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黒魔女とエセ紳士  作者: 鶴機 亀輔
第1章
8/13

止り木のような存在2


「そうなんだ……」と化粧をしていたときよりも、幼い顔立ちをしている壱架は両親が亡くなり、天涯孤独の身になった子どものように寂しげな表情を浮かべた。


 フワフワした半袖のパーカーを身につけた肩に手を回す。


「過去がどうであろうと今のあんたには、あたしがついてるわ。頼りないかもしれないけど、力になりたいって思ってる。……それだけじゃ駄目?」


「……ううん」と壱架は目を閉じて首を横に振った。目を開けると、儚げな笑みを浮かべた。「今の私にはお姉ちゃんみたいな絹香がそばにいてくれる。絹香は、ずっと私の隣にいてくれる?」


「もちろんよ。あんたがあたしを必要としなくなるまで、ずっと隣にいるわ」


「じゃあ……私たち、おばあちゃんになっても、一緒だね!」


 いつものような笑顔を見せると壱架は、安物のせんべい布団にダイブした。そんな壱架の隣に行って薄手のタオルケットを掛けてやる。


「ねえ、絹香も一緒に昼寝しようよ」


「んー、あたしはいいや。昨日、たっぷり寝たし。あんたは番とケンカして寝てないんだから、少し仮眠取りなさいよ。そんな顔じゃ接客業なんて、まともにできないわよ」


「それもそうだね」と苦笑しながら、壱架の手があたしの手に触れる。「私が寝るまで、ここにいてくれる……?」


「いいわよ、おなかでも(たた)いてあげましょうか?」


「子ども扱いしないでよ……」


 頬をふくらませて()ねる。そんな姿を微笑ましく思いながら、彼女と対面する形で横たわる。


「何言ってんの? あたし、子どもにはあんなことをしないわよ」


「……ずるい、絹香。意地悪」


 肘をついて、頭の後ろにやって、口元をタオルケットで恥ずかしそうに隠す彼女の姿を眺める。


「あら、ごめんなさいね。かわいいことを言うから、少し意地悪をしたくなっちゃったのよ」


「もう、ひどいんだから! ……ねえ、私が寝ている間、絹香はどうするの? 外に出かける?」


 ――風邪を引いた幼い子どもが咳をしている。熱に苦しみながら「行かないで、お母さん」と泣き叫ぶ。


 だが女は無言だ。ショッキングピンクのネイルが施された足を、ガラスの靴のような水色のヒールに入れる。玄関の扉を意気揚々と開け、子どもを振り返ることもしない。甘ったるい声で、白のクラウンに乗った見知らぬ男に声を掛けている。


 幼い子どもは母親を追いかけようとした。しかし扉は閉まり、鍵がかかってしまう。身長の足りない子どもは鍵に手が足りず、玄関でうずくまりながら、()き込んだ。




 そんな大昔の話をふと思い出す。


「お昼の準備をしてるわ。具材だったら多分冷凍庫の中に入っていると思うし、なかったらあんたを起こしてスーパーまで買いに行けばいいし。外に出るのはいや? この中で待ってる?」


「んー……外が暑いのはやだけど、一緒に行きたいかも。お世話になるんだから荷物持ち、手伝うよ」


「ありがとね。――大丈夫よ、ここにいるから」


「うん……」


 そうして船を漕ぎ、ゆっくりまばたきを繰り返す。しばらくすると目は完全に閉じられ、静かな寝息が聞こえてくる。


 そっと起き上がって玄関へ向かう。玄関の靴箱の前に立ち、写真立てを手に取る。


 そうして壱架の寝ている場所まで持っていき、本棚から中学時代のアルバムを取り出す。長い黒髪を束ねた少女が、イキイキとした表情をして写真の中で笑っている。


 写真立ての中にあった修学旅行のときに撮った写真を抜き取り、適当な場所に戻す。その代わり、女友だちと一緒に遊びに行ったときに撮った写真に取り替える。


 すべての写真を差し替え終わり、アルバムを本棚に返す。すると一枚のプリクラが床へと落ちていった。


 てっきり女友だちと遊びに行ったときに撮ったものが出てきたのかと思い、懐かしさを感じながら手に取った。だけど――。


「……嘘でしょ? まだ、残ってたわけ」


 そこには、いかにも女たらしな優男が、甘い笑みを浮かべて写っていた。あたしは、そいつと肩を組んで、馬鹿みたいにはしゃいでる。


「初プリ、ずっと一緒にいようね」なんて文字が書かれ、キラキラとした星のエフェクトやハートのスタンプがこれでもかと、ふんだんに使われていた。


 古いプリクラをゴミ箱の中に突っ込んだ。


 キッチンに向かってグラスを手に取る。湯のような水を目いっぱい入れて、胃の中へと流し込む。何度も何度もお湯だか、水だかわからない液体をガバ飲みしていれば、気持ち悪くなってくる。空になったグラスをシンクに叩きつけるようにして置いてた。


 そのままズルズルと床にしゃがみこむ。目を閉じ、耳を塞ぎ、口を嚙みしめても思いが(あふ)れ返る。それでも、過去に戻れないことを知っているあたしは、膝を抱えて、うずくまることしかできなかった。

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