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黒魔女とエセ紳士  作者: 鶴機 亀輔
第1章
7/13

止まり木のような存在1※

「絹香ー、何してるの?」


 壱架の機嫌よさげな声がしてタバコの火を灰皿で潰して消す。


「行き交う人たちの姿を見てたの。平和だなって」


 すると彼女の細くしなやかな腕が、あたしの身体に巻きついた。


「朝の忙しそうにしている人たちを高みの見物してたってこと?」


「馬鹿ねえ、違うわよ。仕事が休みの日は最高って思っただけ。遅刻しないように朝ご飯を口に詰めこむ必要もなければ、足が棒になることもない。時間を気にせず、のんびりしてられる」


「そうだね。絹香が今日シフト入ってなくてよかったよ。じゃなきゃ重たいキャリーケースを転がして駅に逆戻りだったもん」


 ぎゅっと彼女の腕に力がこもる。身体の密着度が高くなる。


 筋肉質で男みたいに固いあたしの身体とは違う。


 マシュマロみたいにやわらかな胸が背にあたる。花の甘い香りが香る。吐息すら感じるほどに彼女の唇が耳に近づく。


「ねっ、一緒に入ろうよ」


 甘ったるいはちみつみたいな声が鼓膜を震わせる。


 振り返れば、どこか熱を孕んだ目をした壱架がいた。


 自分の身体に巻き付いていた手をそっと離す。力を入れて握りしめれば折れてしまいそうな手首をしている。


 向き直り、彼女の両頬を手で包み、赤いリップティントの塗られた唇に口づける。


「ん……」と小さく声が漏れる。


 頬にやっていた両手を移動させ、背中と後頭部にやる。壱架の小さい手があたしの腰に置かれ、タンクトップを握りしめる。口づけを深め、互いの唇を食むように重ねる。


 そのまま体重をかけ、頭をぶつけてしまわないように注意しながら、昨日畳んだまま使わなかった布団の上にゆっくり押し倒していく。彼女はされるがまま抵抗ひとつしない。


 小さい唇や舌を甘嚙みしていれば、壱架の頬が上気していく。わずかに眉根が寄せられたところで唇を放す。とろんとした目をしている彼女の頬に軽く口づけ、サラサラな絹糸のような黒髪をしている頭を撫でる。


「何よ、あたしに全身洗わせるつもり? お姫様と執事ごっこでもする?」


 意地悪く笑ってみれば壱架は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。


「そんなんじゃない。ただ……発情期が来ても『抑制剤を飲んどけ』って言われて……あいつ、べつの女のところに行ってるし……だから……」


 そうして網タイツを穿いた足と足を、もどかしそうに擦り合わせる。


「しょうがない男ね。“釣った魚に餌をやらない”だなんて。番になった相手を大切にしないなんて、ほんと最低」


 立ち上がり、ベランダの窓を閉め、カーテンを引く。部屋の蛍光灯を五色に切り替える。


 メイクボックスの箱の蓋を開け、中にあったコンドームを取り出し、邪魔なタンクトップを脱ぐ。


「――なんで、私、絹香の番じゃないんだろ」


 ボソリと壱架がつぶやいた。右手で自信の首の後ろに触れた。何かをたえるような表情を浮かべる彼女の右手をとり、指先にキスをしてから手を恋人つなぎする。


「今は、そんな現実を忘れちゃいなさいよ。ねえ、あんたの目の前にいるのは、だれ?」


 すると壱架は瞳を揺らしながら、あたしの首に両手をやった。


「ごめん、野暮なこと言った」


 それから、またふたりで傷を慰め合うように唇を重ねる。


 彼女の胸元のリボンの端をつまみ、解く。慣れた手つきでボタンをはずし、ワンピースを脱がせる。細く長い張りのある足に手を這わせ、タイツが破れないように、爪が引っかからないように細心の注意を払う。贈り物の箱の綺麗な包装紙が破けないように慎重にはずしていくときみたいに、慎重な手つきで脱がせていく。




 すでに番持ちの五つも年下の子を抱こうとしている。罪悪感がないといえば嘘になる。こんな関係よくないと頭ではわかっている。


 昔のあたしなら発狂ものだ。


「何、馬鹿なことをヤッてんのよ! そんな男とは、さっさと契約を強制的に解除して、もっといいやつと恋をしなさい!」って彼女を叱っただろう。


 でも……。




   *




 ドライヤーのスイッチを切り、壱架の黒髪を乾かし終える。肩まである黒い髪を手櫛で整えてやる。


「はい、おしまい」


「ありがと、絹香!」


 朝一番のときよりも顔色がよくなり、表情も明るくなっている彼女を見れば、自然と笑みがこぼれる。


「えへへ、至れり尽くせりだね。お姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかな?」


「そりゃあ、友だちみたいに仲のいい姉妹や重度のシスコンだったら妹のために手を尽くすかもしれないけど。歳の離れた姉貴がいたら、とにかく、口やかましくってしょうがないわよ。あれしろー、これしろーって、しょっちゅう言われるんだから。『あんたは、だから駄目なのよ』なんて叱られるし、かったるくてしょうがないわよ」


「そっか、絹香はお姉ちゃんがふたりいたんだっけ? いいなー……困ったときは助け合ったりするの?」


「……昔は三人で身を寄せ合ってたはね。後、親代わりの祖父母が病気になったときとか、介護のとき、お葬式のときに力を合わせたりしたわ。そうはいっても姉貴たちとは歳が離れてるし、向こうには向こうの暮らしがある。あたしが二十歳になってからは、滅多なことで会わなくなったわね」

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