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黒魔女とエセ紳士  作者: 鶴機 亀輔
第2章
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アルファの力関係3

『うわ、そっか……えっと、後二十分で着くんだけど、三上さんには言わないでおいてほしいかも……』


「……わかりました。でも三上に言わないでおくのも今回で最後ですからね」


『恩に着るよ、蛇崩さん。じゃあ急いで向かうからね!』と明るい声で話し、店長は通話を切った。


 受話器を戻しながら、ため息をつく。


「蛇崩ちゃん、店長、なんだってー?」


 ゴミ捨てを終え、外で電子タバコを吸って一服してきた風間さんが帰ってくる。


「急いで来るそうです」


「うーん、だったら遅刻しないでほしいところなんだけどねー」


「言えてますね。今日もお疲れ様です」


「うん、大学生たちが、しっかりしてくれたらいいんだけどね。クレームまた来てるし……」


 力なく笑う風間さんが壁に貼りつけられているA4用紙を指さした。


『不細工にはサービスしませんと言われ、友だちと料理の内容に差をつけられました』『料理が来ないと思ったら、お客様である女性の品評会を目の前でしていてドン引きしました』『バイトのJKを口説いたり、お客様である社会人の女の人をナンパしていて、見苦しかったです』


「あいつら、仕事サボって女漁りしてるわけ!? マジで何しに来てるのよ!」


 今すぐ壁に貼られている紙を引き裂き、ゴミ箱へ突っ込みたくなる。


 風間さんがハーフエプロンや名札を取り外して半笑いした。


「そう思っちゃうよね。真面目に仕事して、お給料もらってるこっちがバカみたい」


「男で上級アルファだからって調子に乗ってるんですよ! まったくバイトだから、何してもいいなんて思い上がって……これだから最近の若者は」


「蛇崩ちゃん、その言葉を使うのはよしたほうがいいと思うよ」


「もう絶対会ったら絞める。そもそも店長が、ああやってしっかりしてないから、あいつらがナメた態度をとるんですよ!」


「あー……それはあるかも。店長、若く見えるし、ベータだからね」


「とにかく、ここで立て直してやります。南さんにも、そろそろ上がってもらわなくちゃだし。というわけで風間さん、お疲れ様でした」


「うん、お疲れ。じゃあ、お先上がらせてもらうねー」と手を振る彼女に会釈をし、レジ点検の準備をする。


 それにしても南さんと、三上の姿が見えない。南さんがタイムカードを打刻しないのも、三上が休憩に入ってないのも変だ。ふたりはどこへ行ったんだろうと客席の様子を確認する。


「ねえ、ヤバくない?」


「警察、呼ぶ?」


 グレーのスーツを着た黒髪の二十代の女性と、彼女に顔立ちがよく似た白髪混じりの私服姿の女性が不安そうな顔つきをして、奥の席を覗き込むように観察している。


 常連のご老人が新聞を読むふりをしながら、しかめっ面をしてチラチラと何回も後ろの席を見ていた。


「だからさ、ここに蛇崩さん、いないわけ?」


「いえ、ですから……」と南さんの今にも泣きそうな震え声が聞こえる。


「鍋野郎のアルファ!」


 ギャハハハといやな笑い声と手を叩く音がする。


「ちげえよ、おまえ。男女のゴリラ野郎だってー!」と大声で男が叫んだ。


 幼い少年と少女を連れた母親たちが顔を強張らせ、年若い男女のカップルが気まずそうにしている。女子高生たちは「何?」「ヤクザか何か?」と内緒話をしながらスマホを震える手で握っていた。


 恰幅のいいメガネをかけたサラリーマンの男性が会計をしに来た。


 あたしの心臓がバクバクと速く脈打つ。背中に冷や汗をかきながら、表情には出さず、営業スマイル。


 男性がこちらになんともいえない視線を投げつける。泥棒がカバンでも奪い取るみたいに、レシートと小銭を取り、逃げるように扉を開けて店の外へと出ていく。


「いい加減にしてください! うちの従業員のことを大きな声で誹謗中傷して、これ以上営業妨害をするなら警察を呼びますよ」


 三上だ。正義感の強い彼女は男たちに真っ向から挑む。


 だが――ドンと机を叩く音とグラスが動く音がした。


「とにかく、(はや)(さか)さんのオメガに手を出したアバズレを呼んで来いっつってんだよ!」


「や、やめてください。ここは、お料理を食べるところで……」


「うるせえな、ブスとババアはお呼びじゃねえんだよ!? さっさと蛇崩を呼んでこい。さっさとしねえとクソまずい飯を、ぶっかけんぞ!」


 あたしは目をつぶって、肩の力を抜く。背筋をしゃんとしてトレーを脇に抱え、彼女たちのところへ向かった。


「南さん、何をしているの? もう上がる時間でしょ。三上も、ちんたらしてないで南さんを後ろへ連れてってよ」


「蛇崩……」


「せ、先輩、ダメです。この方たちは……」


 真っ白な顔色をしている三上にアイコンタクトを取って、南さんが怪我をしないようバックにいるよう伝える。


「――マジで最悪。行くよ、南さん」


「えっ、三上さん、そんな……」


 そうして三上は駄々をこねる子どもを連れ歩く母親のように、南さんの手首をグイと掴み、スタッフルームへ行った。


「お呼びでございますか、お客さま」


 タトゥーを体のあちこちに入れ、耳以外に眉や唇、鼻なんかにピアスをつけ、髪をカラフルに染め、ゴツいアクセを身につけている目つきの悪い五人の男たちが、こちらをジロジロと見てくる。

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