ノルカ村(3)
村の広場で、ドラゴンが暴れていた。
鱗に包まれた体で、背中には羽がある。牙は鋭く、目は赤く輝いている。
馬より少し大きいくらい。ドラゴンとしては小さい。子供のドラゴンのようだ。
小さくても、ドラゴンは別格の魔物である。普通ならば一流の戦士十人ぐらいで向かう相手だ。
しかし、村にいる戦士は数人しかおらず、ほとんどが腕っ節の強いだけの素人だ。一流の戦士と言えるのはランバしかいなかった。ただし今はウィリアとジェンが加勢する。
小さいドラゴンは炎を吐いて暴れていた。何軒かが燃えている。周囲に倒れた革鎧の者がいた。ドラゴンに向かって行った村戦士のようだ。
倒れている人たちにジェンが駆け寄って、治癒魔法をかけた。
ランバとウィリアは剣を構えた。ドラゴンに向かう。
ドラゴンは二人を見た。
その頭部には、深い傷が斜めについていた。
「あれは……」
「オルバンがオノでつけた傷だろう」
ドラゴンは炎を吐いた。
二人は体をかわす。
ランバは剣に力を入れた。風魔法が剣の周囲に光る。
念を込める。
ドラゴンに向かって剣を振った。
魔法剣の威力が、ドラゴンの胴体に当たった。
衝撃が走る。
「キシャアアアア!!」
ドラゴンは悲鳴を上げた。
しかし、魔法剣が当たったはずの胴体には、それほどの傷はついていなかった。
「む?」
もう一度やってみる。
ドラゴンに衝撃を与えはするが、大きなダメージを与えることはできなかった。ウィリアもそれを見てとまどった。
「なぜ……?」
ランバが言った。
「風属性だ……!」
「属性!?」
「ドラゴンにも属性がある。火竜には炎魔法は効かないし、水竜には水魔法は効かない。これはおそらく、風を属性とする竜だ」
しかしランバは気を取り直し、ドラゴンを睨んだ。
「こわっぱドラゴンなど、魔法剣がなくとも倒す!」
ドラゴンにかかっていった。
ドラゴンも炎を吐いて応戦する。
ランバの体捌きも鋭い。炎をよけて進む。
横腹に太刀を浴びせた。
しかし、ドラゴンの鱗は固かった。傷をつけるには至らなかった。
シッポで殴ってくる。
ランバの体は吹き飛ばされた。
「くっ……」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ」
二人に突進してくる。
なんとかよける。
「さすがはドラゴン。小さくても体は硬い。オルバンよ。あれに傷つけたおまえは、やはりたいした男だ……」
しかし感慨にふけっている暇はない。ドラゴンは興奮して二人を狙ってくる。
ウィリアは叫んだ
「魔法札を使います!」
「む! なるほど!」
ウィリアは懐から、ジェンにもらった魔法札を取り出した。
風魔法は効かない。ウィリアが得意なのは炎魔法だが、炎を吐くくらいだから効きが悪いだろう。
氷魔法の袋を開けた。
剣に魔法をまとわせる。呼吸を整える。念を入れ、力を増幅する。
力を込めて放った。
ドラゴンに当たり、片方の翼を切り落とした。
「シャアアア!」
「やった!」
しかし、ドラゴンはますます激昂した。
「グ……グワオ!」
ドラゴンの気が高まった。
その周囲に霊気のようなものが放たれた。
それは爆発したように周囲に拡散し、風の刃となって周囲を切り刻んだ。
「うっ!!」
「うおっ!!」
ウィリアの体に当たり、あちこちを切り刻んだ。激痛が走る。
ランバにも当たった。
「目……! 目が……!」
目に当たり、視界を失ったようだ。
ドラゴンは、シッポを回してランバをふきとばそうとした。
ウィリアは痛む体をこらえ、ランバを抱き留めて攻撃を避けた。シッポの攻撃は間一髪外れた。
ドラゴンの注意がウィリアに向かった。ウィリアは距離を取って、魔法札を取り出した。
魔法剣なら効く。しかし暗いので、魔法札の種類がよく見えない。ウィリアは手元を注視した。
そのときドラゴンはウィリアに対し、竜巻のような風を吹き付けてきた。ウィリアの体はそれに巻き込まれ、高く吹き上げられて、地面に落ちた。
「うっ……!」
剣を落としてしまった。
伏したウィリアをドラゴンが襲う。鋭い爪でその体を刻もうと腕を上げた。
「ああ……!」
ウィリアは動けなかった。
腕が振り下ろされる。
その瞬間、横からランバが飛び出し、渾身の力を込めて剣を振るった。
それはドラゴンの首を切り落とした。
ドラゴンは斃れた。
「ら……ランバ様……」
「ハア……。ハア……。よかった……。ウィリアさん、大丈夫か?」
「目が見えないのに……?」
「暗闇の中で戦うのと同じだ。この程度、なんてことはない」
ジェンが駆け寄って、急いで二人を治療した。ウィリアの体は治り、ランバの目も見えるようになった。
「む……。見える。ジェン君、そう言えば治癒師になったのだったな。ありがとう」
「ランバ様、お見事です」
