ノルカ村(1)
エンティス王国の北西に位置する、ノルカ村。
温泉地としても有名で、宿がいくつかある。周囲は森に囲まれて、木材の産地としても知られていた。
「のどかで、きれいな所ですね」
ウィリアが周囲を見渡していった。
しかし、ここに来たのは観光のためではない。森の魔女さまの占いで、この村にいるランバ氏に会えと出たからだった。
ジェンはランバ氏に会ったことがあるという。そのときは、王城親衛隊の上級の剣士であり、魔法剣の達人ということだった。
しかし森の魔女さまの占いでは、木こりとなっていた。顔も水晶玉に出してもらったが、ジェンの見たところたしかに親衛隊の剣士のランバ氏だった。
王城の剣士から木こりへ……。職業に貴賎はないと言っても、さすがに落差がありすぎる。ジェンはまだ納得できないようだった。
「本当に、ここにいるのだろうか……」
「聞いてみましょうよ」
「誰に聞こう」
「木こりということだから、木材を扱う人なら知っているのではないでしょうか。あのへんに……」
村の近くで、木材が大量に積み重なっている。乾燥させる場所らしい。何人かの人が働いていた。
「すみませーん」
働いてる人に、声をかけてみた。
「何かね?」
「この村に、木こりのランバ氏がいると聞いたのですが、ご存じありませんか?」
「ああ、ランバさん? もちろん知ってるよ。村一番の木こりだ」
「どちらにいらっしゃるでしょうか」
「山に入ってるか、家にいるか。とりあえず、家に行ってみたら?」
ウィリアはランバ氏の家を教えてもらった。
「ありがとうございます」
「ところで、あんたら、ランバさんに何の用で来たの」
「あの、教えを請おうと思いまして……」
「それならいいけど、町に戻れとか言うんじゃないだろうね」
「いいえ、そういうことではありません」
「ならいいんだ。ランバさんによろしく」
やはり、王城にいたランバ氏であるようだ。
二人は村の中へ入る。温泉宿が並んでいて、湯けむりが所々に見えている。関係する商店などもあるようだ。
そこを抜けると、村人たちの家が並んでいた。ランバ氏の家は端のあたりらしい。
教えられた話では、家の表札は「ランバ」ではなくオルバンとなっているとのことだった。その表札の家がある。二人は訪問してみた。
「ごめんください……」
ウィリアはドアをノックした。
「はいよ」
出てきたのは女性だった。
年の頃は二十代半ば、ジェンと同じくらいだろうか。やや背が高めで、髪を後ろでまとめていた。そして妊娠していた。臨月だろうか。目つきには力があって、気が強そうだ。
「何の用だい?」
「あの、ここはランバ氏のお宅でしょうか?」
「そうだよ。ランバはあたしの旦那だ」
背後から小さい子供が走ってきた。二歳か三歳ぐらいの男の子だ。鎧を着ているウィリアを珍しそうに見て、触ろうとしてきた。
「こら、お客さんにいたずらするんじゃない」
女性は子供を抱きかかえた。まだウィリアに興味津々で、手を伸ばしてきた。仕草がかわいい。ウィリアは手を伸ばして手甲を触らせてあげた。
「すみませんね。で、旦那には?」
「教えを受けたくて参りました。ご在宅でしょうか」
「旦那なら裏山で仕事してる。すぐ会いたいなら行ってみな。そんなに奥じゃないと思う」
二人は裏山に向かった。
彼女がランバ氏の奥さんらしい。なんだか迫力のある奥さんだった。
「ランバ氏って何歳くらいでしょうか?」
「会った頃で五十ぐらいだったはずなので、五十代半ばのはずだ」
「だいぶ奥さんと年が離れてますね」
「だね。五十半ばになって、あんな若い奥さんもらえるなんて、なんかうらやま……」
そこまで言って、ジェンはハッとなってウィリアの方を見た。きびしい目つきでこちらを見ていた。
「……には木がたくさんあるようだから、木こりの仕事も忙しいだろうな」
ジェンは、裏山を含む村の環境についての感想をつぶやいた。
山道を登る。
道の両側に森が広がる。
言われたあたりまで来た。
オノの音はしないが、ドスンという大きな音がした。木が倒れる音だろうか。
周囲を見てみた。さっき音のした方へ行く。
森の中に、男の背中が見えた。
五十過ぎぐらい。体格がよくて、木こりのような風体をしている。しかし手に持っているものはオノではなく、剣だった。
男はひとかかえある樹の前に立った。
剣を両手で持つ。
腰をかがめる。
息を止める。
「やっ!」
横に振る。ひとかかえある樹は一太刀で斬られ、大きな音をして倒れた。
