦しんでたんですよ。教会は命にかかわらないからって治してくれないし……。医者に診せてもよくならず……。ほんと、苦しいんですよ。どうかおねがいします」

「苦しいって、健康に見えますけど、どこが苦しいのですか」

「いや、その……。下半身の方が……」

「歩けているようですが」

「いや、足ではなく……。とにかく、痛くて苦しくて……」

「よくわかりませんが、我慢できないのですか」

「できないんですよ。毎日、痛くて仕方がないんです」

「そんなに痛いって、なんなのですか」

「あの……痔、です」

「ああ……。だけど、痔ぐらい、我慢してください」

「ちょっと待ってください。痔ぐらいとはなんですか! あなたなんか若いからまだいいでしょうよ! でも、なると大変なんですよ! 毎日一回は斬られるような痛みに苦しんで、歩けば痛いし、座っても痛いし、寝てるときにも痛いんですよ! なったことのない人に、この苦しみはわからないんですよ!」

「あ……すみません。申し訳ないことを言ってしまいました。ですが、治癒師はもう、治療は行わないと……」

「おねがいしますよ! 本当に、苦しいんです! たのみますよ!」

 ウィリアはたじたじとなった。

 廊下の向こうから声がした。

「ウィリア……」

 ジェンが顔を出して、手招きをしていた。

「やる。やる」

 ウィリアは客に言った。

「……仕方ありません。こちらにお入りください」




 ジェンは患者を客室に連れ込んで治癒をした。治ったみたいで、喜んで帰って行った。

 ウィリアが頭を下げた。

「すみません。断れなくて」

 ジェンは手を洗いながら答えた。

「まあ、しかたないよ」

 そう言っているそばから、また人が来た。




 夜になるまで、ジェンは数人を治癒した。もう断るのも大変なので諦めた。

 次の朝になった。

 宿の入口に、老若男女、何人もの人が、列を作って並んでいた。

「……どうしましょう……」

「しかたない。順番に呼んで……」



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