表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

黒魔女1

 昔から赤が好きだった。




 ――(あね)たちは男性体のオメガで、心が女性だった。


 デパートのメイクブランドのタッチアップとして働いていた祖母の家には、真っ赤なルージュが置いてあった。


 兄たちは祖母に内緒で血のように赤いマットな口紅をよく化粧台の前で塗っていた。まるでブラウン管の中にいる色っぽい女優のようでカッコよかった。


 昔からピンクは嫌い。特にドギツイネオンカラーのピンクや色鮮やかなパッションピンクは大嫌い。


 母親が、いつもそのリップを塗りたくって、あたしと兄たちを家に置いていったから。夜の仕事をしているのか、男と会っているのかなんて知らないし、どうでもいい。


 あの女は、実の子である兄やあたしたちの存在を(うと)んで食べ物も、水もろくに与えてくれなかったんだから。


 あたしたちは全員、べつのアルファの父親を持つ。でも三人とも父親の顔を見たことは一度だってないし、どんな名前なのかも知らない。


 そんなあたしたちを育ててくれたのが、おじいちゃんとおばあちゃんだった。あの女と血のつながっているなんて信じられないくらいに、やさしくしてくれた。あたしたちのことを愛してくれた。


 両親の愛を受けたことなんて一度もない。そんなもの知らない。でも、その代わりにあたしたちは祖父母から目いっぱい愛されて育った。




 一部のいやな連中は、両親に捨てられたあたしたちのことを馬鹿にしてきたけど、そんなのどうでもいいくらいに幸せだったのよ。



 

 *




(きぬ)()、いいのか?」


 いじめられっ子で鼻垂れ小僧のさあちゃんが、あたしの服の(すそ)(つか)んで話しかけてくる。


 アルファしか生まれない家に唯一生まれてしまったオメガ。


 だから、こうちゃんたちに毎日意地悪をされて、いじめられてる。


 おまけに、お兄ちゃんの(とう)()くんからすっごく嫌われてるの。「おまえなんて俺の弟じゃない」ってしょっちゅう言われて、放って置かれてるわ(あたしからしたら、おばさんとおじさんによく似ているさあちゃんは、燈夜くんの弟にしか見えないんだけどね)。


 まるでヨーロッパのおとぎ話に出てくる登場人物たちみたいに茶色の髪に白い肌、灰色の瞳をしているの。


 おばさんは「ご先祖様に白人がいて、その血が、たまたま濃く出ちゃったのよ」と教えてくれた。


 でも、こうちゃんたちは意地悪だから、さあちゃんのことを「鬼」って言うのよ。


 さあちゃんもさあちゃんで、すぐにビービー泣くし、「違う!」って怒れない。喧嘩になっても、こうちゃんたちのほうが身体が大きいし、3対1だから負けちゃうのよ。


 それでも……絶対にこうちゃんたちに負けないって気持ちでいるのがわかったわ。何よりアルファはオメガを守るもの。だからアルファでるあたしが面倒見てあげたの。3対1なんて、おかしいしね。


 けど、あたしもスーパーマンみたいに強いわけじゃないから、いつもこうちゃんたちにいやなことをいっぱい言われていた。


 おじいちゃん・おばあちゃんのことや、お姉ちゃんたちのこと、お母さんやお父さんのことを言われると何も言い返せなくて、すごく悔しかった。




「何?」


「おまえ、そんな真っ黒い服でよかったのか? 『赤いドレスを着たい』って言ってただろ?」


 そう言われて――お姫様のように着飾り、ピンクや赤のフワフワ、キラキラしているドレスを着ている女の子たちに――目を向けた。


 羨ましかった。


 だけど、おじいちゃんとおばあちゃんだって、お金持ちっていうわけじゃない。だから綺麗ななお洋服は着られない。


 あたしは黒い帽子をかぶって、黒いマントをつけて背中につけて、ストンとした黒いワンピースを着ていた。子ども用のほうきを持っているけど、絵本の魔女たちのように自由に空は飛べない。


 今日は十月三十一日。ハロウィンの日。


 モンスター、幽霊、天使や悪魔、妖精や動物たちの格好をして幼稚園の周りを先生たちと歩くの。それで町の人たちから、お菓子をもらうのよ。


 ……でも、ちっとも楽しくない。


「いいの。おじいちゃんたちが用意してくれたお洋服だから。それにあたし、(おとこ)(おんな)のゴリラだもん」


「ゴリラ? ゴリラだったら動物園の(おり)の中にいるはずじゃねえか。どっからどうみても人間だぞ。後、男女ってなんだよ? おまえ、女だろ」


「だってアルファだもん。ゴリラみたいな顔をして、こうちゃんたちのことを追いかけ回すから……だからゴリラって言われてるの」


 おじいちゃん、おばあちゃんと、お姉ちゃんたちは、あたしを女の子として扱ってくれるのに、こうちゃんたちに「ナベ野郎」って言われてる。


 ムカツクからその度にボコボコにして泣かせてやるんだけど、胸がモヤモヤして変な気分になるの。


 ほんとは――魔女の格好をするのもいやだった。


 だって物語の魔女は悪いやつで、いつだって正義の味方やヒーローに倒される役だから。


「うちの母ちゃんだって怒るとすっげえ怖いし、アルファだけど女だぞ。ちんちんついてないから立ってトイレしないんだろ? 俺、オメガだけど男だし、ちんちんついてるぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