「ふう」
男は一息ついた。そして、後ろから見ていた二人の方に振り返った。あごひげが生えている。老いてはいるが精悍な顔だ。
「あんたら、何の用だ」
ウィリアは男を見て言った。
「……お見事です。ランバ様でしょうか」
「ああ。俺がランバだ」
ウィリアは彼の前に立ち、名乗った。
「わたしは、ウィリア・フォルティスと申します。教えを受けたくて参りました」
教えを受けるのに偽名を使うわけにはいかない。ウィリアは本名を名乗り、丁寧にお辞儀をした。
「フォルティス……? え? あの、ゼナガルドのフォルティスか!?」
「はい。そうです」
「フォルティスのお嬢さんが、なんでこんなところに?」
襲撃の報はここまで届いていないようだ。
「話せば長くなりますが、聞いていただけますでしょうか」
「うむ……。なら、ゆっくり聞こう」
三人は切り株に座った。
ウィリアは、黒水晶のこと、討伐隊が壊滅したこと、今までの旅のことなどをランバ氏に説明した。
ランバ氏は眉間にしわを寄せた。
「うむ……。黒水晶の剣士か……。噂は聞いている。だが、そこまでのことになっているとは知らなかった。そうか……。フォルティス伯爵と、シシアス伯爵まで……。あれほどの剣士が相手にならないとは……」
「父をご存じなのですか?」
「剣の練習で何回か会ったことがある。二人とも、身分がはるか下の俺にも敬意を払ってくれた。誠実な人たちだった」
そう言って、ふとジェンの方を見た。そして気づいたようだった。
「む!? 君は!?」
ジェンは頷いた。
「そうです。申し遅れましたが、剣術学園を出奔したジェン・シシアスです。彼女と一緒に旅をしています。ランバ様には昔、お目にかかりました」
「剣を持っていないようだが……」
「剣は捨てました。いまは治癒師として修行をしています」
「む……。もったいないことだが、無理もないか……」
ジェンはどうしても気になって、ランバ氏に聞いてみた。
「あの、お聞きしますが、ランバ様はなぜ王城親衛隊をやめて、ここに来たのですか?」
「なぜって、単に早期退職して、転職しただけだ。不思議か?」
「不思議というわけではないのですが、王城の剣士が、王都を離れて一般人になるのは珍しいのでは……」
「まあ、こっちの話も聞いてもらうか……。俺はな、庶民の出身なんだ。この近くの町で育った。オヤジは剣の職人だった。温泉が好きなオヤジで、年に一回ぐらい家族でここに来て、ゆっくりしたもんだ。
手近に剣があったので、小さい頃から俺は剣術のまね事をしていた。自分で言うのもなんだがスジがよかったみたいで、道場から推薦されて剣術学園に入学することができた。
まあ、いろいろあって、王城親衛隊にも入ることができて、それなりの地位まで行った。いちおう騎士格の身分ももらった。
ただ、もとが庶民だからな。隊長になるのは無理だ。なにしろ隊員に伯爵家の人間もいるくらいだからな」
「そんな……」
「いや、悔しいわけじゃない。俺だってそんな責任ある地位につきたくはない。数年前、俺の一つ下のやつが隊長になることになった。年上が部下にいたのではやりにくいだろうと、それを機会に辞めたんだ。
ちょっと話は戻るが、年をとってから俺もオヤジに似て温泉が好きになり、時々この村に来てゆっくりした。あるとき、山道を散歩してると、木こりが木を切っていた。
それは見事な手際で、オノを高速に振り回して、数分もあれば切り倒せた。それが村一番の木こりのオルバンだった。
俺が感心して見ていると、彼が『何の用だ』と振り返った。『感心して見てるだけだ』と答えた。それから『あんたも切ってみるか?』という話になって、『俺は剣士なので剣で切ってみる』と言った。さっきのようにやってみせると、オルバンは大笑いして『いや、こりゃまいった!』と言った。
俺たちは意気投合した。村に行ったときには必ず会う仲になり、何回か泊めてもらった。
彼は奥さんを亡くしていたが、娘がいた。バネアと言ってな。これが気の強い娘で、二回嫁に行ったんだけど、二回出戻ってきたらしい。なんでも『あたしは強い男がいいんだ』と言って、夫婦喧嘩して負けるような男は気に入らないということだ。
オルバンの家で飲んでると、彼がバネアに『おまえ、強い男がいいって言ったな? こいつはどうだ。俺より強えぞ。今夜忍んでいけ』と言った。冗談だろうと思っていたが、その夜、本当に忍んできてな……。仲良くなっちまった」
