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ソルティア領国(1)

 ウィリアとジェンは街道を進んでいた。

 ジェンが昔のことを語った。

「僕は子供の頃から、英雄譚や戦記物語が大好きでね。絵本などで、そんな話ばかり読んでいた」

 ウィリアがジェンの顔をのぞき込んだ。

「わたしもそうですよ」

「気が合うね(笑)。少し大きくなって、英雄譚には空想もあるけれど、歴史上の事実もあるということを知った。それから、歴史に興味を持った。

 父も、僕が歴史を学ぶことを応援してくれた。本を買ってくれと言えば買ってくれたり、旧跡にもできるかぎり連れて行ってくれた。そのうち遺跡とか出土品にも興味を持つようになって、子供ながらそういうものをいくつか集めるようになった。

 城には、たまに旅の商人がやってくる。商人の一人が、僕が歴史好きなのを知って、いろいろ持ってきてくれるようになった。

 あるとき、商人の持ってきた物の中に、メダルがあった。

 由来や出土地はわからないということだった。かなり古いもののようだが、変質しておらず綺麗だった。そのメダルには女神の姿と、超古代文字らしい記号があった。

 僕は無性に欲しくなり、いくらか聞いた。三百ギーンだった。

 小遣いはもらっていたけれど足りなかったので、父に買ってくれとねだった。すると父はだめだと言った。

 いつもは買ってくれたのに、なぜかと思った。父が言うには『おまえの勉強のためならば金を出してもいい。しかし、由来がわからないメダルがあっても、収集欲を満足させるだけだ。欲しいなら自分の金で買え』とのことだった。

 もっともだとは思ったが、金は足りない。どうしても欲しくて、なんとか金を出してくれと頼み込んだ。

 すると父は『では、仕事をして稼げ。いま城の馬屋で人が足りないようだ。そこで働けば、働いた分だけの給料を出してやる』と言った。

 働くことを約束して、父に金を出してもらった。メダルは手に入ったが父が持っていて『働かなければ返品する』と言われた。

 翌日から、僕は馬屋で働いた。

 馬屋の仕事はたいへんだった。敷き藁や、飼葉かいばを運んだり、水を飲ませたり、体を洗ったり……。一日二日経つとへとへとになった。

 父につらいと言ったら、『係の者たちは、おまえくらいの年からその仕事をやっている。体を鍛えているおまえにできないわけがない』と取り合ってくれなかった。

 つらかったが、逃げるわけにいかないので、なんとか続けた。一ヶ月ほど仕事を続けて、小遣いを合わせて三百ギーンになる金額を稼ぐことができた。

 その頃になると馬に愛着が湧いて、なんだか離れるのがつらかった。またそれまでは、馬屋で働いている人たちは簡単な仕事をしているのだろうと思っていたが、注意すべきことや必要な知識が数多くあることを知った。

 何より、一般の人たちがどれだけ苦労して金を稼いでいるのかを知った。一ヶ月へとへとになるまで働いて、メダル一個を買えるか買えないかぐらいの金にしかならない。それ以来、決して無駄づかいはすまいと思った……」

「そうですか……。さすがシシアス伯爵です。メダルを機会に、お金の大切さを教育したわけですね」

 ウィリアは感心した様子で言った。

 しかし、その直後に、不審な表情になった。

「……だけどですね、ジェンさん、剣術学園に行っていた頃、繁華街で遊んでいたって言いませんでしたか?」

「あ、ああ……。まあ、そうだ……」

「そんなお金、出してもらえたのですか?」

「あの……。その頃になると、父からじゃなくて、首都屋敷からもらうことになっていたので……。なんとか理屈をつければ、出してくれて……」

「無駄づかいしないというのはどこに行ったのですか」

「いや……。その……。いろいろ付き合いもあるし、まだ若くて、調子に乗っていた頃だから……」

「教育って、案外、無力なんですねえ」

「返す言葉もない。まあ、そのようにしてメダルが手に入った」

「それが、ランバ様に教えてもらったメダル?」

「そうだ。図柄は目に焼き付いている。まちがいない」

「そのメダル、他には無いのですか?」

「無いと思う。商人は他に類例がないメダルだと言っていた。そのあと僕も調べたけど同様な物は見つかっていないらしい。まあ、魔法使いのお婆さんが持ってたというから、実際には何枚かあるんだろうけど」

「他に類例の無いメダルとすると、三百ギーンというのは安いのでは?」

「メダルとか古銭は、数が少なければ高額になるけど、他に類例が無いとそれほど価値がつかないものなんだ。個人や狭い地域で作ったという場合があるから」

「なるほど……。で、それは今どこに?」

「ソルティア城の、僕の部屋にあるはずだ。処分されていなければ……」

「そういえば、伯爵が亡くなってからしばらくになりますね……」

 ウィリアはシシアス伯爵の最期を思い出した。

 後を継ぐべきジェンは、ここにいる。ソルティア城にはあるじはいない。別の領主をを呼んでいるという可能性もある。

「ジェンさんの部屋にあると言っても、身分を明かさないと入れませんよね? 城に帰るのですか?」

「帰らない。僕は、治癒師として生きる」

「では、どうやって?」

「忍び込む」

「本気ですか」




 ソルティア領国はエンティス王国の北東部にある。海岸線のいちばん北に位置していて、さらに北にはイーハップ国との国境がある。現在は平穏な関係だが、歴史上何度か激しい戦があった。

