ノルカ村(2)
翌朝、ランバ氏の家でウィリアはさわかやな目覚めを迎えた。起きて軽い体操をした。
妊婦のバネアさんは食事を作っていた。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかい?」
「ええ。とても」
小さな息子のミオ君がやってきて、バネアにまとわりついた。
「ママ、おはよー」
「ああ、おはよう。顔洗ってきな」
「うん!」
井戸まで走って行った。
元気な子供を見て、ウィリアの目が細くなった。
「いい子ですね」
「あの子ももうすぐお兄ちゃんになるからね。しっかりしてくれないと……」
そこまで言って、バネアさんは臨月の腹を押さえた。
「うっ……」
ウィリアが近寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「だ……だいじょうぶだ……」
しかし、苦しそうだ。
「産婆さんを呼びますか?」
「まだいい」
「でも……」
「こうなってからが長いんだ。まだ早い」
朝食後、家の近くで、ランバ氏に魔法剣の練習を見てもらうことになった。バネアさんの様子は心配だったが、本人がまだ大丈夫だと言っているので、家に残している。
ウィリアは剣を構えた。
ジェンが魔法を付加する。
ウィリアは魔法剣を放った。的にした岩に命中した。
威力は十分だが、ウィリアは不満げな顔をした。
「……だめです。操れそうな気がしません」
ランバ氏は魔法剣をある程度操ることができる。その技が使えればかなりの武器になる。しかし、ウィリアにはその能力はないようだ。
ランバ氏が言った。
「ジェン君、君の方では操れないか?」
「やってみます」
もう一度魔法剣を放つ。ウィリアが構える。ジェンが風魔法を出す。ウィリアはそれに念を加えて、魔法剣として放つ。
ジェンは魔法剣の動きを制御しようとしてみた。できなかった。
「だめです。放った直後の魔法は操ることができますが、ウィリアの念が入った後では自分の魔法ではなくなるので、コントロールが効きません」
「ふーむ……」
ランバは残念そうな、申し訳なさそうな顔をした。ウィリアも残念だった。せっかく教えを受けに来たのに、これでは収穫がない。
「まあ、操るのはひとまず置いて、威力の方を練習してみようか。ジェン君、魔法を弱くかけてみてくれ」
ジェンはウィリアの剣に弱く風魔法をかけた。
「ウィリアさん、それをできるだけ強くするように……」
「わかりました」
ウィリアは剣に念を込めた。魔法が強力になる。
「できるだけ我慢して……」
ウィリアは魔法剣を放つのを我慢して、剣にかかっている魔法を強力にしようと努めた。
魔法が暴れる。負担が強くなる。これ以上持つと、魔法が四散しそうで危険だ。「やっ!」
魔法剣を放った。
的にしている岩に当たり、割った。
「なかなかだ。しかし、さらに強くできる。見てなさい」
ランバは剣を構えた。
剣に魔法をまとわせる。
半眼になって、集中した。
剣にかかっている魔法がどんどん強力になる。
剣を振った。
それは岩に当たった。今度は割るだけではなく、激しい衝撃が起こって、爆発したように粉々になった。
「……すごい……」
ランバ氏は剣を納めた。
「まあ、もうちょっと強くできるが、人家の近くで危険だからな。このぐらいにしておく」
「どうすれば、そんなに強く?」
「念を入れるときに、精神と肉体を平静に保つ。特に呼吸法が大事だ。練習してみよう」
ウィリアと、ついでにジェンはランバ氏に呼吸法を教わった。
その後も三人で魔法剣の練習を続けた。
昼食の休憩を挟んで午後も練習した。夕方になる。ウィリアは岩に向かって魔法剣を放った。
「やーっ!」
魔法剣の威力は強く、岩をいくつもの破片にした。
ランバ氏もそれを見て感心した。
「さすが筋がいい。かなり強力になった」
「ありがとうございます。ランバ様のおかげです」
「今日はもう遅い。終わりにしよう」
三人は家に戻る。
「ただいま」
「おかえり」
バネアさんが元気よく声をかけてきた。
「バネア、具合はどうだ?」
「まだなんとか……。うっ……!」
腹を押さえた。陣痛の間隔は短くなってきているようだ。
「大丈夫か? やっぱり、産婆さんを呼ぶか?」
「まだいいって。たぶん、明日あたりになる……。それからでいい」
「無理するなよ……」
ランバ氏は心配そうな顔をした。いくら強い剣士でも、こういうことに関してはただの父親だった。
夕食後、ランバ氏と息子のミオ君、そしてジェンは共同浴場に行った。
家にはバネアとウィリアが残された。
「男たち帰ったら、あんた行ってきな」
「はい。バネアさんは?」
「あたしは、今日はやめとく」
破水が近いかもしれない。
ときどき苦しそうな顔をする。不定期に陣痛があるらしい。
三人が風呂から帰ってきた。
「ママ、ただいまー」
「ああ、おかえり」
ミオ君がバネアに抱きついた。
「では、いってきます」
ウィリアが共同浴場に行くために立ち上がった。
そのとき、外で音がした。
妙な音だった。不吉な風のようだった。
「……?」
ウィリア、ジェン、ランバは神経を研ぎ澄まし、様子をうかがった。戦う者の勘が危険を告げていた。
バネアとミオ君も、ただならぬ様子を察して体を硬くした。
扉をたたく音がした。
ランバが開く。村の男がいた。
「あ、ランバさん、大変だ!」
「なにがあった?」
「ドラゴンだ! 襲ってきた! 前に来たやつだ! オルバンさんと戦った……!」
それを聞いて、バネアが目を大きく開いた。
「なんだって! 父ちゃんを死なせた、あの……」
椅子から立ち上がって玄関の方に歩き出した。
しかし、二三歩歩いた所で、うずくまった。
「うっ……!!」
床に手をついて、苦しそうにしている。
「バネア!」
「こ……こんな時に……」
ランバがバネアにかけよる。バネアはそれを振り払った。
「あんた! ドラゴンのところに行ってきな!」
「し、しかし……」
「戦士なんだろう! 戦いな! 父ちゃんのかたきをとってくれ!」
「う、うむ……」
ランバは村の男に言った。
「こんな時にすまんが、産婆さんを呼んできてくれ」
「あ、ああ、わかった。バネアちゃん、ちょっと待ってな」
立ち上がれず、苦しそうにしている。破水が始まったようだ。
ミオ君はバネアに抱きついた。
「ママ! ママ!」
「だいじょうぶ……。だいじょうぶだから……」
ランバは急いで鎧を着込んだ。ウィリアとジェンも戦う用意をした。
「バネア、行ってくるぞ!」
「あんた……」
「ん?」
「勝って帰ってくるんだよ!」
「ああ!」