「いや、それほどでもない。君たちがいなかったら、危なかった」
ウィリアが言った。
「ジェンさん、他にけが人は?」
「全員治した。もう大丈夫だ」
「よかった……」
ランバは周囲を見回し、安心した顔で言った。
「ひとまず安心だ。さあ、家に……」
そのとき、思い出した。
「そうだ! バネア!」
お産が始まってるかもしれない。ランバは家へ駆けだした。
ウィリアとジェンもそれに続いた。
ランバは慌てて、家の扉を開けた。
「バネア!」
バネアは褥の上で横になっていた。産婆さんが付き添っていて、ミオ君は心配そうに母の手を握っている。
「はあ……。はあ……。あんた、ドラゴンは……?」
「倒した!」
「やったね……」
苦しそうな表情ながら、目が笑った。
ウィリアとジェンも続いて入ってきたが、お産がまさに始まっていたので、ジェンは部屋の外に出た。
ウィリアが産婆に聞いた。
「なにかできることがありますか?」
「お湯をできるだけ沸かしとくれ」
「わかりました」
ランバはバネアの手を取り励ます。
ウィリアとジェンでお湯を沸かす。手洗い用のお湯や、産湯を作る。
そうしてると、「オギャー!」という声が聞こえた。ウィリアは慌てて産湯のタライを持っていった。
元気に泣く女の子がいた。
ランバが妻の手を握って、涙ぐんでいた。
「バネア、よくやった。ありがとう……」
しばらく経ったので、ジェンもバネアさんのいる部屋に入ってきた。
バネアは片方の乳を出して赤子に吸わせていた。
「あ、失礼……」
「ああ、別に出て行かなくていいよ。減るもんじゃないし」
バネアは笑いながら言った。
「そうですか。バネアさん、なにか治癒するところはありますか?」
「ん、何もない。アソコも切れなかったしね」
バネアが娘に乳を与えている。横には幼いお兄ちゃんが赤ちゃんによりそっている。それは一幅の絵のようだった。
一通り落ち着いた。すると、ランバは二人に言った。
「ウィリアさん、ジェン君、話がある。ちょっと来てくれ」
三人は隣室に入って、テーブルについた。
「話とは?」
「うむ。俺の魔法剣についてのことだ。昨日、魔法使いの婆さんに使えるようにしてもらったと言っただろう。あれは嘘ではないが、本当のことを言うと、もう少し詳しい話がある」
「詳しい話?」
「うん。魔法使いの婆さんに、直接使えるようにしてもらったわけではないんだ。婆さんは俺が剣士だと知ると、メダルを一枚くれた。そして『剣士なら、フィクル山の祠にこれを供えてごらん。特別な力を得られる』と教えられたんだ」
「フィクル山というのは、ここからだと南東の?」
「そうだ。王国の中部にある。俺は言われたとおり、山の祠にメダルを供えた。すると、不思議な声がして、俺に力を与えてくれた。それ以来魔法剣を使うことができるようになったんだ」
「そうですか。そのメダルというのは?」
「お備えする前、もう二度と手に入らないと思うと惜しくなってな。紙に写し取っていた。こういうやつだ」
ランバはお守りのような袋を開いて、古ぼけた紙を取り出した。
開くと、メダルの両側の模様が、鉛筆を使って拓本が取られていた。
ウィリアは興味を持ってじっと見た。
ジェンは目を丸くした。
「力を授かるとき、『祠のことは、みだりに語るべからず』と言われた。それが気になって詳しいことは言わなかったのだが……。しかし、君たちに伝えることは、みだりに言うことには当たらないだろう。いま、力が必要なのは君たちだ。可能かどうかはわからないが、このメダルが手に入ったら、祠にお供えしてみなさい。この紙はあげよう。俺にはもういらないものだ」
翌日、二人はランバ氏の家を去ることになった。
お産直後でバタバタしているが、親戚の人が来てくれたので、心配はなさそうだ。
ウィリアはお世話になったバネアさんに頭を下げた。
「大変お世話になりました」
「こっちこそ世話になった。ドラゴンとの戦いでは旦那を助けてくれたそうだね。あんた、ウィリアと言ったね。あんたにあやかって、この子はイリアと名付けることにするよ」
「え、そんな」
「いいだろ? 響きもきれいだし。元気で強い子になるようにと思ってね。よければ抱いてやってくれ」
ウィリアは赤ちゃんを手渡された。
昨日生まれたばかりの赤ちゃんは、それでも体を精いっぱい動かそうとしていた。
ウィリアは緊張しながら抱いた。
「イリアちゃん、元気でね」
「うあ、うあ」
ウィリアとジェンはまた街道へ戻った。
ジェンは昨夜から、なにか考え事をしているようだった。
「ジェンさん、なにか心配事でも?」
「いや、心配事というわけではないんだが……。昨夜、ランバさんに、メダルのことを教えてもらっただろう」
「ええ」
「そのメダル、持ってる。……いや、持っていた」
「え?」