 北にあるが、暖流の影響で比較的温暖である。漁場にも恵まれ、イーハップ国との交易の拠点ともなっているので、豊かな領国であった。

 ノルカ村から何日か歩き、直前の街まで来た。

 まずは様子をうかがうことにした。

 街の酒場に入ってみる。カウンターに座る。

 ウィリアが語りかけた。

「すみません、ご主人」

「なんでしょう」

「これからソルティアへ行くのですが、領主様が亡くなったそうですね。そのあとどうなっていますか?」

「あそこはねえ……。領主様が亡くなったんだけど、その後を継ぐ公子が行方不明だっていうんですよ。だから、まだどうなるか決まってないらしいです。公子の行方を追ってるらしいのですが、見つからないようで……」

「そうですか。別に領主を迎えるということはないのですか?」

「そういう話もあるとは聞いていますが、なんでもお城の人が反対しててまとまらないらしいですよ」

「……」

 横に座っているジェンはフードを深めにかぶっている。その表情はわからないが、困惑の顔だろうとは想像がついた。




 街を抜け、道の途中で二人はまた話し合った。

「すぐには、領主を迎えるような状況ではないらしいですね」

「うん……」

「血縁で、適当な方はいらっしゃらないのですか?」

「一人、いる。父の叔父、つまり僕の大叔父がまだ元気なので、領主になるとすればその人だと思う」

「わりと近い関係ですね。それくらいなら、話もまとまりそうな気がしますが」

「ソルティアは国境に接していて、軍事的にも重要だ」

「軍事的に重要なら、なおのこと領主不在はまずいのでは」

「その大叔父さんねえ。国軍に信頼されてないんだよ。ソルティア内部でも軍関係からは評価が高くないと思う」

「なぜですか?」

「若い頃、軍隊にいたのだけど、壊滅的な大敗を喫したことがあって」

「そうですか。ですが、勝ち負けは時の運もありますし」

「その負け方がねえ……。前線の司令官として赴任したんだけど、赴任後すぐに、禁じられている宴会を部隊全体で開いて、奇襲攻撃を受けて壊滅したという、格好悪い負け方で……」

「……それはダメですね」

「処罰されるところをなんとか許してもらって、軍隊を辞めて外交や内政の方に進んだ。こっちは向いていたようで、功績も挙げたらしい。いまは王都に住んでいる。僕が会ったときは面白いおじさんという感じだったけど、父なんかは軽蔑しきっていた」

「ですが、いつまでも公子が見つからないとなれば、その方になるのでしょうね」

「たぶん」

「やっぱり、ジェンさんは戻った方がいいのでは。あなたを失うのはつらいですが、その方が多くの人の助けになります。わたしが言うべきことでないのはわかっていますが」

「戻りません」

かたくなですねえ」

 道を進む。ソルティア領国が近づく。

「……ところで、ジェンさん、あなたが領国に入っていけば、顔を知ってる人も多いでしょうし、すぐに見つかるのでは」

「うん……」

 ジェンはその問いには答えず、しばらく歩いた。少し経って、小川が流れる森があった。

「この近くに泉がある。ちょっとそこへ行く」

 ジェンとウィリアは、森の中の泉へ歩いた。

「何をするのですか?」

 ジェンは泉に近づいて、フードを脱いだ。

「……治癒術というのは、生命力を操るものなんだ」

 自分の顔を、手で覆った。

「生命力を制御して何百年も生きるのは、森の魔女さまのような偉大な治癒師にしかできないことだが、外見だけ、皮一枚だけの生命力を少し取り除いて、年齢を偽るという技は、僕程度の治癒師でも可能だ……」

 ジェンは泉の水で顔を洗った。

 洗った手を取り除いた。

 そこには、さっきまでのジェンの顔はなかった。老人の顔だった。しわが深く刻まれ、頭髪は白く、皮膚からは艶が失われていた。およそ七十の老人のように見えた。

「……どうかな?」

「み……見事です。すっかりおじいさんの顔になっています。でも……」

「でも?」

「それ、戻せるのですか?」

「戻せると思う。……たぶん」

「たぶん?」

「まあ、大丈夫だ。心配してくれてるの?」

「心配してるわけじゃないですが、あなたの、そこそこいい顔が台無しになったらかわいそうだなと思って」

「その『そこそこ』って、要る?」

 ウィリアは深く頷いた。



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