大きくなったら…
夕方になり、いよいよお祭りも終盤に近づいてきた。
街の広場で音楽が流れ、地元の人達がアコーディオンやギター等で演奏し始める。
音楽に合わせてダンスしている人達もいた。
自発的にダンスしているのかと思ったけど、演奏者のメンバーが広場にいる人に手当たり次第ダンスを誘っているようだった。
そして、それは広場に居合わせた私達もその対象だったようだ。
「アカネも踊ってみないか?」
「そうね。セオドア、せっかくだから踊ろうよ」
私がセオドアの手を引くと、セオドアは顔を赤くしながら小さな声で呟いた。
「社交ダンスはまだ習っていないから、アカネをうまくエスコートできるか自信がないのですが…」
「そんなこと気にしなくても大丈夫。自由にやって良いんだよ。ほら、行こう!」
セオドアを連れ出した後、それにつられるように街の住民達も次々と加わり、型にはまらずにダンスし始めた。
緊張していたセオドアの表情も次第に柔らかくなり、楽しそうにしていた。
日が暮れて、海に沈みそうな夕陽が眩しい。
なぜここにいるのかというと、セオドアを見送りたいという私に対し、セオドアは「海に連れていってもらえればいい」と言っていたため、出会った場所である浜辺に来ている。
「アカネ、今日は本当にありがとうございました。1人ではこの街のことを知ることはできませんでした」
「そんな、大したことはしてないわ。でも、満足できたようなら良かった。また遊びに来てね」
セオドアは決心したかのような顔をして、こう話した。
「人魚族にもいろんな性格があるように、人間も悪い人たちだけではないことがわかりました。アカネがいなければ、それもわかりませんでした。アカネ、僕はあなたが好きになってしまったようです。どうか、大きくなったら結婚してくれませんか?」
セオドアの急な申し出に、私は面食らった。
自分よりも幼くて、しかも人魚族の子からそんな告白をされるなんて、全く予想できない。
他種族であり、当然人魚の暮らし方も想像できないし、年が離れすぎているしで私の思考回路はパンクしていた。
でも、子どもの言うことだし、気の迷いだろうから本気にしない方が良いかもしれないと思い、私はこう言った。
「そうだね…。大きくなって、頼れる男性になったらいいよ」
するとその言葉を聞いてセオドアは目を輝かせ、胸元のネックレスを外した。
「アカネ、大きくなったら迎えに行きます。このネックレスを受け取ってくれませんか?」
「こんな高価そうなネックレス、受け取れないよ!」
「今日のことを、忘れてほしくないんです。僕はあなたに受け取ってほしい。」
受け取れないと断っても、セオドアは頑として譲らず、雫の形のネックレスをプレゼントしてもらうこととなった。
セオドアが海へと歩みを進めると、セオドアの周囲が七色に輝く。
セオドアの下半身が海に浸かっていたので、かすかにしか見えなかったけど、きらきらと輝きながら下半身に鱗のようなものが増えていき、人魚に変身しているのが見えた。
まるでおとぎ話か、神話の人物のようだ。
「アカネ、約束を忘れないで」
優しく微笑むセオドアに見惚れながら見送っていた私だが、見送った後に気付いた。
ひょっとして、大変なことになった?
いや、まさかね…と私は深く考えずに、帰ることにした。
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