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黒魔女とエセ紳士  作者: 鶴機 亀輔
第1章
6/13

ビフォーアフター

「いきなり何よ」


 さもなんでもないことのように装い、答える。


 卵を割って、牛乳と砂糖と一緒に泡だて器で、かき混ぜる。


「私、あいつらが映った写真は嫌い。でもね、子どもの絹香が黒髪のロングヘアでいるのは、いいなって思う。すっごいかわいいから!」


「……いやよ、芋臭い田舎娘に戻れっていうの?」


 切ったパンを卵液に浸して、その間に切ったバターをフライパンに入れ、コンロのツマミを回す。火の調節をして四角い形をした黄色い物体が、鉄のフライパンの上で、じわじわと溶けてドロドロした液体へと化していく姿を見つめる。


「ぜんぜん芋臭い感じしないけどなー。今、伸ばしても、めちゃくちゃありじゃんって感じ! きっと、すっごくかっこいいし、()(れい)なお姉さんになるよ」


「やあねえ、お世辞言ってどうするの? 今すぐ生クリームをスーパー買ってきて、泡立てろってこと?」


 バットの上でひたひたになった食パンを(さい)(ばし)で、フライパンの中へ並べていく。じゅわっと小さく焼ける音がする。パンが焦げてしまわないよう、真っ黄色の長方形の物体へ意識を集中させる。


「違うよー! アパレルの人間としての意見。だって、もったいないんだもん」


「そうね、パンの耳を捨てちゃうのはもったいないわね。これは後で揚げ焼きにして……」


「絹香ー、私の話、ちゃんと聞いてよー!」


「はいはい、聞いてるわよ」


 そうして真っ黄色の長方形の物体を裏返す。茶色い焦げ目がところどころついて、食欲をそそる香ばしい匂いがする。


「昔の絹香、お人形みたいにかわいかったのに。どうして――男みたいに髪、ベリーショートにしちゃったの。しかも金髪(キンパ)


「……アメリカの映画女優に憧れたからよ。真っ赤なドレス着て、真っ赤な口紅を塗って、真っ赤なヒールを履きたいと思ったの」


「そりゃあ、ベリーショートの似合う人も、金髪の似合う子もいるよ。けど、絹香には、黒髪のロングヘアのほうが似合うと思うけどなー。後、赤い洋服や靴なんて、ひとつも持ってないじゃん! 絹香が赤のリップ塗ってるとこなんて一度も見たことないし」


「あら、そうだったかしら?」


 焼き上がったフレンチトーストを皿に載せ、残りを焼いていく。


「髪の毛すっごい傷んでるし……あんなに綺麗な髪してたのに、もったいない。せめてサロンでトリートメントしてもらいなよ!」


「いやよ、お金がもったいない」


「だったら染めるの自体やめればいいじゃーん」


「うっさいわね、少しだまんなさい」


 できあがった朝ご飯をさくらんぼみたいな口に詰めて、強制的によけいなことを(しゃべ)れないようにしてしまう。


「で、味はどう?」と訊けば、壱架はもぐもぐと()(しゃく)をしてから、こくりと飲み込んだ。


「すっごい美味しい!」


「そっ、ならよかったわ。できたから机の周りに出してあるもの、ちょっと片付けて」


「はーい!」


 できたてホヤホヤ。ふたりぶんの朝食を机の上に置き、フォークを置く。


 壱架は冷蔵庫の中にあったブルーベリージャムとヨーグルト、牛乳と水出し紅茶を取り出し、ミニスプーンとグラスを取ってきた。


「お待たせしました。どうぞ食べて」


「わーい、ありがとう! いただきまーす!」


 嬉々として壱架はブルーベリージャムとヨーグルトをかけたフレンチトーストをフォークで刺し、口に入れる。


「う〜ん……美味しい! 最っ高だよ、絹香ー」


「ちょっとオーバーリアクション過ぎない? フレンチトーストなんて簡単な料理よ」


「そんなことないよ!? だって私が料理すると消し炭ができるんだもん。絹香、すごい!」


「そんなにおだててどうするつもりよ?」と子どもみたいな反応をする壱架に苦笑してしまう。




 *




 朝食を食べ終え、食器を洗い終える。歯を磨いて、シャワーを浴びる前に一服しようかとセブンスターのタバコとライター、灰皿を手に取る。


 ベランダに出ればギラギラと太陽がアスファルトの地面を照らす。思わず目をすがめ、眼の前で手をかざす。


 外に置きっぱなしになってる安物のプラスチック製のサンダルは、まるで火で焼いた鉄の靴みたいに熱かった。サンダルを履いて火傷なんてしたら、商売ができなくなってしまう。そのままベランダと部屋を隔てる窓のさんのところでライターの火をつける。


 ニコチンの煙を肺いっぱいに吸い込んでから、ゆっくり吐き出す。


 壱架の音程が外れた古い演歌の鼻歌が風呂場から聞こえてくる。


 三角座りをして、ベランダから見える風景をぼうっと眺めた。


 出勤時間だからか、スーツ姿の男性やオフィスカジュアルの女性たちが足早に歩く姿が多く見られる。個人経営店のパン屋が「オープン」の看板を外に出し、不動産屋の店員が店の前をほうきで掃いている。商店街のほうではシャッターを開けるご年配から若い人の姿がちらほらあって、幼稚園のバスが駅前に止まって、子どもたちが母親や父親に見送られ、手を振っている。


 あたしの生まれた町では見られなかった光景がベランダの向こうでは、映画か劇のように繰り広げられる。


 普通の人にとっては、ごく当たり前のこと。平凡な日常。どこにでもある風景。


 だけど、あたしにとっては、どんなに手を伸ばしても、ほしいと思っても手に入れられなかった世界(もの)が、目の前に広がっている。

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