聞いていたウィリアはちょっと赤くなった。
「たぶんありゃ、親父も娘も、赤子だけでも欲しかったんだろうな。まあ、そんなことがあったが、一回で妊娠するわけもなく、俺も王都に帰って、そのままになった。
そのあと親衛隊を辞めることになって、何しようかと悩んだ。軍隊にも誘ってもらったが、気が向かなくてな。
そうしてるうちに、この村のなじみの宿から便りが届いた。村に飛龍がやってきて、オルバンが戦って撃退したが、そのときの傷が元で死んだと……。
俺はいてもたってもいられず、村まで来た。バネアの様子を聞くと、木こりをやっているということだった。
俺は山に入って彼女を探した。バネアは一人で木を切っていた。俺の顔を見ると『何しに来た』と言った。
俺は『王城を辞めてきた。一緒に住もう』と言った。彼女は『バッカじゃないの』と言っていたが、一緒に住むことになった。
そのうち、子供も生まれて、二人目もできて……今に至るというわけだ。ま、つまらん話だったがな」
「いえ……。よくわかりました」
「ところで、そのお告げでは、俺に教えを受けろということだったな」
ウィリアは真剣な顔で言った。
「はい。どうか、お願いいたします」
「といっても、俺が人に教えられることは、剣ぐらいだが、君も相当使えそうだな。教えられるかどうか……」
「ランバ様は、魔法剣の達人とお聞きしました。ぜひ、魔法剣についてお教えいただきたいのです」
「まあ、それはけっこうやったが……。教えるとなるとな……。ウィリアさんは魔法剣は使うのかい?」
「はい。自分では魔法は出せませんが、人にかけてもらって使います」
「やってみてくれるか?」
「はい」
ウィリアは立ち上がった。ジェンも立ち上がった。
ランバは少し向こうの木を指さして言った。
「あれを切ろうと思ってたんだ。ウィリアさん、魔法剣で……。ちょっと待て。その魔法は、炎魔法じゃないだろうな?」
ジェンが言った。
「いえ、風魔法を使います」
「それならいい。炎魔法だと、山火事のおそれがあるからな」
ウィリアが剣を構えた。ジェンが魔法をまとわせた。
「はっ!」
魔法剣の威力は遠くの木まで届き、見事に根元から切り倒した。
「ふむ。立派なもんだ。ただ……。ウィリアさん、魔法剣を、操ることはできないだろうね?」
「操る?」
「うん。まあ、普通はできないんだ。ちょっとやってみせよう。あの太い木を見てくれ」
ランバはさらに遠くにある、周りより一回り太い木を指さした。しかしそれはいくつかの木の陰になっていて、まっすぐ当てることは無理そうだった。
ランバは剣を構えた。
剣に魔法がまとわりついた。ジェンと同じく風魔法のようだ。
剣を振った。
魔法剣の威力は、やや横にそれて放たれた。だがその威力はカーブを描き、木と木の間をすりぬけ、太い木に向かった。
生き物のように動いた魔法剣の力は、太い木の根元に達し、切り倒した。
ウィリアとジェンは目を見張った。
「すごい……」
「こんなことができるとは……」
ランバは照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、これが俺の得意技だ。これで魔物とかを倒して、何度も命拾いしたことがある」
「どうやったら、その技が?」
「それがなあ……。俺はもともと魔法剣の練習をやってたんだけど、こういうことはできなかった。旅の途中でたまたま魔法使いの婆さんを魔物から助けて、そのお礼にできるようにしてもらったんだ」
「お礼に?」
「うん。それ以来、魔法を自分で出すのと、威力を操ることができるようになり、親衛隊の中でも一目置かれるようにはなった。だがなあ、自分でできるようになったわけじゃないので、どうやればできるかは教えられないんだ。すまない」
「そうですか……」
ウィリアは失望した顔になった。
「そろそろ日が暮れる。今夜は泊まっていってくれ。家に戻ろう」
ランバ氏の家にお邪魔になった。奥さんのバネアさんが料理を作ってくれた。息子は女性の客をめずらしがって、ウィリアと遊んだ。
バネアさんが二人に言った。
「そろそろ寝る時間だ。悪いけど、空いてるベッドが一つしかないんで、一緒に寝てもらっていいかい?」
「は、はい」
「多少は汚してもいいけどね、ぐちょぐちょにされたら困るよ?」
「は、はい。そうはしません」
その夜、ウィリアとジェンは、一つのベッドで手をつなぎながら眠った。